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第一章「小さな花の名前③」


年若い侍女たちが、泣き叫びながら逃げ惑っている。

そのうちの1人に抱き上げられたアレクシア・クリスタは、まだ眠い夢現の中を彷徨いながら、侍女の腕の中で揺られていた。


「ねぇ、どこに行くの? お母様たちはどこ?」

「公女さま。大丈夫ですから、どうぞご安心ください! 今から王宮の地下道に入ります。必ずお救いして差し上げますからね!」

「…うん?」


 けれど数10分もしないうちに、周りにいた次女たちは次々と砲火に倒れ、命を失っていった。


 なにがあったのか、まったく記憶がない。

 ただ、腕と足が燃えるように痛くて…

 声を出そうにも、喉が痺れて…


 うっすらと霞む視界の中で。

 誰かが、彼女の体を抱き上げて、必死に走っていたことだけは、覚えている…



             ■□■□




「あぁ、目が覚めた?!」

 そう叫んだ従兄のプルーデンスが、ベッドを覗きこんだ。

 まだ意識の浅いアレクシアは、うつろな思考をめぐらせて瞳をしばたかせた。


「…ここは」

「東の国境沿いだよ。ぺトラスト山の中腹あたり。狩猟小屋の中」

 そう言われても、彼女にはまったく理解できない。

 部屋のすべてが木造で。

 朽ちた壁の隙間から、冷たい風が入ってくることに困惑した。


「気分はどう、アレクシア。1ヶ月近くも昏睡してたんだ。死んでしまうんじゃないかと、本当に心配で…」

「プルーデンス。…プルーデンス…っ」

「なに、アレクシア」

「体が、動かない。…起き上がれないの、助けて、」

 とたんに、プルーデンスの表情が引きつった。


「アレクシア、それはね…」

 そう言ったきり、何も言えなくなった彼を助けるように、別の男がアレクシアを見下ろした。

「公女殿下。…私が分かるかね?」

 低い声音に耳を傾け、彼女はこくりと頷いた。

 とたんに、安堵感で涙が溢れてくる。


「ええ、分かります。プルーデンスのお父様ね」

 アレクシアの叔母フローレンス公女の夫で、確か名前は…


「マリオ・ランティス・ルノー侯爵」

「そうだ。もっとも君の叔母上と結婚する前は、ただの時計職人だったんだけど」

 と、ルノーは皺枯れた手で、アレクシアの頭を撫でた。


「ルノー侯爵。どうして私の体は言うことを聞かないの? なぜ手足が動かないの?」

「戦車にもがれてしまったからですよ。あなたの左手と左足は、動輪の下敷きになってしまったのだ」

「父上!」

 驚いたプルーデンスをよそに、ルノーはベッドの毛布をめくると、その体の全貌をアレクシアに晒した。


「…あっ」

 左腕は肩からすべて切断され、包帯が何重にも巻きつけてある。

 左足もまた、付け根からばっさり切り落とされていて、こちらも同じように包帯が巻かれていた。


「ウソでしょう…こんな…。私の足が、…手も…」

 あまりのショックに、声も出ない。

 現実を受け入れられず、泣くことすら出来ないでいると、プルーデンスが悔しそうに歯噛みした。


「命だけでも助かって良かったんだ。王侯貴族はすべて殺された。大公殿下も、大公妃も、ファミリアもすべて息絶えた。クーデターが起きたんだよ」

「クーデター?!」

 その問いを引き継ぐように、ルノーが大きく頷いた。


「バフィト陸軍元帥が反旗を翻したのです。サンドラ王国の攻襲を迎撃するしないで議会がモメた挙句、全面降伏という大公殿下の意向に、バフィトが異議を唱えたのです」

「…この国は、中立国ではなかったの?」


「ファミリアの恒久的な自然回帰現象を諸外国に認定され、実質的には《和平中立国》として認められていますが、本来は中立国ではありません。…しかし《何人たりともダリール公国を侵略することは許されない》とされる暗黙の条約を破ったのは、サンドラ王国が初めてでしょう」


