白×黒
今日も、夢を見た。
あたしは一人で立ち尽くしている。
世界に色はない。
彩度のない世界では、白と、黒と、その中間しか存在しなかった。
手の平を見たって、真っ白。
寝る前に着ていたお気に入りのパジャマだって、色が無いからちっともかわいくない。
つまんないくらい真っ白な地面が、気の遠くなるほど先まで広がっている。
固いくせに、足音をたてさせてくれない。
だから、歩いてると不思議な感じ。
蹴れば確実に跳ね返してくる地面は、そこにあるのに『ない』みたいで。
真っ白いそこからは、黒いなにかがあちこちから生えている。
それは液体のようで、固体のようで、気体のようでもある。
埋めた種が芽を出して木になっていく様子を早送りしたみたいに、むくむくと動いては境界のぼやけた空へ手を伸ばしていくんだ。
その黒いものがなぜか生えないところがあって、あぁ、これは道なんだって気がつく。
ここまで全く同じ。
これは昨日見た夢と同じ。
昨日見た夢は、おととい見た夢と同じ。
あたしはそうやってずっとずっと、同じ夢を見続けてきた。
これは昨日見た夢と同じなんだって分かっても、次に何が起きるかはわからない。
過ぎてから気がつくから。
夢の中での、デジャヴ。
あたしがこう思ったのだって、こう動いたんだって、こういう光景を見たんだって、過去形。
だけど、知ってるんだ。
あたしはこの夢が初めてじゃないって。
気づく前から知ってることはいくつかある。
世界に彩度がないこと。
この夢をみるたびに、あぁ、またかって思う。
それから、光がわからないこと。
辺りの黒いなにかは地面に影を落としているけど、ひどくぼんやりしていてはっきりした影がない。
あたしの足元も同じ。
ぼけた影を見ると、まるで自分の存在が不安定になってるみたいで嫌だから見ないようにしてる。
空を見上げたって眩しくなくて、ただただ白が広がってるだけ。
地平線と空の境界なんて分かりゃしない。
どっちも白いんだから。
遥か彼方の向こう側で、どちらともつかずに溶けていく。
あたしは一本道を導かれるように歩く。
そのうち、真っ黒い塔を見つけた。
あぁ、あたしは、知ってる。
いつもいつも、ここからあの塔を見つけるんだ。
高すぎて、まるで空に刺さっているようにも見える塔。
あそこに行けば、なにかあるんじゃないかって。
ひたすら平坦で、背の低い黒いなにかばかりがごちゃごちゃしてるこの世界では、あの塔はあまりにも異質だった。
あの、見上げればあたしの視界を黒く縦にまっぷたつにするような、高い高い塔。
なにがあるんだろう。
思いを巡らせて、歩く足を早める。
だけど、知ってるんだ。
あの塔にはいつも辿りつけない。
その前に夢が醒めてしまうから。
あぁ、なんて渇いた気持ちだろう。
もっと楽しいものを見せてよ。
いつもいつも同じ夢を見て、望みも叶わないまま夢から醒めて。
リセットボタンを押したみたいに最初からやり直し、だなんて。
だけど、今日は違ったの。
人が、いた。
男の子だった。
たぶん年上。
道の少し先に立った彼は、華奢だけど背は高い。
彩度の低い深緑のパーカーを羽織りフードまで被って、長めの黒い前髪の隙間から金色の瞳でこっちを見てる。
全体的に地味な色の彼の中で、金色の瞳がひどく印象的だった。
ただ、この彩度のない世界でわずかでも色がついていることのほうが、不思議。
「驚いた……俺が見えるの?」
しかもその男の子は、あたしに話しかけてきた。
「あたしの夢の中に勝手に出てきたのはそっちでしょ」
あたし、話せるじゃん。
今まで、夢の中で喋ったことなんてなかったのに。
何に驚いたか解らないが、彼は少しだけ目を見開いて、やっぱりあたしを見ているのだった。
「毎日、同じ夢を見る?」
わけわかんない。
だけども新展開、悪くない。
もしかして、リセットボタンを押していたのは、あなたなの?
なんとなくそう思いながら、あたしは男の子の顔を睨んだ。
「見るよ。そこまで歩いたら、夢が醒めるの」
いつもいつも、夢から醒めるのは同じ場所。
彼はそのラインよりも向こう側。
あたしよりも、あの塔に近づけるんだ。
「あの塔に行きたいの?」
彼は不思議そうな表情のまま、あたしを質問攻めにしてくる。
行きたくたって行けないんだよ。
「いつもそこで目が醒めちゃうから、行けないよ」
だからつっけんどんに答えてやった。
あたしより近づけるんだからいいじゃない。
勝手に人の夢に出てきて、気にしてることを言わないでよ。
そもそもこの男の子は誰なわけ?
知らない人が夢に出ることってあるんだ?
「いつも?」
それにはもう黙って頷いてやった。
そうすると彼はいきなりにやりと笑い、自らを指さしながらまた言う。
「……いつも?」
あぁ、そっか。
彼が出てきた時点でいつもの夢じゃないんだ。
あたしは一歩踏み出した。
それからもう一歩。
いつもなら夢から醒めるところまで来ても、あたしは夢の中だった。
彼はぱんぱんとゆっくり手を叩く。
まるで拍手するみたいに。
「……俺もあの塔を目指してるんだ。一緒に行かない?」