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第二章「邂逅①」


 12年後。

 バフィト王国、首都・アセトニー。

 そのメインストリートでは、21歳の誕生日を迎えた王太子ヴァン・デ・ラトュールの成人式パレードが行われていた。

 街路はイベントを祝う多くの国民で埋め尽くされ、その手に握られた何千という数の国旗が振られる中。カラフルな紙吹雪が、高く空を舞い上がっている。


「…能天気なものだな」

 警備が手薄なビルの屋上を陣取ったアランは、シューティング用のゴーグルを装着すると、6ミリ装填ライフルを構えた。


 眼下に、王太子の乗ったオープンカーが見える。

 縁沿いに立つ国民向けて片手を振りながらにこやかに笑う彼を、アランは緊張した面持ちで注視した。


「風速3~4。射程距離800。…少し遠いか。…いや、こんなものかな」

 正直、ライフルはあまり得意ではない。

 強化メタルで構造された左腕は、銃を構えるには十分な安定力を持っているが、スコープを調整する細かい作業には向いていない。

 

 もちろん今ここで、本気で王太子を殺せると思っているわけではないけれど、緊迫感は必須だ。

 やはり叔父ルノーにレーザーライフルを借りてくれば良かった、と思いながら、アランは狙撃スコープの赤色ロックシフトを確認した。

 

 こちらに背を向けたヴァン王太子の後頭部を狙い、息を止める。

 このまま風が収まるのを待つつもりで、わずかに瞬きをしたその時。

「――おい」

 いきなり後ろから声をかけられ、驚いて振り返った直後。

 1発の銃弾がアランの目尻をかすめ、装着していたゴーグルが数メートルほど吹っ飛んだ。



 目の前に拳銃が突きつけられ、アランは小さく息を飲んだ。

 ふっと蔑んだような微笑が聞こえ、

「なんだ残念。その悪そうな頭を吹っ飛ばしてやろうと思ったのに、狙いが外れたか」

 そう言って男が笑った。

 …警備隊の1人だろうか。

 漆黒のローブの下に着ているのは衛兵の制服か。

 アランは不愉快そうに眉をひそめた。


「わざと顔の横ギリギリを狙ったくせによく言うよ。あやうく死ぬところだった」

 負け惜しみを言いつつ、かすかに舌打ちした。

 パレードの監視人数と警護場所はすべて把握したはずだったのに、こんなところでガードマンと遭遇するとは想定外だ。

 それにしても相当な腕前だと感心しつつ、アランはマントの下に隠していた長剣に手をかけた。


「おっと…!」

 鞘から引き抜いて瞬時に振り上げたとたん、黒ずくめの男が飛びのいた。

 腕の1本でも落としてやるつもりだったのに、俊敏さもサル並みらしい。

(これはちょっとマズイことになったかも…)

 と、脳内で逃げる算段を巡らしつつ、アランはライフルを投げ捨てて長剣を構えた。


「おいおい、本気かよ。なんつー時代錯誤な。そんなもので銃に勝てる気か?」

「近代武器は性に合わないんだ」

「勇ましいな。それならこちらも、それなりの武器で応戦しようか」

にかりと笑った男が取り出したのは、背丈の2倍ほどの長さがあるムチだった。


――《メタルフル・ドラッド》。

国境沿いに住む叔父・ルノーから聞いたことがある。

手のひらサイズほどのグリップから、操作一つでテイルを引き伸ばし、さらにそこから細かいトゲがいくつも飛び出してくる。


そんなものを足元に打ち付けられ、アランは小さく声を上げて飛び上がった。

その拍子にマントが翻り、その下に隠されていた金属が陽光に反射した。

「?! メタル? …それは義手か?」

「カッコイイだろ」

「足もか」

 小柄な体躯に合わない仰々しい装備に、男は呆気に取られた。

 なにより、凄まじい憎悪を感じる。

 こんな少年にそこまで恨まれる覚えはないのだが、まっすぐに向けられる怒りのオーラに圧倒された。


「ぼーっとしてんなよ、おじさん」

「誰がおじさんだ、こら! …って、うわ、」

 一瞬だけ男の注意がそれたのを見計らい、アランはマントを剥ぎ取ると、それを男に向かって投げつけて彼の懐へと飛び込んだ。


 下から振り上げた長剣が、男の腕に当たる。

 …手ごたえはあった。

 間違いなく切りつけたと思ったのに、なぜか男は微動だにしない。

(仕損じた…? まさか)

