一章 砂上の監獄 【第一節】
座り込む自分の後ろから砂を蹴り上げて斜陽の空へと跳躍する影が一つ。
不意に気配を感じたイレーヌは、真上を見ると、陽光を遮るように太陽と重なる黒い人影を見、唖然とした。
影は跳躍の登頂に達すると同時に、まるで獲物に狙いを定めた鷹のような凶眼を携え、急速に落下。
そして地面に着地と同時に、目にも止まらぬ剣閃が振り下ろされた。
着地の反動で砂塵が舞い、微かに視界を歪める。
シュン、と空を切った音と同時に、砂煙の中に残された剣の軌跡はさながら、天から降り注いだひとかけらの星屑のように麗美で、妖艶な煌きだった。
いや、断じたのは空だけでない。
イレーヌの目の前に立って居たナイフを身構えた男を一人、明らかに巻き込んだのだ。
巻き込んだ、はずだ。
その男は呆然とし、一瞬何が起きたか理解出来なかったかのように立ち尽くした。
――暫しの沈黙。
砂嵐を従えながら吹き抜ける風のみが囁く。
「……なんだ、テメェ」
ぎょろり、と淀んだ目玉が二つ、眼下に居座る空からの来訪者を睨む。
突如目の前に舞い降りた黒い影に、男は率直な疑問を放った。
その影は、勢いを止めてなお影――否、上から下まで、全身が黒づくめである。
頭には深くかぶったヨレヨレの帽子と、騎士用のロングローブに、膝下からは既にブーツを履いている。
いずれも黒と赤を基調としたお世辞にも趣味がいいとは言えない容貌の人間が、そこに居た。
全体像の視点からもう一段、深く目を落とす。
レザーグローブに包まれた両手が順手に握り締めるのは、刃渡り1m程度の長剣。
……長剣?
男が左肩から右腰に掛けて違和感を覚え始めた時、黒ずくめはのそりと立ち上がり、同時にきょとんとした目つきで男の顔を覗いた。
「おや? これはこれは。口がある死人というのは、初めて見る」
黒ずくめは口元に軽い冷笑を浮かべると、深く被った帽子をさらに手で押さえて顔を隠した。
「あァ? ナニイッテ……――」
返答をしかけた男の胸から、その時、真っ赤な血潮が宙に間欠泉の如く吹き出る。
胸から出る血飛沫の勢いに押され、男は背中から後ろに倒れて砂を巻き上げた。
その一連の動きは生気を失った人形のようだった。
手足は鞭のようにしなりをあげ、倒れた後にのたうつわけでもなく、静かに事切れた。
黒ずくめの男は、眼下に広がる凄絶な血の海を睥睨し、僅かに紅色の瞳を輝かせた。
まるで、地面に咲く可憐で巨大な薔薇に、心を奪われたかのように――。
「ひっ……!」
返り血を回避するために軽く飛びのいていた黒ずくめのすぐ後ろから、恐怖を押し殺したような細い金切り声が漏れた。
黒ずくめはそれに気付くと半身ほど翻り、その場にへたりこむ女性を見おろす。
クロノス人特有の褐色の肌に深い碧眼。
目は畏怖の潤いを帯びていて、口を両手で塞ぎ、肩を震わせていた。
見開かれた視線は黒ずくめではなく、その足下に散った死体に釘付けだ。
それはそうであろう。
自分に襲い掛かってきた野党とは言えど、目の前で人が斬られて絶命した。
それも、この上ない程の派手な流血を伴って。
この事実を受け止めて、正気でいられる人間など少ない。
ましてやそういった境遇に居合わせることなど人生に何回あるか。
それがイレーヌ――一般人の見解だ。
暫し後、イレーヌは鋭い何かに突かれるような感覚を覚え、目の前に仁王立ちする黒ずくめの男の顔を体づたいにゆっくりと見上げた。
――視線と視線が交じり合う。
一方は純粋無垢な温かみのある青い目を、もう一方は光を一欠片も宿さない紅の冷眼を、それぞれがお互いの瞳の中に写した。
