表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/10

第三章「在りし日の跡形②」



 国境の駐屯地とはいえ、フィーユはさながら漆黒の要塞のようだった。

 ――冷酷で非情。

 そんな国王の思想が、そのまま現れているようで吐き気がする。


 アランは、しかめっ面を隠すことなく、ヴァンの後ろに従って歩いた。

「なんで、そんな顔をする?」

「…別に。ずいぶんと仰々しい建物だなと思って」

「あぁ」

 ヴァンは、小さく笑った。


「ここは、かの大国・リトシュタイン帝国をモデルに作られているからな。俺の父、バフィト国王はあの皇帝に傾倒していて、軍の組織構成の大半は、彼のやり方に倣っている」

「へぇ、それはそれは」


 IDカードの提示、指紋認証、パスワードの自動変録…

 一般人であるアラン1人では、決して入ることの出来ない鉄の門扉が、ヴァンの細かな操作によって次々と開かれていく。


 いくつもの無機質な制服姿が、ヴァンに敬礼して通り過ぎていく。そんな様子を不快な思いで見つめていると、ふいに眼前に現れた戦車の群れに、アランは思わず青ざめた。


「…っ」

 まるで山のごとくそびえる、鉄の塊。

 無論、一つではない。

 地平の向こうまでずらりと並んだ鈍色の大群。

 その勢いに恐れをなし、瞬く間にここに来たことを後悔した、その時だ。


「先日は悪かったな、アラン。あんな言い方をするつもりはなかったんだ」

「えっ」

 ふいに放たれたヴァンの声音に、耳を疑った。


――最近は少年を『飼いならす』貴族も多いと聞くから、パトロンでもいるのかと。

――ご家族のことは残念だが、復讐には終わりがない。

――非暴力主義を主張しておいて、仇討ちなど…


 先日、ヴァンに言われた言葉が、次々と脳裏に蘇ってくる。

「あー、あれは、別に、…いいんだ。お互いの立場が違うのは、よく分かっている」

 俯いてしまったアランの肩に、大きな手が乗った。

 

「アラン。かのクーデターのせいで父をよく思わない人間はたくさんいる。お前たち戦災者の事情も分かっている。それでも、オレは何とかしてこの国を良くしたいと考えているし、そのための努力は惜しまないつもりだ。お前にとっては不愉快極まりない話かもしれないが」


「大丈夫だ。私もフェルディナンも、あれは言い過ぎたと反省している」

「そうか」

 

 ヴァンが、成人パレードでダミーを使ったのは、死にたくないからじゃない。

 死んではいけない立場だからだ。

 この国の将来を背負って立つ者は、常に危険を察知し、事前に防がなければならない。

 以前、アレクシア・クリスタの父も、似たようなことを言っていた記憶がある。

  

「まぁ、それとこれとは別問題ですけどね」

「どういう意味だ」

「…あなたには関係ないことです」

 そう呟いて、アランは亡き父、ダリール公国大公・ハドリアヌ・ボリス・ダリールを密やかに思い浮かべた。


 そうだ。

 ヴァンの理想がどうだろうと、関係ない。

 両親の仇は、この命を賭してでも討たなければならない。

 12年前。

 バフィト国王一族もろとも根絶やしにすると心に誓ったのだからーー


「寝首をかかれないようお気をつけることです、殿下。私が殺すまで、あなたは死んではダメですよ」

「…、」

 その笑顔が妙に穏やかで、妙に禍々しく、ヴァンは思わず息をのんで見入ってしまった。



                 ■□■□



 駐屯地の総本部前。

「おい、こっちだアラン!」

 鉄柵で囲まれた門の前で、ヴァンが声を張った。

 初めて入る軍部内の様子に圧倒されているのか、さっきから落ち着きのないアランが振り返った。


「どこもかしこも認証だらけで申し訳ない。ここから先は関係者以外立ち入り禁止区域なんだ。お前は入れないから、オレが1人で…、って、聞いてるのか、アラン」

 ふいに名前を呼ばれ、はっと我に返った。

 顔を上げたアランの眼差しが、なぜか凍りついている。

 こんな怯えた表情は、見たことがない。


「どうした、具合でも悪いのか」

「え、…あ、あぁ。…いいえ」


「見慣れない場所にきて、緊張でもしてるのか」

 おかしそうに笑ったヴァンの手が、アランの頭をかきむしる。

 だがアランは、それすら払うことなくぼんやりしている。

 

 (コイツ…。今さら罪悪感でも感じているのか。軍警察から盗み出したデータ・チップを解析することに、後ろめたさがあるのかもしれない)

