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6.今世初の都会デビュー

 クラリネッタの街に到着した。

 並ぶ露天商に、水瓶を持った乙女の石像がある洒落れた噴水。

 西洋風の建物、遠くに見える厳かな教会らしきもの。


「すっげ! マジでスゲェっ! なんで俺、もっと早くにこういうとこに来なかったかなぁっ!」


 こんなに賑やかな地を見たのは前世以来だ。


 俺が頭を大きく振って街並みを見渡していると、エドガーが俺の頭を押さえ付ける。


「落ち着けクソガキッ! ローブが取れたら面倒臭いことになるだろうがぁっ!」


「わ、わかってるっつーの……」


 辛気臭い部族で洗脳紛いの教育を受けながら幼少期を過ごし、そのまま静かな森奥で青年期にまで成長しちまった俺なのだから、都会デビューの今日くらいはもうちょっとくらいはしゃがせてほしい。


 いやムー子との生活が悪かったわけじゃねぇけど、正直あのダークエルフ一族は今思い返すとヤバい。

 集団の中にいるときは異様さを見過ごしやすいものだというが、あの儀式の日まで一族の思想を鵜呑みにして生活を送ってきたのは今思い返せば真っ当じゃねぇ。

 やっぱり社会と離れた団体で恨みつらみを溜めてちゃ駄目だろ。絶対いい方向に向かねぇ。

 正直滅んで良かったかもしれない。



「にしても……なぁ~んで、せっかくのお宝を全部やっちまうかなぁ……」


 エドガーがはぁ、と溜め息を吐きながら俺の頭から手を放す。


「可哀想じゃん。あの人、運んでたもん失くして馬車まで半壊したんだぜ?」



 あのカブトムシの装甲は、馬車の男に全部やることにした。

 ぶっ壊れた馬車を見てオイオイと床に頭を着けながら泣く大の男は、正直見ていられなかった。

 あと、あれやこれやと皮算用しているエドガーを見て、『今ここで全部手放したら、こいつどんな顔するだろう』的な好奇心が頭を過ったというのも一因なのかもしれない。


 俺が一言全部やると言ったら、馬車の男は大喜びしてくれた。

 俺の手を握り、今度会ったら必ず何か御礼するとまで約束してくれた。


 エドガーは錯乱して壁に頭をぶつけ、その後必死に俺を説得しにかかってきた。

 俺があれやこれやと理由を付けて往なしていると、エドガーは最後に暴力に出て、案の定拳を痛めてのた打ち回っていた。

 学習しないオッサンだ。



「テメェ、俺様に恩だってあんだろ? ちぃっとくらいは返そうって気にならねぇのかよ」


「……俺、オッサンになんかしてもらったっけ?」

「ムー?」


 俺は白々しくムー子と顔を合わせる。


「馬車交渉してやったし、ローブ買ってやっただろうがぁっ! だいたい俺様がいなかったらテメェ、この街でもまともに動けねぇんだぞ! わかってんのか!」


「わ、わかってるよ。ジョークだっつうのジョーク!」


 こっちとしても命狙われたの許したり、川に落ちたの助けたり、火魔法で暖めてやったりと色々やったわけだが、まあ黙っておいてやろう。

 世話にならなきゃいけねぇのは確かだし、俺が気兼ねなく正体を明かせる数少ない相手なわけだし。



「とにかく、冒険者ギルドに行ってテメェの登録を済ませんぞ」


「あ? なんだよそれ、俺聞いてねぇぞ」


「テメェの働き場所だ。嫌だとは言わせねぇぜ。どこの街行ったって、コネも金も実績もない奴が仕事を選べる自由なんてねぇんだよ。多少、腕は立つんだろ?」


「森中で絡んできたオッサンをボコボコにできる程度には」


「あれは俺様の体調が悪かったからだっつってんだろ! ぶっ殺すぞ!」



 冒険者ギルドというのは、魔物討伐等の依頼を引き受け、それを冒険者に振り分ける謂わば仲介のようなものらしい。

 その他にも古くなった武具や魔物の毛皮を纏めて買い取ってくれたり、金を預かってくれたり、また冒険者間の情報交換の促進やパーティーメンバー集めを手伝ってくれたりと、魔物討伐を生業とする人達への支援が主な目的のようだ。



「なるほど。そんで、オッサンもコネと金がなかったから冒険者になった口なのか?」


「テメェ……だんだんと口悪くなってきてねぇか」


 エドガーがうんざりとしたように言う。

 ギャーギャーまた怒鳴られると思っていたので、こうも素の反応をされると申し訳なく思えてくる。


「俺様が冒険者やってんのはむしろ逆だ。金とコネがあったからだ!」


 いや、そんなドヤ顔でコネがあると断言されましても。


 エドガーが、ぐりぐりと俺の額に人差し指を突き付けてくる。

 殴ったら皮膚強化でカウンターされると学んだらしい。いや、どっちにしろ俺にダメージはないんですが。



 ローブを引き摺りながら歩くこと20分、ようやくその冒険者ギルドとやらに到着した。

 この街で一番大きな建物だった。

 きっと大金が動くんですねぇと、思わず邪推。


 中には受付やら掲示板、更には喫茶店を兼ねた休憩所らしきところもあった。


「すげーじゃん! なあなあ、まずあっち行ってみてぇんだけど! どんな飲みもん置いてんのか気になるっつうか!」


「テメェの好奇心に付き合ってたら日がくれるわっ! さっさと着いて来い!」


 俺としては真っ先に喫茶店擬きに寄ってみたかったのだが、半ばエドガーに引き摺られるようにして受付へと向かった。


「おい、嬢ちゃん! こいつを新米として登録しろ!」


 エドガーは俺の襟を掴みながらそう言う。


「あの……では、顔を見せてもらってよろしいでしょうか?」


 俺は受付嬢の要望に焦り、思わずローブの端を引っ張って深く被る。

 俺の動作に不信感を持ったらしく、受付嬢は怪訝気な目で俺を見る。

 やっちまったか?