目があったのはその半瞬だけで、次の瞬間には既に男は黒い帽子のつばを低くし、視線を遮っていた。
紳士が好んで被るような、小洒落たファッションの帽子。
しかしその男の被る物のように年季が入り繊維が弛んでいると、本来あるべき清楚な魅力もガタ落ちだ。
「下がってろ」
言うと、黒ずくめの男は残りの4人の軽装な男たちに向き直った。
すかさず素早く、鋭い一瞥の眼光が4人の間を駆ける。
男たちはぎくり、とした様子で肝を冷やした。
「な、何だ貴様はァ!?」
ほぼ反射的に4人の内の一人、前衛の曲刀を構えた男が黒ずくめに向かって唾を散らす。
残りの三人はその後方で、斬られた男と同じく短めのナイフで武装していた。
「……クライド=マーキス。略して正義のヒーロー、って答えじゃ不服か?」
さぞ不服だろうねぇ、と黒ずくめ――クライドと名乗った男――は間髪入れず自嘲気味に重ねた。
4人とも筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)とした野党らしい野党、というわけでもなく、どちらかというと街にはびこるチンピラという印象を受ける。
無論、斬り伏せて息絶えた男も同じ外装だ。
そして外見どおり、それは正解である。
「……兄ちゃんよォ、俺達はそこの娘にどうしても外せない用があるんだ。そこに転がってる
野郎はさっき知り合ったただの『仕事仲間』だから大目に見てやる。見逃してやるから、そこをどいてくれないかい?」
「断る」
「何故だ!?」
「気分が良いから、だ」
「気分……だと? それがテメェの死因になってもいいのか、ダークヒーローさんよ?」
「余計な節介だな。命の使い方くらい、自分で決めるさ」
クライドは長剣を片手で軽く旋回させ、刀身に覆いかぶさっていた朱色の血を払った。
その下から現れた刃は、目が眩むほどの『金色』。
まるで儀式の為に作られたような金色の両刃と、それとは対照的なまでに無骨な黒い柄は、どうみても不似合いでバランスが悪い。
逆にその絢爛な輝きは、黒ずくめの風貌のなかで唯一の異色であり、目を引くものだった。
「その服装は……どうみても『教会の狗』じゃあなさそうだな。ならばテメェが八つ裂きにされて干乾びてても必要以上の詮索は入らねぇワケだ。――遠慮しねぇぜ?」
「ふっ……脅しなんぞ時間の無駄だ。二者択一。選べ、道を開けるか、くたばるか」
クライドは嘲笑うかのように悠々と吐き捨てると、右手に長剣を持ち、だらりと無形の構えを作る。
特段、剣術を心得ない者でもできる格好。
長い細腕からぶら下がった刃からぎらり、と挑発的な鈍い光が謳った。
――舐めてやがんのかっ。
ギリリと歯を軋ませて怒りを噛み殺し、冷静に出方を探るため、顔を注視する。
帽子の下から僅かに覗く口元は無表情。
目元は黒い前髪に遮られ、伺えない。
攻めてくるような気配は露とも感じられない。
覇気がない、というべきか。
とても数秒前に人一人を殺した人間とは思えないほど、伝わってくる吐気に揺らぎが無い。
ただの馬鹿か、それとも……。
いや、4人で同時に斬りかかれば必ず何処かしらに隙が生じる。
その間に一人が胸元に飛び込むことができればあとは勢いで――と前方に佇むリーダー格、曲刀の男は考える。
事実、戦術的に間違ってなどいない。
数で勝っていれば当然考えられる人海戦術。
そして最も勝率が高い方法。
――いける。剣を多少ブン回されようが、その姿勢なら確実に仕留めれる。
『味わい慣れた緊迫』が、曲刀の男の額を湿らせる。
