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8.ダークエルフは朝に弱い

「とっとと行くぞ! さっさと起きやがれ!」


 翌朝早く、エドガーに起こされた。


「んだよ……まだまだ早いじゃん。久し振りのベッドを堪能させてくれよ。ほら、ムー子もまだ寝てんだよ」


 俺は布団を捲り、腹に抱いているムー子をエドガーに見せる。


「ムー……ムー……」


「ほら、心地良さそうに寝てんだろ? これを起こすのは野暮だろ、野暮。そんなわけで、俺もムー子に付き添って寝るわ。コイツ結構寂しがりで、俺がいなかったら眠れないんだよ。な? いいだろ?」


「ギルドは七時から開くんだよ! 支度して飯食って歩いたら、もう時間になっちまうわ! とっとと準備しろ!」


 いや……もう、マジで眠い。

 朝の怠い時間に横になれる幸せを、十数年振りにベッドで味わいたいわけよ俺は。

 なんで夜中に疲れて眠るのより、充分寝たはずの朝にゴロゴロする方が幸せなんだろ。


「んな急がなくてもいいだろ。なに? なんでそんなに急ぎてぇの?」


「あ、朝早くに行くのが定石なんだよ! 朝過ぎたら一気に混むの! 黙ってついてきやがれ!」


「昨日の夕方もそんな混んでなかったじゃん。じゃあ夕方でよくね?」


「いいから黙ってこいっつってんだろ!」


「俺、朝弱いんだよ。頭、ぜんっぜん働かない。親父も爺も朝はくっそ不機嫌だったから、習性なんかもしれん。こればっかりは諦めてほしい」


「馬鹿かぁっ! ぐだぐだうっせぇ、マジでブチギレっぞ! 早く準備しろクソガキィッ!」


 エドガーが俺の足を引っ張り、ベッドから引き摺り下ろそうとする。


「寝るっつってんだろうがぁっ! しつけぇぞ、そんなに行きたきゃ一人で行けぇっ!」


 俺がベッドの端を掴んだまま足をジタバタさせ、その内の一撃がエドガーの顔面をまともに捉えた。


「ごぼぉっ!」

「あっ、悪い」


 エドガーを蹴飛ばしてから、ようやく頭が少し覚めた。

 ちょっと寝ぼけていた。

 今思い返したら、一人で行けってなんだよ俺。ギルド行くのは俺の登録だから、俺いなかったら意味ないじゃん。


 急ぐ理由はよくわからんかったが、異世界都会人先輩のエドガーに従っておくべきだっただろう。


「おい、大丈夫かオッサン」


 返事がない。


 今の騒動で目を覚ましたムー子がベッドから降り、エドガーの顔に嘴を近づける。

 それから俺を向き直り、「ムー……」と一声挟み、首を横に振った。


 どうやら完全に気絶しちまっているらしい。

 ぼうっとしていたからよくはわからないが、顎を蹴飛ばしてしまったかもしれない。


「お、おい。オッサン? なあ、オッサンって!」


 肩を持って上半身を起こし、エドガーの身体を揺さぶる。

 が、しかし、まるで反応がない。


「仕方ねぇか……」


 俺はベッドに戻り、毛布を被る。


 エドガーが気絶しちまったんだから仕方がない。ここはゆっくり眠らせてもらおう。

 元々、ものっそい眠いのだ。正直、頭痛までする。身体が、本能が、睡眠の持続を望んでいた。


 ムー子は呆れたふうに俺を見ていたが、俺が毛布にくるまって目を閉じると、いそいそと潜り込んできた。

 ムー子もまだ眠いのだろう。

 起きたエドガーにまたネチネチ言われそうだなぁ、嫌だなぁ、とか、そんなことを考えながら俺は二度寝をした。


 毛布はまだ暖かみを残していた。

 身体に染み込んでくるその優しい温もりは、脳幹から響くかのような頭痛を癒す。それが心地よく、どんどん思考が微睡んで行き、やがては意識が泡沫へと沈む。

 ぎゅっとムー子を抱き寄せ、ほとんどそれと同時にぷっつりと意識が途絶えた。




 がさり。

 そんなささやかな物音で俺は目を覚ます。

 薄目で周囲を窺えば、エドガーが近付いてくるのが見える。


「このクソガキが、ぶっ殺してやる!」


 そんな罵声と同時に、エドガーは寝ている俺へと飛び掛かってくる。

 俺は慌てて皮膚強化を行い、上体を起こす。


 上手い具合に、下腹へと頭突きでのカウンターを行った形になり、エドガーは呆気なく床へと崩れ落ちる。


「ぬがぁぁぁああっ!」


 ひょっとしたら股間部にヒットしていたかもしれない。

 俺は額に感じた生暖かい感触を振り払うため、首を振って手で乱暴に髪を梳いた。


 ひっくり返りながらジタバタと暴れるエドガーを見て、やっちまったなぁとか、宿の主人から煩いって苦情が入りそうだなぁとか、俺はそんなことをぼうっと考えていた。




「テメェッマジで、マジで次やったらぶっ殺すからな! その皮膚硬くするの、マジでやめろ!」


 数分後、起き上がったエドガーに割とガチなトーンで怒られた。


 まだダメージが抜けていないらしく、エドガーはわずかに内股寄りで、下唇を噛みしめて痛みに堪えている。


 俺はその様子を見て、額の生々しい感触を思い出す。

 軽く手のひらで拭った。


「ああ、いや……今回は俺が悪かったって。すまん、寝起きがどうにもダメなんだ俺。でも今現在の俺が悪いんじゃなくて、寝起きの俺が悪いんだ。アイツと俺は別人だと思ってくれ。怒るんなら寝起きの俺に怒ってくれ。残念だけど、今言われても制御できる自信がねぇわ」


「言い訳になると思ってんのかクソガキィッ!」


 怒鳴りながらエドガーは手を振り上げ、それから殴っても無駄なことを思い出してか、すっと腕を降ろす。


「で、どうすんのよオッサン。もう昼近いわけだけどもさ」


「……まだ、セーフか」


 エドガーは時計を睨みながらそう呟き、ひとりで頷く。


「とっとと行くぞ!」


「え、飯は?」


「後回しに決まってんだろクソガキ! 時間がねぇんだよ馬鹿!」


「おいおい、悪い冗談だぜ。俺、飯食うのとムー子撫でるのだけが生き甲斐なんだぞ。それに都会の飯って奴を、色々味わいたいって言うか……」


「早く来いっつってんだろうが!」


 エドガーがまた怒鳴る。

 怒りというよりも、焦りが表情からは感じられた。

 いったいどうして、そこまでして午前中に行きたがっているのか。


 依頼か何かの都合か?

 いや、今日の一番の目的は俺の冒険者としての登録だし、エドガーの声の調子から察するに、もっと切実というか……。


 腑には落ちないが、どう訊いても誤魔化される。

 俺は急かされるまま、エドガーについて宿を出た。

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