「別にいいだろ、んなもん。コイツはシャイなんだよ。なあ、そうだろ?」


 エドガーが俺の背をバンバンと叩きながら、フォローを入れてくる。

 しかし、ちょっと無理やりすぎねぇかそれは。


「いえ、しかし、規則ですので……」


「ああ? なんだ嬢ちゃん、このエドガー様のことを知らねぇのかぁ? B級冒険者様の推薦だぜ、怪しい奴なわけがねぇだろうが! それに、俺様は、クラリネッタ支部冒険者ギルド局長の息子だぞ! ごちゃごちゃ言ってたら、親父にチクってクビにすんぞ! 俺様がいいっつったら、いいんだよ!」


 エドガーが台を叩きながら受付嬢を恫喝する。

 おいおい、いいのかコレ。

 本当に大丈夫なのか。


「でも……」


「でもじゃねぇーぞウスノロ! さっさとやれや!」


 声を荒げるエドガーの肩を、背後から近付いてきた長身の男がトントンと叩く。

 カマっぽい、カールの掛かった金髪。睫毛の長い、嫌味な顔をした男だった。


「ああ、なんだテメ……」


 エドガーが完全に振り返るより早く、金髪の男がエドガーの顔面をぶん殴った。

 エドガーはその場に倒れ込み、大きく尻餅を着いた。


「ななな、何しやがんだぁっ! 俺様を、誰だと思っていやがる!」


「知っているともさ、エドガー君。君は、有名だからねぇ。父親に勘当された身でありながら、親の名を出して職員を恐喝するなんて厚顔無恥な真似、君以外にはできないだろうよ」


「テメェ、何様のつもりだぁっ! ふざけた真似して、恥掻かせやがってよぉっ!」


「うん、僕? 僕の名前を訊いているのかい?」


 金髪の男は嬉しそうに言い、勿体ぶるように自らの髪を撫でる。


「僕はA級冒険者、ロザリオだよ。とはいっても、最近上がったばかりだけどねぇ」


 声を張り上げ、大声で言う。

 A級、というところに反応したのか、さっきまで知らず見ずを決め込んでいた周囲が騒めき始める。

 それだけA級という言葉には、重みがあるらしい。


 こいつ、周囲にアピールしたくてわざとデケェ声出しやがったな。

 今も自らの髪を触りながら、チラチラと周囲の反応を窺っている。


「いい加減、親の顔に泥を塗り続けるのはやめたらどうだい? 僕は君の父上と話したことがあるが、出来の悪い息子を持ったと、そう嘆いておられたよ」


 ロザリオは今度は逆に、エドガーの耳元に口を当て、そっと囁くように言った。

 周囲に聞こえないようにするためだろう。

 ダークエルフは五感が優れているようなので、俺は聞き取れたが。


「ぶっ殺すっ!」


 吠えながらエドガーが立ち上がる。


「お、おい止めとけ! 多分、罠……」

「うっせぇっ!」


 制止しようとした俺の手を払い除け、エドガーはロザリオに殴りかかる。

 エドガーの拳が、ロザリオに当たる。

 いや、当たったと思った瞬間、ロザリオの姿が消えていた。


「あぁ?」


 ロザリオは、一瞬でエドガーの背後へと回った。

 見逃したはずがない。ワープでもしたのだと、俺にはそうとしか思えなかった。


 そのまま空振って体勢を崩したエドガーは、思いっ切り床へと背負い投げされた。

 勢い良く床に頭を打ち付け、呆気なくエドガーは伸びた。


 ロザリオを見失った次の瞬間に投げられたエドガーは、きっとどうして自分の身体が宙に浮いたのかさえわからなかっただろう。



「ああ、手袋が下衆の垢で汚れてしまったな」


 ロザリオは顔を顰め、エドガーに触った手を祓う。

 それから笑顔を作り、周囲の者達へと控えめ気味に手を振る。


「大丈夫でしたか、可愛らしい御嬢さん。お怪我は?」


「い、いえ! あの、ありがとうございます!」


 受付嬢は顔を赤く染め、ぺこぺこと頭を下げる。

 そんな彼女の顔を見て、ロザリオは口端を歪めてニイっと嫌な笑みを浮かべた。


 ギルドの職員らしき人間が数人、奥から駆け出してくる。


「今……揉め事があったと。ギルド内の暴力は……」


「いえ、僕が注意したら、この人が急に掴みかかってきたものでして。興奮していらっしゃるようで、言葉での説得は難しいと判断した上での行動ですよ。僕とてこのような真似で解決はしたくなかったのですが、仕方がなかったのです。相手は待てもお座りも聞かない、獣以下の男でありますから」


 先に顔面を殴って先制攻撃を仕掛けたのは間違いなく金髪チャラ男の方だったのだが、周囲にそれを指摘するものはいない。

 皆、口々にロザリオを賞賛している。

 どうやらエドガーは相当ここで嫌われているらしい。


 ここで俺が何か言っても、聞き入れてはもらえないだろう。

 俺はエドガーを背負い、エドガーへの嘲笑とロザリオへの賞賛の中、そそくさとギルドを後にした。

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