同じような圧迫がかかっているのは、当然彼だけではない。
「おっ、おい!? まさか、そいつとヤる気かよっ!? お、俺はゴメンだぞっ! 死にたくねぇ!!」
前方に佇む曲刀の後ろに居る4人、そのうちの一人、サングラスをかけた長身の男は怯えた犬のように声を荒げた。
顔に滝のような汗がだらだらと流れているのは、決して高い気温のせいでだけではないだろう。
肌からは血の気が引き、先ほどまでイレーヌに向けていた横柄な色は消えうせていた。
「馬鹿野郎が! 今ここであの女を捕まえてこなければ、どの道俺達は殺されちまうんだよ!! やるしか……やるしかねェっ!!」
表情と同じく、曲刀の柄が軋む。
「やるならあんただけでやってくれっ! 俺達にはとてもじゃないが無理だ!」
うんうん、と残りの2人も顔を脂汗に濡らして首肯する。
「賢い草食動物の考えだ」
クライドは侮蔑するような冷笑を浮かべて、肩を竦めた。
「テメェら……」
曲刀の男は肩越しに、凶暴な怒気をあらわにした眼光を突き刺した。
それでも3人の震えはその眼光に対してではなく、その先に佇む一塊の闇へと向けられていた。
脅しよりも、死の恐怖が勝っている。
「見た感じ、アンタはそこそこやりそうだな。大方、旧クロノスの軍人崩れってトコか。野党
じみた真似して、誇りもへったくれもあったもんじゃない」
その言葉は的を得ていたのか、少し遅れて振り返った男の顔は更に額の血管が拡張していた。
目は焦りの色を秘めている。
なぜなら野党や追いはぎなどのならず者が居るということを教団に通達すれば、教団は全力で無法者の掃討に乗り出し、見つけ出された者は例外なく『ある場所』へと連行される。
治安を維持するためにはいかなる労力も惜しまない。
それが現在のクロノスに根付く、絶対平和主義にして唯一神の教団一派『聖フォグナ教団』のやり方なのだ。
ちなみに無法者の中には、旧クロノス国家の残党が強制的に数えられる。
ゆえに彼らは教団関係者を総称して『狗』と呼ぶことが多い。
「大当たりか」
「うるせぇ! テメェみたいな歳の浅いガキに何が分かる? 誇りは飯を食わしちゃくれねぇ! 敗者は黙って勝者に従うしか生きていく道は無い! 俺はそこの女やイカレ信者どもなんぞの下僕に成り下がるなど、クソ食らえだっ!!」
「ほぅ、結構結構。その口ぶりじゃ、既に『監獄』体験者か?」
「あぁ、そうさ! あの屈辱は忘れねぇ。反乱軍がレディテを占拠するや否や、教会は俺達クロノス軍を有無を言わさず地の獄へと突き落としたんだ! 誇り高きクロノスの闘士達が、脆弱な教会なんぞに敗れたこと自体が辱めであるというのに、我々を封殺したんだ! 『コード08』なんぞになァッ!! やり口が汚すぎるんだよっ、狗どもはっ!!」
「やり口ねぇ――あぁ、納得いかないのは同感だ」
クライドは整った形の顎に指を添え、ため息にも似た苦い笑いを表じた。
その予想外の返答と表情に、イレーヌは驚いて目を見開く。
背中から見上げると、帽子と長い黒髪の僅かな狭間から切れ長の深紅の輝きが渦巻いていた。
「……確かになんで牢獄に封じるなんて『生ぬるい』事をしたんだろうな。敗者は所詮敗者。全員、断首させりゃ手っ取り早いのに。そっちの方が教会にとってもアンタらにとっても楽だろう。理解に苦しむねぇ」
「なっ、何だとォ!?」
曲刀の男が憤慨の一吹を大声で放つと同時に、クライドは歯牙を剥き出しにして嗤った。
一瞬の凶笑。
――刹那、黒いローブは前方からの風を受けて靡き始める。
「っ!?」
