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第三章「在りし日の跡形④」

「アラン? さっき私を殴った子供のことね?」

「あれでも今年18だ」

 

 2人の会話に、ファングが口を挟んだ。

「殿下! ここでその話は…。今はパレードの主犯について、」

「構わん。思ったままを話せ」

 ファングを片手で制すると、リディナに返答を促した。


 やはり少し言いよどんだように、彼女の口が震えている。

「そうね。…個人的意見として聞いてもらいたいのだけど。…あの子は、…かのダリール公国の血縁者ではないかと思うわ」

「根拠は?」


 ファングが、はらはらしながら2人の会話を見守っている。

 余計なことを言うと反逆者だと勘違いされそうな気がして、リディナは慎重に言葉を選んだ。


「私のこの左腕は、もともとクーデターの際にファミリアに守られて地中に埋まっていたらしいの。となると、やはり亡き大公の由縁者ではないかと」

「ファミリアだって?!」

 と、ファングが絶叫した。


「ありえない話じゃないな」

 と頷くヴァンに絶句し、ファングはさらに動揺した。


「いや、ありえないですから! なに言ってんですか、2人とも! こんな話が国王に知れたら厳罰ものですよ!」

「お前が黙っていれば、バレない」

「殿下!」

「黙れ」

 ヴァンはうるさいとばかりに、片手を振り上げた。



 ――ファミリアは、間違いなく絶滅したはずだ。

 ヴァンの父・バフィト国王は極度の現実主義者で、こと《ファミリア信奉者》に対しては、あまりいい印象を持っていない。

 だからこそ、あのクーデターの時。

 街中のあらゆる場所に火を放ち、露桟敷(つゆさじき)の木を燃やし尽くしたのだ。


 現存しているとすれば、ヴァンが王宮の秘密部屋に隠し持っている露桟敷の木1本だけ。

 なのに…


「ファミリアに守られていた左腕、か。まさかそんな話を聞かされるとはね。…つまりファミリアはまだどこかで生存していると?」


「そんなこと知らないわ」

 リディナは唇を尖らせて上向いた。


「私は軍人で、ファミリア信奉者じゃないもの。…でも、この腕をもらって以来、ずっとファミリアの息吹は感じているわ」

「…、」

「今ではもう、この腕なしでは生きていける気がしないほど私の大切な宝物よ。…だから、今さら返せと言われたとしても、これはお返しできないの」


 ファングはパソコンの前で硬直し、ヴァンはひたすら何かを考え込んでいる。

 リディナはとたんに不安になり、心配そうに身を乗り出した。


「あの、えぇと、…それで、私は罪に問われるのかしら」

「追って連絡する。自室待機だ」

 冷たく言い放つと、ヴァンはすべてをファングに任せて取調室を後にした。



               ■□■□




 聴取を終えて外に出ると、ヴァンはまっすぐにアランのところへ向かった。


 閉じ込められた鉄牢の中で。

 すっかり気落ちしていた顔が、ヴァンの気配に気づいて色づいた。

「ヴァン!」


「…呼び捨てかよ」

「どうだった? あの女なんと言ってた?」

 ヴァンのことなどお構いなしに、まくし立ててくる。

 必死に鉄柵を握り締める様子に、哀れみすら感じて気の毒になった。


「パレードの車に爆弾を仕掛けたと言っていた」

「そんな事はどうでもいい! あの女の体についている左腕はなんだ?!」

 大声でわめき散らすアランに目を見張り、ヴァンは息を飲んだ。

 そして、アランの身体についている左腕と左足の義手に、じっと目を凝らした。


「お前、男だよな」

「そうだけど?」

「…本当に?」

「は?!」

 その意図を測りかねて、アランはぽかんと口を開けた。

 だがすぐに何かを察すると、からかいの笑みを浮かべてみせた。



「…なんだ、そゆこと? …あいにくお貴族さまに好かれるほどの色香はないと先日も言ったはずだけど」

 独り言のように呟き、なんの躊躇もなくその場で服を脱ぎ始めた。

 下着まですべて取り払ってしまうと、そこにいるのは完全なる《男》で。

疑う余地など欠片もなかった。


 アランは全裸で鉄柵に寄ると、ヴァンに手を伸ばして頬に触れた。


「ここから出してくれるなら、キスぐらいしてやってもいいぞ」

「分かった分かった。オレが悪かった。もういい!」

「いたたたた…っ」

 片手で顔面を掴まれてぐいっと押しのけられ、アランは裸のまま体勢を崩した。


「まったく。何なんだ、お前は! まじめな顔をするかと思えば、いきなりふざけるし。とりあえず服を着ろ! ここから出してやるから!」

「やった!」

 嬉々としたアランが鼻歌まじりで服をまとう間に、ヴァンはカギを取り出して牢の扉を解錠した。


 着替えて、扉から出る瞬間。

 アランはすれ違いざまにヴァンの襟首を鷲掴むと、伸び上がるようにその頬にキスをした。


「…っ!」

「どうもありがとう、殿下。…感謝しているんだ、本当に」

「次からは、オレにキスする時は金を払え」

「ひどいっ」

 傷ついている割にどこか楽しげなアランに、ヴァンは複雑な表情を返した。


「まったく、お前ときたら下品で粗野で…。こんなのがダリール公家の血族なはずがない」

 ぼそりと放たれた言葉に、アランは即座に振り返った。

 小さく浮かんだ微笑が、こちらへと向けられる。


「なんの話か分からないけど。くだらない冗談はファミリアが寝込むよ」

「!」

 

