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諜報員明智湖太郎  作者: 十五 静香
第1話 明智、護衛する
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1

 諜報員明智湖太郎の朝は早い。



 仕事柄、どうしても365日全てを規則正しく過ごすことは叶わないが、それでも余程のことがない限り、彼は毎朝5時半きっかりに起床する。



 彼が起居するのは、皇国共済組合基金ビルの裏手に建つ社員寮の一室である。



 関東大震災の罹災を辛うじて免れた社員寮は、元は陸軍の研修用宿泊施設だったと聞く。

 次に大きな地震が起こったら、積み木の城のようにいとも簡単に倒壊しそうな木造二階建ての寮は、一階部分に食堂や風呂場に便所、それから諜報員たちの居室がある。



 私物用ロッカーと簡素なベッドが10台並べられただけの殺風景な大部屋は、決して快適な住環境とは言えないが、そもそもが長期間の滞在を予定していない造りであり、諜報員たちもまた、任務のために寮を留守にすることは度々あったため、表立った苦情は出ていなかった。




 目覚まし時計などなくても、子供の時分から鍛錬した体内時計は1分の狂いなく、明智の意識を覚醒させる。



 目を覚ますとすぐに、彼は剣道着に着替え、洗面などの準備を手早く済ませ、敷地内の道場に向かう。



 そして、木刀での素振りや形稽古を一通り終わらせた後、風呂場で汗を流し、背広に着替え、朝食が出来上がる7時半頃まで、社屋内図書室で自習に励む。



 朝食後は、もたもたとしている一部の同僚を内心見下しつつ、早々に身支度を整え、皇国共済組合基金ビル営業部執務室に出勤する運びとなる。



 これら明智の一連のルーティーンについて、同室で生活する諜報員たちからは、「起床時間の1時間以上前から動き回られ、迷惑」だの「仕事の都合上、明け方漸く寝付けた時にやられると殺意すら湧く」などの苦情を、複数回寄せられているが、当の本人は改める気が皆無である。



 曰く「自分は目覚まし時計も使っていないし、物音をできるだけ立てないように細心の注意を払っている。そもそも、朝7時という無番地の起床時間が遅すぎるのであり、たった1時間半でも、朝の時間を有効活用せず、惰眠を貪る方が間違えている。大体俺は、例え深夜に就寝しても、5時半にはすっきり目が覚める。睡眠不足で辛いのは、貴様らが怠惰なだけなのではないか」とのことなので、皆議論するのも面倒がり、耳栓をするなり、別室に寝床を移すなり、専ら自衛に走るようになっていた。




 明智が皇国共済組合基金所長から、ある風変わりな任務を命じられたのも、いつも通りの迷惑極まりない朝の習慣を、本人的にはつつがなくこなした梅雨晴れの日であった。

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