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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ピースブリッジの幻想郷(東方Project短編集)

氷精の冷たさを暖かな春に知る

この小説は、東方二次創作となります。苦手な方はご遠慮下さい。

また、多少の百合表現もあります。苦手な方も、ご遠慮下さい。

「そのカメラってやつ、写真が撮れるんだよね」

 氷の妖精は、いかにも突飛なことを言うものだ。

 会話をする上で極端に困ることはそれほどないが、しかし前後の会話の流れなど、さっぱり無視している。今は、桜もすっかり散り、葉桜など楽しむ人間はなんと悠長なことか、と話していたはずだが。ぼんやりと景色を眺める人間に悪戯するとかしないとか、木の陰にあからさまに怪しい暗闇を作っているルーミアは、果たして何を狙っているのか、とか。それこそとりとめも無い会話ではあったが、私が悪戯をする事を勧めたにも関わらず、カメラの話になるとは。もしかすれば、写真に撮られることを警戒しての発言かもしれないが、しかしチルノがそれを警戒するとも、悪戯をしている様を撮ろうという魂胆を見抜けているとも思えない。

 いや、そんな妖精の戯言に対して、ここまで深読みするのもまた、おかしい。往々にして、またチルノは特に、物事を真っ直ぐに捉える。だからこそ、深読みすれば足下を掬われる。逡巡することも、記事を膨らませるための材料にはなるが、如何せんそれに耽るのは、無駄なことも多いものだ。

「あやー? おーい」

「はい。どうしましたか?」

「どうしましたか? じゃなくって。それで写真は撮れるのか聞いてるの」

「あやや、そのことでしたか。えぇ、撮ることができますよ、ほら」

 わかりやすく頬を膨らませたチルノに、素早くレンズを向けて、シャッターを切る。突然カメラを向けられて驚いたのか、画面に映るチルノは少し、間の抜けたような表情をしていた。

「何撮ってるのよ! 違う、私じゃないの。私なんていっつも撮ってるじゃない」

 そういうチルノは、少しだけ不機嫌に見える。この子の不機嫌は、少しだけ面倒臭い。

「いえいえ、チルノさんを撮るのは、大蝦蟇に飲み込まれている時くらいですよ。目玉に押される感覚とか、最高でしたよ」

「ふーん、そうなんだ。でも、知ってるよ? 一昨日は、日向ぼっこしてるのを遠くで撮って、こそこそ下の方から撮りながら近付いてきて。昨日は着替えてる時に、何故かできてた隙間からカメラ見えたし」

「えー、あはは、そんなこともありましたかねぇ……」

 案外、妖精も馬鹿に出来ない。

「だからね、きっと文は、こっそりこっそり撮影して、もしかしたらあたいが気付いてない時に撮影していることもあると思うんだ」

「やはり、自然な姿が撮りたいですから」

「文の自然って、裸の事を言ってるの?」

 思わず吹き出してしまう。確かに肌色の多い写真を撮ることも多いし、チルノは無防備なことが多い為に、チルノの肌色はとても多い。しかし裸は自然体ではあるけれど、しかし自然な表情とかもある訳で……。だが、チルノのこういった発言だけ見れば、丘の下からばっちり股の付け根を撮影したことも、寺子屋の更衣室に少し穴を開けているのも、とうの昔にばれているのかもしれない。

 それでも尚撮影させているのは、もしかしてチルノの故意なのか。わざと撮らせて、それで後に私にゆすりをかけてくるのか。それは金か、体か。いや体はないだろう。しかし妖精が金を要求するとも思えない。そもそも、故意に撮らせたならば、もっと早い段階で指摘することもできただろうし、それこそ巫女の前とかで暴露しようものなら、巫女が私に制裁を下すだろうし。

 チルノの意図が、見えない。

「あーーやーーー!!」

「はいぃ!」

「今日はどうしたの? いつも以上に自分の世界に行ってるけど」

「あやや、妖精にまさか突っ込まれる日が来ようとは、思ってもみませんでしたよ」

「え、でも、文ってぼけでしょ?」

「いや、いや。私は突っ込むことはあっても、ぼけであるなんて事は」

「そんなことはどうでも良いんだけど」

 さらっと流された、私の存在。突っ込みかぼけか、私としてはかなり気になるとこではある。

「ねぇねぇ、あたい良い写真を撮る方法を思いついたんだけど」

「ネタの提供ですか? あいにく、私は私なりの方法と美学で撮影しているので、いくらチルノさんといえども、ちょっとやそっとじゃ受け入れませんよ」

 その言葉に、チルノは得意そうににやっと笑う。本当に自信がある時の表情だ。

「……文って、肌色の他に、赤らめた顔とか、驚いた表情。好きでしょ? あたい知ってるもん、文の写真、真っ裸のも多いけど、顔だけ撮った写真があるの。泣いてるのとか、驚いてるのとか」