などと思っていると、


「殿下。さっき通り過ぎた女性は、誰ですか」

 アランが、そんなことを尋ねてきた。



「なんだって?」

「今しがた、そこの通りを軍服姿の女性が歩いていました。Tシャツと迷彩ズボンという格好で」

「…なにを言ってんだ、お前は」

 質問の意味が分からず、ヴァンは首を傾げた。


「駐屯地なんだから、女性軍人なんか珍しくもないだろ。迷彩服? さっき偵察隊の軍用車が戻ってきていたから、整備係のヤツかもれないな」

 と、面倒くさそうに説明してやった、その時。


「殿下。…私、急用を思い出しました」

 アランが、飄々とした顔で、そんなことを言い放った。


「急用だと?」

「後のことは殿下にお任せします。それでは私はこれにて失礼申し上げます」

「はぁ?! おい、アラン? どこに行く! こら!」

 呼び止める声に振り向きもせず、

アランはくるりと踵を返すと、なにかに追われるように走り去って行った。




                 ■□■□




 ――夜だというのに、

 フィーユ駐屯地内は昼間のように明るい。

 通り一帯には街灯が立ち並び、歩き慣れないアランでも容易に辺りの様子を知ることができた。


「えぇと、」

 通りの端で立ち止まったアランは、頭上に掲げられた標識を見上げた。

 法官部、それから指令部…?

 ずらりと並んだ棟は、どこもかしこ同じ造りで見分けがつかない。


「しまった。見失ったかな」

 きょろきょろと周囲を見回し、適当な目星をつけてビルの隙間に足を踏み入れた直後。


 ふいに建物の影から、1人の女性軍人が現れた。

「私になにか用なの? さっきからウロチョロと目障りな子ね」

「…あ」

「ここでは見ない顔だわ。もしかして新入りさん?」


 どうやら待ち伏せされていたらしい。

 アランが尾行していたことに気づき、こっそり観察していたのだろう。

 意表を突かれたアランは、ぱちくりと目を開いて女性軍人を凝視した。


「…その腕…、その左腕は、どうしたのですか」

 アランは、女性の肩を指差した。


「──なんの話?」

 女性は、怪訝そうに顔をしかめた。


 彼女のTシャツの袖から伸びる左腕。

 あれは、アレクシア・クリスタが戦車に轢かれた時に踏み潰された左腕だ。

 親指の付け根に小さな痣があり、 手の甲にもかすかだが傷が残る。

 アランが、自分の腕を見間違うはずがなかった。



「なぜあなたが、この腕を持っているのですか」

 無意識に声が震える。

 アランは衝動的に彼女の手首を掴んで、高く掲げた。


「ちょっと痛いわ! 何するの!」

「これは、…この腕は、あなたのモノではない」

「っ、」


 かっとなった女性が、掴まれた手を乱暴に振りほどいた。

 その拍子にバランスを崩したアランの身体が、大きく後退する。

 なおも食らいつくように伸ばされた手を、彼女はパンッと撥ねつけた。


「あなた軍兵じゃないでしょう?! どこから入ったの? 憲兵を呼ぶわよ!」

 目の前に銃を突きつけられ、アランは無防備な体勢で両手を上げた。


「別に、奪おうと思ってるわけじゃない。それをどこで手に入れたのか、話を聞こうとしただけで」

「当然よ。取られてたまるものですか!」

「それはどういう…」

 両手を上げたまま近づこうとしたとたん。

 足元に威嚇発砲され、辺りに闇をつんざくような銃声が鳴り響いた。


「見逃してあげるから、さっさと行きなさい。通報するわよ」

「でも、私は…っ」

 再び銃声が響く。

 だが弾丸はアランの横をかすめ、背後の看板を貫いた。

 その隙をついて飛び出したアランが、チャンスとばかりに女性軍人に飛びかかった。


「あっ、」

 女性の襟首を掴んで、地面に押し倒す。

 頭を押さえ込んでおとなしくさせるつもりが、反撃に遭って腹部を蹴り上げられた。

「うっ、痛…、た、」

 転がって逃げようとした女性の足首を掴んで引きずり倒し、アランはさらに渾身の力で圧し掛かった。


「ふっざけないでよ! なんなのアンタ!」

「すいません、本気でやらないと負けそうなので」

 そう呟き、アランはメタリック製の左腕を振り上げたかと思うと、なんの躊躇もなく女性の顔を殴り飛ばした。


 だが、勝てると思ったのは一瞬で。

 頭上で警報機が鳴り、大勢の軍人に囲まれてライフルを向けられると、もはや観念するしかなかった。


 上空で、照明弾が上がる。

 目の前に立ちはだかった装甲車の数に青ざめ、硬直した。


 アランは女性に馬乗りになったまま両手を掲げて、ため息をつくしかなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