 服の布地は確実に切れている。

 それでも男が悲鳴ひとつ上げないのは、中に防護服でも着込んでいたのだろうか。

 そんな感触は刃先からは伝わってこなかったけれど…。

 アランは首を傾げて、息をついた。


「プロテクター? つまんないモノ着てるんだね」

「…常識の範囲内だ」

「あ、そうですか」


 仕方がないとばかりに、アランは再び長剣を構えた。

 ムチのような長物は接近戦に弱い。

 だからこそ、男の懐に入ってしまえば勝算はあると踏んでいたが、それがムリだと分かった以上、残る狙いは一つしかなかった。


 男が再びムチを振り下ろした瞬間を見計らい、アランは強く地面を蹴って飛び上がった。

「え…?」

 意表を突かれた男が、のけぞるように天を仰ぐ。

 が、それより早く狙いを定めると、男の頭頂部を目掛けて剣を振り下ろした。


「あ、惜しい!」

 思わずそんな声を漏らした。

 今度こそ仕留めたと思ったのに! 男の体が大きくうねったかと思うと、瞬く間に視界から外れていく。

「くそっ」

 慌てて周囲を見回したとたん、

 今度はアランの方が男につかまり、足首に絡みついたムチごとハエのように地面に叩きつけられてしまった。


「痛った~!」

「まったく。手こずらせやがって」

低く響いた声音と同時に腹部を足で踏まれ、奪い取られたアランの長剣が、仰臥した鼻先にちらついた。


「驚いたな。まだ子供じゃないか。誰かに王太子を殺すよう頼まれたのか? ん? いくらもらった?」

「…殺す気は、なかった」

「ウソをつくな、クソガキ」

「本当に、ライフルの練習をしていただけだ」

「練習だと? パレード中の王太子を相手にか? お前はバカなのか」

 呆れ果てた男が、ため息まじりに肩をすくめたその時。


 ビルの下で、一発の銃声が鳴り響いた。



 メイン・ストリートでは今、ヴァン王太子の成人パレードの真っ最中だ。

 その銃声がどんな意味を持つのか、考えるまでもなく2人して顔を見合わせた刹那。

「王太子殿下が撃たれたぞっ!」

 誰かが声高に叫ぶ声が聞こえた。

 

 パニックになる国民たちのざわめき、悲鳴、逃げ惑う足音。

 そんなものがビルの最上階まで届いてくる。


 大混乱に陥っているメイン・ストリートの騒ぎを聞きつつも、男は眉ひとつ動かさずアランを見据えた。

「逃げなくていいのか? どうせお前も共犯だろう?」

「そっちこそ。こんなとこで《クソガキ》の相手をしているヒマはないんじゃないの? クビになっても知らないよ?」

 思いのほか冷静な言動に、男の方が困惑した。


 どうみても10代の少年に見えるのに、この沈着さはどうだろう。

 まさか、このまま逃げおおせるつもりでいるのか。

「言っておくが、今からお前を不審者として軍部にしょっ引くつもりでいる」

「あぁ、それはムリです」

「なんだと…?」

 男が顔色を変えた、その瞬間。

 彼の頬を、ひゅっと何かがかすめた。


「…っ」

 びくりと身をすくめた男の注意が、わずかにアランから逸れた一瞬。

彼の頬をかすめたものが、数メートル先のグラスコートに突き刺さった。


「なんだあれは。弓矢…? いや、違う――ボウガンか!?」

 アジャスターの筈巻部が、陽光に反射してきらりと光る。

 その光に驚いて目を見開くと、アランがいきなり男の腹部に飛び蹴りを食らわせてきた。


「うっ、痛った…ッ」

「お邪魔さま」

「てめぇ。このやろう!」

 慌てて銃を取り出し発砲したものの、するりと風のようにかわされて、まったく当たる気配がない。

「待て! このガキ!」

「詰めが甘いね。さようなら、お兄さん」


 アランは子供のようににかりと笑うと、すべてが計画通りとばかりに飛び跳ねて、ビルの下へと飛び降りた。



                  ■□■□


 あとに残されたのは、使い古された皺くちゃのマントと、狙撃ライフルのみ。

 それを拾い上げて、男はため息をついた。


 ライフルはウッドクラウンのデッキモデルでエアソフト切り替え装置がついている。

 いわば改造ガン。

 オモチャとも相違ない造形物だ。

「…これは、まったく使い物にならないな。オレはからかわれたのか」

 呆れるやら情けないやらで、こみ上げてきた脱力感に襲われていると、


「ヴァン王太子! ご無事ですか!」

 階下から上がってきた側近のファングが、蒼白した顔で駆け寄ってきた。


「あぁ、なんともない。宮殿に届いた《王太子暗殺の脅迫状》は解析できたか」

「いいえ、まだ。パレード中の偽王太子を狙った犯人も取り逃がしました」

「それは最悪だ。替え玉と入れ替わってて正解だったな。…撃たれたフェイク(偽者)の具合は?」

「軍事病院に運びました」

「…そうか」


 せっかくの成人祝賀パレードだというのに。

 脅迫状は届くわ、犯人は逃すわ、わけの分からない少年に振り回されるわ…

 今年はろくでもない1年になりそうだ、と思いつつ拾ったマントを握りしめた。


「どうかしましたか、ヴァン王太子」

「このマントの持ち主を調べとけ。プラスコリア士官学校の指定服だ」

「これは懐かしい! しかし名前がありませんね。なぜあなたがこんなものを?」


「このオレをからかったクソガキを成敗しに行こうと思ってね。楽しいことになりそうだ」

「…はぁ?」

 ぽかんと口を開けたファングを尻目に。

 ヴァンは、軽やかな足取りで階段を駆け下りていった。






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