「なんでそれを! それは新聞にも載せてないはず」

「文の家に行った時、本棚からアルバムを全部抜いたら、裏にひっつけるようにしてアルバムがあった」

 この子は……。お菓子でおびき寄せて盗撮している時になんてことを……。

「ね、ああいう顔を撮るの、好きなんでしょ? ねぇ」

「……。まさかあの画像集を見られるとは。妖精にゆすられる日が来るとは……」

「だから、ほら。耳貸してよ。ホントにいい方法なんだから」

 じっとチルノの目を見る。

 先程までの不機嫌さはどこへやら、にっこりとして、手招きしている。とても嬉しそうな、楽しいことがこれから待っているような、そんな表情。この表情の時に、彼女が嘘を吐いたことはない。それ程までに、良い方法なのだろうか。

「はーやーくー!」

「はいはい。耳を貸せばいいんですね」

 膝を曲げて、小さな声が聞こえるように手を添えながら、右耳を近付ける。チルノも近付いているようだが、如何せん視界にはいない。

 刹那、耳に添えた手が押し退けられ、首に手が巻かれる。状況が飲み込めないまま、右頬には柔らかな何かが押しつけられた。チルノの甘い匂いが、鼻腔をくすぐる。彼女の鼻息を感じる。冷たい彼女の唇が、私の頬と触れ合っている。

「……え?」

 ゆっくりと離れた唇に、未だ驚きが隠せずに声が漏れる。ただ、それがあまりにも現実離れしているために、確かめたくて、おもむろにチルノを見た。

 満面の笑み。わずかに赤く色付いた頬。私にくっついた唇は、その中に白い歯を覗かせている。その表情は本当に綺麗で、可愛くて、写真に納めたい衝動に駆られる。それなのにカメラを持つために目を離すことすらしたくない。ずっと、彼女を見つめていたい。

「文、大好き!」

 そう言った彼女は、笑顔を弾けさせながら、丘を下っていく。私は呆然と、それを眺めることしかできない。春風に乗って靡く彼女の髪やスカートが、新緑に映えてまた、息を忘れた。

 赤らめた顔も、驚いた表情も。今の一瞬で、本当に様々なチルノを見ることができた。どれも初めて見るものばかりで、写真に撮ることが出来なかったことを、今になって後悔する。しかし、私という存在は、今の全てを忘れることはないだろう。いや、忘れてはならない。忘れたくない。


「あーやー! こっち見てー!」

 遠くでチルノの声がした。見れば丘の下から、誰かの手を引いてこちらに向かっている。相も変わらず満面の笑みだが、しかしその横に着いてきている人物には、野卑た笑みが浮かぶ。嬉しそうな、勝ち誇ったような顔。白い髪にあんな大きな剣を背負っているなんて、私には一人しか思いつかない。

 そして、その手には。

「カメラ……!」

 咄嗟に立ち上がり、チルノの方へと駆け寄る。あのカメラには何が入っているのか。いや、問答無用でたたき割らなければならない。

 走る勢いのまま、振りかぶって全体重をかけた手刀を繰り出す。それは狙い通り椛の持つカメラを直撃し、部品を撒き散らしながら真っ二つになる。

「撮ったの!?」

「いや、カメラ壊しておいて撮ったの? と聞かれましても」

 にやにやした笑み。こいつは絶対に撮っている。壊しておいて正解だった。

「ねー。早く写真見に行こうよ。はたての所に送ってるんでしょ?」

 まさかの共謀。見事にはめられたことに呆れを感じつつ、その場にどっかと座り込んだ。苛々するというよりは、してやられた、という感覚。部下と妖精に一本撮られるとは、何とも。

「まぁいいじゃないですか。いっつも酷いことして人のスカートの中撮るんですから。まだマシですよ」

「椛は撮られ慣れているからそんなことが言えるんですよ。私なんて、写真を撮られたことすらない、初心な乙女なんですから」

「初心なあばずれ……」

「……椛?」

 日頃なら、ここまで脅しをかければ引き下がるのに、今日は写真という強みがあるからか、椛はいやらしい笑みを浮かべたままだ。椛にこんな表情をされる日が来るとも、思っても見なかった。

「ほら、文。そんなにむすっとしちゃダメだよ」

 椛との間に割って入ったチルノは、変わらない笑みのまま、私を見る。その真っ直ぐな瞳に、荒立つ感情が少しだけ凪いでいく。

 刹那、チルノの顔が近付いてきたかと思えば、柔らかく冷たい唇が、目を見開く私の唇を奪ったのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] キマシタワー!! と思わず叫びたくなるほどに、百合百合なあやチル、、、いやこれは チルあやや ですねぃ! 射命丸が珍しくも総受けめいておられる展開、存分に楽しませて戴きました。 ・・・お…
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