7.元気出せよオッサン
「ごろずぅ……アイツ、アイツだけはぶっごろずぅ……」
ぶっ殺す、と言いたいのだろう。
裏路地で目を覚ましたエドガーは、ぼろぼろと涙を零しながら、地面を叩いて悔しがっていた。
俺はそんなエドガーの背を叩き、宥める。
「まあ、でも、受付嬢恐喝は正直ねぇわ。そこはアンタが悪かったと思うよ」
「うるぜぇ……」
「そんな拗ねなくても……オッサンなんだから」
「そんな歳じゃねぇ……」
「残酷かもしんねぇけど、25歳は人によってはオッサンだぞ。高校球児だってオッサンいっぱいいんじゃん。オッサンは絶対的じゃなくて相対的なんだよ。流れる月日は人によって違ぇんだよ」
ガチへこみしているときのエドガーは喰い下がってこないので、軽口を叩いた後ちょっと罪悪感を覚える。
「つかさ、別に無理に俺を登録する意味もねぇんじゃねぇのか? アンタに着いてって手伝って、そんで後で山分けでいいんじゃねぇか?」
「……ギルドカードがねぇと、通してもらえない場所が多いんだよ。それに依頼の度に冒険者登録もしてねぇガキ連れ回してるってなると、俺様もペナルティをくらいかねねぇ」
「そりゃ世知辛い……」
それこそ親の名を出して押し通せば……って、あの様子を見るにそれももう無理か。
さっきの事件は着色されて職員中に広まりそうだし、エドガーの脅しに屈する職員ももういないだろう。
いや、職員中どころか街中に広まっていてもおかしくない。
恐らく、あのロザリオという男はそこら中で言いふらかすに違いない。
元々そのために絡んできた節もある。
「じゃあ、どうするんだ?」
「日を変えて、もっかい行くぞ。あのクソったれパツキンがいない日に行く」
「脅して強行突破はもう無理だと思うけど……」
「クソッ! クソクソクソッ! アイツさえいなかったら、アイツさえいなかったらぁぁあっ!」
エドガーはまた壁を殴り始めた。
その後痛そうに手の甲を撫でていた。
俺に殴り掛かって怪我していたのを忘れていたのだろう。
「おい見てろガキィッ! そこの石ころがあのクソ野郎だぁっ!」
エドガーは落ちていた小石を何度も何度も踏み付け、最後に思い切っり蹴飛ばした。
「かっはっはぁっ! どうだ? 参ったかぁっ! 雑魚がこのエドガー様にしゃしゃってんじゃねぇっ!」
「恥ずかしいからやめろって!」
小学生だって今日日そんな憂さ晴らししねぇぞ!
いや、俺の覚えてる前世が何年前なんか知らねぇけど。
エドガーは力なく肩を竦め、道脇に置いてあった箱に腰掛ける。
「……顔見せなくていい言い訳なんか考えとくか。今日はもう、宿取って寝んぞ」
「アンタの家、この街にあるんじゃねぇの?」
勘当された、と言っていたことを思い出して慌てて口を閉じる。
「クソオヤジのことなんか気にしてねぇっつーの。むしろ、そういうふうに露骨にしまった、みたいな顔された方がイラっと来るわ」
「気にしてねぇならギルドで親の名前出して威張ってねぇで、とっととこんな街出れば良かったのに」
ひょっとしたら親への復讐のために、ギルドでせこい恐喝紛いをしていたのだろうか。
まさかとは思うが、エドガーの言動を見ていると否定しきれない。
もしそうだとしたら、あまりに人としての器が小せぇ……。
「傷口に塩塗るんじゃねぇっ!」
自分からどんどん傷を作っていくのだから、ネタにでもしてやらないとむしろ痛ましい。
出会ってから色々あったが、こいつの不甲斐ない面しか見ていないぞ。
運が悪いところもあるが、だいたい自業自得だし。
いや、ここまで重なったら同情はするけどよ……。
やっぱあのカブトムシの装甲、ちょっとくらいもらっときゃ良かったか。
恩がない、というわけでもないのだし。
「ああ、そういや、俺の分も宿代出してくれんだよな? なぁ? 俺一文も持ってねぇぞ」
まさか、『テメェは外で寝てろ!』とか言い出さねぇよな。
「……いつか返せよ。着いて来い」
あら、優しいぞ。
優しいというか、大人しいというか……。
知り合いと喧嘩して別れ、エルフに殴り掛かって手を痛め、手に入ると思ったカブトムシは持っていかれ、大勢の前でキザ男のダシにされ、憎まれ口を叩く元気もないのかもしれない。
この人ホントにツイてねぇっ……って、半分は俺のせいか。
先を歩くエドガーの背中は、出会ったときよりもずっと小さく見えた。
やってることは正直あれだけど、ちょっとは幸せになってほしい。