俺がここに来たわけ
4話完結です。お付き合い下さい。
広々とした広大な土地。
青々とした草花が生えている。
ぽつぽつと建つ家々はペンションのよう。赤、青、黄と鮮やかな屋根の色が点在する。まだどれも新しいようだ。
こんな快適な生活を送って、本当に良いのだろうか……。
突然不思議な気持ちに見舞われた。
「ああ、新人さんかい。」
「え、ええ。」
突然話しかけられ、喉が奇妙な動きをした。声は通常通り届いたようで、八十代くらいの老人が話しかけてきた。
目尻の皺をくしゃりとさせて微笑む。温厚で優しそうな白髪の老人だ。
「驚いたかい?」
「ええ、正直……」
野原を犬がグルグル駆け回っている。蝶々でも追っているのだろうか。
夢を見ているような心地だ。地獄に落とされると思っていたが、ここは天国のようだ。
俺の考えが分かるのか、老人は微笑みを絶やず頷いた。
「そうじゃろう。ワシも初めてきた時は驚いたもんだ。」
「ーーやっぱり、あなたも……?」
「ああ、もちろん。ここにいるもんは皆お主と同じようなもんじゃ。」
にっこりと笑うその顔は、どうみても自分と同じようなことをしてしまった人間には見えなかった。
新たに来たよそ者を受け入れてくれる態度やその表情からは、平和な人生しか想像できない。ここの環境がそうさせたのだろうか。自分がこの老人のようになることを想像した。
……今の段階では難しい。サンタクロースのような慈愛に満ちた老人と自分とでは、天と地ほどの差が見えた。
しかし、ここにいる以上なにかしら事情があるのだろう。元から見た目に中身が近づいたのかもしれない。どちらにせよ見た目と行動がバッチリ一致した自分とは、別のタイプだ。
老人はホッホ、と笑い、新居までの案内をかってでた。この島まで連れて来てくれたはずの人は、いつの間にかいなくなっていた。
老人はぽくぽくと軽快に靴の音を立て、草原の中、舗装された道を歩く。そのあとを慌ててついていった。あの時ついたはずの傷は、もう痛まない。
「お元気なんですね。おいくつですか?」
老人は一度立ち止まると、歩幅を合わせてくれた。
「もう八十六になるのぅ。ここに居れば、毎日健康に過ごせる。なんせ自給自足の生活じゃからな。」
ホッホ、と笑った。
確かに、家々の周りに作物が栽培されている風景がみえた。人参、南瓜、ジャガイモ……蜜柑や林檎や柿の成る木まである。
木は青々と茂り、時々日陰を作ってくれた。
上を見上げると、果物はどれもみずみずしく、良く熟れている。今にも落ちて来そうだ。
「ここじゃよ。」
老人は一軒の家の前で立ち止まった。
赤い屋根の二階建て。白い壁が目に眩しい。
二階には出窓が付いていて、キラキラ光を反射している。
老人は鍵も使わず、ガチャリとドアを開けた。その音を聞き、慌ててあとを追った。
「どうじゃ?良いところじゃろう。今はお主以外住んでおらん。」
家の中を見て目を疑った。
玄関から爽やかな風が吹き抜ける。
ピカピカに磨かれた床。ふかふかなソファーのある広いリビング。オープンキッチンの付いたダイニング。
思わず老人を置いて駆け出していた。
ダイニングの向こうを覗くと扉が二つあった。
一つ、開けるとトイレがあった。
も一つ、開けるとバスルームがあった。
どちらも真っ白でピカピカしていた。夢にまでみた新築二階建てのマイホーム!
嬉しくなって家の中を飛び回った。
「二階がお主の部屋じゃ。」
老人の声が聞こえた。
子供のようにバタバタと階段を駆け上がる。
二階には四つも扉があった。
一つ、開けるとベッドが見えた。奥に出窓がある。
ここが俺の部屋か!
思わずベッドにダイブした。
大人になってからこんなに気分が高揚したのは初めてだった。
ゴツッと何かに当たり「痛っ、」と思わず声を上げた。
ベッドはふかふかだが、思わぬ衝撃があった。布団をめくってみたが、ベッドマットも良くスプリングの効いたものだった。
勢いがつき過ぎたことに気づき、子供のような自分が急に恥ずかしくなった。
ーー遊びに来ているわけじゃない。
俺は頭をぶるぶると振った。
……一瞬、家族のことを忘れていた。
あん?て方は3、4話にて。