 その瞬間。

 ヴァンの中に、衝撃が走った。

 小さい頃、アレクシアがよく言っていた口癖だ。

 それをアランから聞かされたことにショックを受けていると、

「バーン!」

 アランは子供みたいな顔で人差し指を突きたて、ヴァンに向かってピストルを打ち込む仕草をしてみせた。


 喜び勇んで、アランが跳ねるように出口へと飛び出していく。

 その直後、

 取調べから戻ってきたファングと鉢合わせして、互いに目を開いた。


「…あれ、殿下の護衛士」

 そう言ったとたん、じろりと睨まれた。

 ──ファングはどうも苦手だ。

 いつも怒ったような顔をして、アランを目の仇にしている。

 この威圧感が、アランは恐ろしかった。



               ■□■□



「ご無事ですか、王太子殿下」

「…ご無事って、なにが?」

 能天気なヴァンには、本当に呆れてしまう。


「何って! あんな素性も知れないヤツと2人きりなんて。あの子はあなたの命を狙っているんですよ、殿下。もっと気をつけないと!」

「それは大丈夫だ。俺は不死身だと伝えてある」

「普通の人は、そんなこと信じません!」

 やたらとムキになるファングがおかしくて、ヴァンはくすりと笑った。

 

 大通りに走り出したアランが、物珍しそうに軍用機の周りをうろついている。

 先刻までの消沈ぶりはどこへやら。

 戦車が怖いだのと青ざめていた様子は、今はまったく感じられない。


「ファング」

 と、傍らに立つ護衛士に声をかけた。


「リディナの左腕は、移植される前は誰のものだったのだろうな」

「!」

 ありえない思考が、頭の中を巡る。

 どんなに振り払おうとしても、その結論は胸の隅にこびりついて、いつまでも心の中で燻っている。


「…妄想ですよ、殿下。勘違いです」

「そうか」

 ヴァンは肩をすくめ、遠くにいるアランを呼んだ。


 見たこともない軍内の標識に興味を示していたアランが、呼び声に気づいて駆け戻ってきた。

「なんですか、殿下」

「ファミリアについてどう思う?」

 不意を突かれた質問に、アランはきょとんと固まった。


「え、何ですか」

「ファミリアだよ。聞いたことぐらいあるだろう?」

「…」

 さらに問われ、返答に詰まってしまった。


「えぇと、ファミリアは…」

 こぶしを口元にあて、考え込むように視線が揺れた。


「ファミリアは、簡単には絶えない」

「ほう?」

「花や草、土中の深くから伝わってくる生命の熱を利用して、生まれてくるのです。…この世界が存在する限り、ファミリアの尊厳は何人たりとも損なえない」

「なるほどね」

 と、ヴァンは頷いた。


 むっとしたファングの視線が、鋭くアランに注がれる。

「このガキ。当国内でおおっぴらにファミリアの話をするな。処罰されるぞ!」

「あー、そだね。国王さまはファミリアが大嫌いだっけ?」

「不敬な!」

 ケンカを売られたファングの眼光が、ますます強くなる。


「まったく、なんでお前みたいなのが殿下のお気に入りなんだ!」

「えっ、そうなの? お気に入り? 本当に?」

 くるりと振り返ったアランの表情がにわかに華やいだものだから、ヴァンは困ったように苦笑した。


「そうだな。…その軽量で精密な義手足を作った職人の名前を教えてくれたら、高給で城に召し抱えてやらなくもない」

「どうせ戦争に利用しようと思ってんだろ? 誰が教えるものか。…痛てっ」

 ヴァンに向かってイーッと前歯をむき出すと、即座にファングに足蹴にされた。


「だから、殿下にそういうことをするなと言っている!」

「分かった分かった。そんな怒るなって」

 まるで兄弟ゲンカだ。

 軍の敷地内で、周囲の視線も構わず取っ組み合う2人が、ヴァンの目にほほえましく映った。



 ――本当は、少しばかり期待している。

 このアランが、ダリール公国の血筋をわずかでも引いているならば。

 もしかしたら、

 昔のような幸せな時間がまた戻ってくるのかもしれない。


 とうに手放したはずの懐かしい記憶を、彼はまだ諦めきれずにいた。



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