目の前で静止していた「闇」が急接近し、視界の中で『黒』が一瞬にして膨張する。
疾風のような素早い初速で砂を掻き上げ、クライドは曲刀へと駆けた。
突き出していた肘が右方向に空を裂き、左の下段から鋭い金色がバネに弾かれたように跳ね上がる。
反射的に男は両手で曲刀を身構えて、いかにも不慣れそうな防御の体勢を作る。
甲高い音と共にトレド製の鋼鉄が砕け散り、金属片が舞った。
圧倒的な圧力に曲刀が粉砕され、使い手であった男の体も威圧で吹き飛ぶ。
斬り付けることなど眼中に無い、最初からただ相手の剣だけを狙った武器破壊のための斬撃。
決して小柄な体格では無いにも関わらず、男の体は突風に当てられたかのような勢いで砂を抉りながら転げた。
砂まみれになった体が止まると同時に両手を付いて、悔恨深そうな目がクライドを見上げた。
横目で自分の手に持ったガラクタを見て、その状況の異常さを骨身に感じる。
「ぐぅ……ッ! 剣を砕きやがっただとォ!? この……怪力野郎がぁっ!!」
ふらつきながら起き上がろうと、男は片膝をついて口元に付いた砂を手首で払拭。
僅かながら血もついている。
「剣の腹が丸見えだ。ガキにだってできる。この際、アンタを吹っ飛ばした怪力を指摘するのは的外れさ」
下らなそうにため息を付きながら、クライドはさも軽そうな木の棒を扱うように腰から下がる鞘に金色の刃を納める。
男は不愉快そうに舌打ちをすると、既に柄だけになってしまった剣を地面に叩きつけてその場に腰を下ろした。
「クッ……一思いに殺せ」
清々しささえ感じられるような声色で言う。
完全に自分の方が劣っていると理解したのだろう。
やけくそになったわけではなく、彼の中に流れる『軍人』たる誇りという元素記号では表せない難解な成分を含んだ血が、そうさせるのである。
クライドは目を瞑る男をあらゆる感情が消えたかのような瞳で見下ろしていた。
さっきの凛とした瞬光のようなぎらつきなど、どこ吹く風。
地面を歩く蟻を見るかのような、粗野な双眸が居座っていた。
――暫く見下ろしていたクライドはローブを翻して、下に手を差し出した。
「立てるか?」
「え? は、はい――」
今の今まで放心状態だったイレーヌは突然の問いかけに驚き、差し伸べられた手を掴んだ。
見事なまでの素無視を決め込んだクライドの背中に、一転して剣呑とした眼光が突き刺さる。
「貴様ァ、この俺をどこまで愚弄すれば気が済むのだっ!?」
恥を忍んで殺せ、と言った手前に食らった無視はこの上なく居心地が悪く感じられたのだろう。
例えその場で自害したとしても、気恥ずかしさのあまり死にきれないかもしれない。
あるいは天国の先人に貶され、蔑まれるかも分からない。
その事を十二分に理解した上でのクライドの行動選択だった。
案の上の反応に、クライドは肩越しに不遜な目付きを向けつつ、イレーヌの体を引っ張り上げた。
「戦意が死んだ人間の相手はしない。殺す価値の無い人間を殺すのは徒労だ。それに―――」
立ったばかりで立ち竦むイレーヌの横を通り抜け、クライドは一面に広がる砂漠の地平線に背を向けて歩き出す。
向かう先には、城塞の壁を一面に纏った摩天楼群が聳えていた。
「アンタ、どのみち死ぬらしいし。事情は知らないけど」
振り向きもせずただ歩いてゆく、呆然と。
クライドのその超然とした背を見れば見るほどに、男は理解していく。
自分は既に生きてはいない存在なのだ、と。
4人を暫く見ていたイレーヌは我に返って踵を返す。
呆気に取られていた。
少し遅れて漆黒の背中を追いかけて行く。
