初めまして、管理人です。
カチャカチャとキーボードを叩く音が響く。
巨大な液晶画面を前に、二人の男が作業をしていた。
「ちょ、新しい人入ったんすか?言っといて下さいよ〜!他の人と繋げられてないじゃないすか〜。」
赤いニット帽を被った男が先輩に文句を言いつつキーボードを叩く。その間も視線が画面から離れることはない。
「あ?言ったよ。お前が聞いてないんだろ?」
「ちょ、オレ新人なんすよ?もうちょい優しくお願いしますよ〜。」
文句を言われた男は緩い話し方にイラっとし、椅子を蹴りとばした。それでも二人はキーボードを叩き続ける。ただ弾みで緑のキャップから髪が零れ落ちそうになり、首を傾け回避した。
「せんぱーい。」
「なんだ。」
返事をしながらズズッとストローで缶コーヒーを飲む。右の画面でランダムな動きをしない犬にデリートキーを押した。
「この木とかって、いーんすか?このままで。」
「……あ?」
大画面には青々と鮮やかな果実の成る木と、それを見上げる二人の人間が映し出されている。
「だーかーら、この木ですって!オカシイっすよね?」
指をさせない男は、顎でくいくいと画面を指す。その動きを視界の端に映したもう一人の男も、画面を見ていた。
みずみずしく熟れた果実。今にももいで食べたくなるようなツルリとした綺麗な果実たち。サワサワと風に揺れる木々。
「…あ?なにが。実物見て完全再現させてんだぞ?」
赤いニット帽の新人の前任者に様々な種類の果物や動画を取り寄せさせて再現したものだ。リアリティーでは抜きん出ている。
緑のキャップの先輩は中々の再現率だと満足していた。どこを確認しても作った当初と同じでバグもない。
そんな先輩のドヤ顔を知ってか、
赤い新人はきょとんとした表情をした。
「いや、柿と林檎と蜜柑って同じ時期に成らないっすよね?ふつー。」
「……あ?」
「てか、そもそもここの季節っていつに設定されてんすか?ーーーイダっ、」
赤い新人の頭に、緑先輩の飲み終わった缶が投げつけられた。
「ぼ、暴力反対!」
手を離せない赤い新人は、痛めた頭を摩ることもできない。それを横目に緑先輩は新しい缶コーヒーを机から出した。
自分の芸術作品にケチをつけられて思わず手を出してしまったようだ。緑先輩は休憩に入った。
「ちょ、先輩!そっちもやって下さいよ〜。」
「あん?プログラムでいけてんだろ。」
「最初の一週間はちゃんと見とけ!…って言ったの先輩っすよね!?」
緑先輩はクルクル回る椅子の上で胡座をかく。寝に入るようだ。
ビー!
警告音が鳴った。
「せ、せんぱーい……!」
「あ、やべ。」
「なんすかこの音!?ヤバイっすよね!?」
アタフタするが依然としてキーボードから手を離せない。緑先輩は黄色いスイッチをガシャンと押した。
「あー、マイクテスーマイクテスー、ゲージ千二百五十五で接触ありーどうぞー。」
ジジッ、と音が鳴り「こちら管理棟、了解ですーどうぞー。」と何処からともなく声が聞こえた。
「お、久々だな、元気にしてるかーどうぞー。」と返すと、
「こっちの仕事はエグイですー辞めたいですーどうぞー。」と返ってきたので電源をオフにした。そりゃあ夢の仕事から現実の世話に変われば大変だろう。管理棟にいるのは、皆夢遊病みたいな状況なのだ。
「え、なんすか!?ここ繋がるんすか!?」
「あ?あー、まー、んーーー。」
興奮する赤い新人。
説明するのがめんどくさい緑先輩。
画面の中の彼らは管理棟にいる。普段管理棟と管理人は現実で関わることはない。赤い新人の前任者のように左遷でもされない限り……。
「え、てか、さっきの音なんすか?故障?」
「バーカ。アレは、良くあんだよ。接続が上手く行かねーから、体が動いちまって。」
「あ、だから痛みを、へえ〜。」
赤い新人の左の画面にプログラムと別の干渉があったことが表示されていた。
中央の大画面にはベッドにダイブした男が映しだされている。
「え、ラップトップとテレビもあるんすか?贅沢〜。」
「あ?あー、モデルを忠実に再現しろって言われたからな。」
「え、モデル?なんすか?それ、」
「は?北欧で実際に行われてる………お前、研修受けたんだよな?」
「……いやー、俺技術で入ってきたんで、あんまし……イッテェ!」
スコーンと新しい缶がヒットした。
かっとなってやった。反省はしていない。