「…ルノー侯爵。私を外に連れて行って」

「アレクシア?!」

 驚いたプルーデンスが引き止めた。

 だが彼女の眼差しは、強くルノーへと注がれている。


「お願い。外を見たいの。ここから出して」

 アレクシアが両手を伸ばすと、ルノーは仕方がないとばかりに彼女を抱き上げ、小屋の外へと出た。



 ぺトラスト山のふもとは、想像した以上に焼け野原だった。

 街も、川も、多くの犠牲者を含んですべてが火の海に包まれたのだ。


 茂みの上に片手と片足をついて身を乗り出したアレクシアは、背後にいるルノーに尋ねた。

「ルノー。この状況を説明してください」

「…あなたにお話しても、まだ難しいかと」

「教えてください。お願いします!」


 その瞳は、すでに6歳の少女のものではない。

 眼光ひらめく力強さは、周囲を圧倒するオーラを放って威圧してくる。

 ルノーは息をつくと、山のふもとを指差した。


「王宮を襲った大量の軍隊と戦車は、ルクリュビエール・ジマ・バフィトの個人所有です。表向きは避暑地とされていたフィーユの別邸に基地を構え、こっそり軍事力を蓄えていたことは、兵力保持推進派のコーエン公ドミトリーも知らされていなかった話です」

「…コーエン公は」

「殺害されました」

 ルノーの声は抑揚なく、淡々と辺りに響いた。


「――あなたが眠っていた1ヵ月あまりで、状況は大きく変化しました。先のクーデターでは王族公爵3人ほか、伯爵・子爵・侯爵155名と、その家族403名。合計558名が命を落とし、国民の多くが災禍に巻き込まれました。その後バフィトは、サンドラ王国に迎撃体勢を如くも、サンドラ側はあっさりと戦線を離脱。不戦勝に帰したということです」

「戦車に恐れをなしたということなの?」

 そうであろう、とルノーは大きく頷いた。


「サンドラ軍を深追いしなかったのは賢明でした。リトシュタイン帝国の反感を買うのを怖れたのでしょう。あの国はファミリアの存在をいたく気に入っていましたから」

「…西の、大国の?」

「クーデターはともかく、ファミリアを殲滅したことについて、リトシュタイン帝国皇帝マイクロフト・シュヴァルツェンは難色を公式表明しています」


 ――おそらく周辺国は、手も足も出なかったろう。

 クーデターは秘密裏に画策され、

 仮に衝動的であったとしても、反逆の意思は常に水面下で揺れ動き、騒動は起こるべくして起こった。


 そして、

 ルクリュビエール・ジマ・バフィトは自国を創建し、西の大国リトシュタイン帝国に倣うように、他国を寄せ付けない強い国にしようと望んだのだ…。



「私の父は、命を奪われるほど、そんなに悪い元首だったろうか」

 思わずそんな言葉が、アレクシアの喉奥から漏れた。

 従兄のプルーデンスに体を支えてもらいながら、こみ上げる涙を拭ったその時。


 山小屋のドアが開き、幼い少女が姿を現した。

 眠そうに目をこすり、目覚めたばかりのおぼつかない足取りで近づいてくる。

「お父さま…? アレクシア、公女、さま…?」

 プルーデンスの妹・シェノアだ。

 アレクシアより2才年下で、まだ4歳になったばかりのはず。


「シェノア…あなたも生きてたのね。良かった」

 そう呟くと、幼いシェノアは状況が理解でていないのか、無邪気な笑顔を見せた。

 その小さな手には、露桟敷の枝が握られている。

 アレクシアは目を開いた。


「ファミリア…、」

 そう呟いた瞬間。

 三日月模様の葉がぽうっと光り、まるで言霊に惹かれるように、まるい実が開いた。


 生まれたばかりの小さな妖精が、ふわりと上空を舞う。

 全滅したと思っていたファミリアが、こんな場所に残っていたなんて…。

 故郷を恋焦がれるように揺れる光に、アレクシアの心が動いた。


「許さない、」

 細い声が、凛と周囲に響いた。

「アレクシア?」

「――殺してやる、…いつか、必ず。…父や母や、大切な民を疎かにした大奸を許してはおけない。絶対に復讐する」

「そう、だな」

 プルーデンスの手が、宥めるように彼女の頭を撫でた。


「必ず、殺す…。ルクリュビエール・ジマ・バフィト」

 体の痛み、心の悲しみ、

 そんなものがすべて怒りに変わった瞬間だった――


なんだかザックリとした話ですみません。

言い訳はしません(涙)

こんな感じで今後もザックリ話が進みます( ;∀;)

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