その後ろで「くそっ」と心底バツが悪そうに砂を殴った音だけが、悲しく虚空に響いた。
§ § §
「あ、あのっ」
「……何だ?」
黙々と歩くクライドのローブの裾で、縮こまりながら歩くイレーヌは口を開いた。
うっとおしそうな返事を返してきたクライドに更に恐怖を感じたが、それでも言うべきことだ、とイレーヌは覚悟を決めて再び喉を震わせた。
「危ないところを助けてくれて……ありがとうございました……」
「気にするな。人として当然の事をしたまでだ」
振り向きもせず、クライドは憮然と言う。
ふと、イレーヌは無愛想な恩人の全身を見やった。
クライドが着ている服は上から下までが、見事に黒、黒、黒で統一された騎士服だ。
とてもではないが、この灼熱の大地を旅してきた格好にしてはかなり不適応な風貌である。
日が沈みかけてきた今にしてみても、決して気温は低くない。
真昼に蓄えられた砂の地熱が、燻った炭のように微妙な熱を空に舞い上げている。
それでも彼の足取りは軽快とは言いがたいものの、しっかりと、機械的に芯が一本通ったように砂をひっかいていた。
汗をかいた後もなく、表情を見る限りでは飄々とした余裕まで見受けられるほど、顔色は淀みの無い薄橙色だ。
「貴女は狙われていた様子だったが、それについて心当たりは?」
――貴女? 今、私の事をあなたと言った?
先ほどまでの口調とはやや異なる違和感を感じ、イレーヌは一瞬ばかりうろたえた。
いや、さっきの彼は戦闘中だった。
きっとそのせいでイラついていたのかもしれない。
「……多分、それは私が『ラウディマル教会』の修道士だからでしょうね」
「ラウディマル? ルクセント教皇の直属なのか?」
「えぇ、直属といっても、毎日炊事当番とかばっかりなんだけどね」
嬉しさが僅かにこぼれ、肌の褐色とは異なる薄桃色の唇が綻ぶ。
「それでも、どんな小さなことでも、どんな形でも良い。私はフォグナ様に仕えれる事を誇りに思ってる」
「……そうか」
その歯切れの悪い返答は、酷く落胆を覚えたような重さを含んでいた。
ふと、嫌悪に似たような気配を感じたイレーヌは目の色を伺おうと試みるが、斜めから射してくる太陽光はクライドの帽子が作る闇をさらに深いものにしていた。
「……気に入らないんですか。私達、教団が」
一転、目じりに力を入れて、思い切って聞いてみる。
フォグナ教は既に昨今のクロノスにおいて国教である。
とはいっても、先に遭遇した連中などの存在により敵が多いのもまた事実だ。
その中に彼が含まれていても、なんら不思議ではないし仕方のないことだ。
「……信じたものを貫き通す罪」
唐突に、クライドは足を止めて、ため息にも似たかすれ消えそうな呟きをこぼした。
「えっ?」
「まかり違って問われたとしても、なんら怖いことはない―――それがその人にとっての『世
界』になり得るのだからな」
「はぁっ?」
イレーヌの口からは自然と素っ頓狂なこえが飛び出していた。
瞬時に神経が感じた嫌悪感が、脳で人語へと変換される。
―――こいつ、なんかヤバイ!
「違うか?」
何がっ、と思わず言いそうになったのを堪えるのには苦労した。
苦労したのだが。
軽くこちらに流された紅い右目は、恐ろしい威圧感だった。
なにを気難しい事を―――なんて笑い飛ばしたら最後、地平の果てまでぶっ飛ばされそうな程、大真面目な目付きだった。
とても正面きって渡り合える眼圧ではなく、自然と斜め上に視線が泳いだ。
「はぁ……そ、そうでしゅか」
あ、噛んだ。
イレーヌは完全に気おされ、狼狽を絵にかいたかのような、だらしない返答をするので精一杯だった。