4.さすがにそれは許せねぇぞオッサン
俺はエドガーと一緒に、馬車に揺られていた。
街まで歩くとかなり時間が掛かるということで、たまたま通りかかった馬車をエドガーが捕まえて恐喝半分に交渉し、乗せてもらえることになったのだ。
来るときはどうしたのかと尋ねると、エドガーは黙って不機嫌そうにしていた。
ひょっとしたら、あのエドガーの仲間の二人が関係しているのかもしれない。
俺を見た馬車の持ち主は嫌がっていたが、エドガーが追加で金を握らせ「まだ文句あっか?」と言うと、すごすごと引き下がった。
馬車は御者台を除いて最大6人が座れる作りになっていたが、その内の半分には荷物が乗せられていた。
「よぉーしよぉーし、似合ってんぞガキ。せっかく買ってやったんだから、感謝しろよ」
「なんかこれ、ブカブカだし汗臭いんだけど」
馬車の中にあった紺色のローブを、エドガーがこれまた恐喝半分といった勢いで買いとったのだ。
相場より安いのか高いのはわからなかったが、多分エドガーと相手の調子を見るに前者なのだろう。
「黙って感謝しとけや。俺様が自腹切ることなんか滅多にねぇんだからよ」
エドガーは言いながら、自分の耳を人差し指で示す。
街でダークエルフだと悟られないよう、しっかりローブで隠しておけということだろう、
俺は渋々と、ローブを深く被って顔を隠す。
「なあ、いつもは俺の膝か頭の上に乗るムー子でさえもちょっと間を開けてくるんだけど」
俺が言うと、ムー子は申し訳なさそうに「ムー……」と鳴く。
「んなこと知るか! 大体、なんでムーバードなんか連れてんだテメェ。その鳥毛玉が何の役に立つんだよ。非常食かぁ? 毛削ぎ落としたら二回りは小さくなっからなそれ」
「ち、違ぇよ! ムー子は俺の大事な妹なんだよ!」
「ムー……」
ムー子は小さく鳴き、俺の膝の上に乗っかってきた。
「ムー子! よーしよーし、兄ちゃんは嬉しいぞ」
頭を撫でると、ムー子は心地良さそうに目を細める。
「アホらしい……。ムーバード飼ってる馬鹿なんか初めて見たわ」
「だから飼ってるっとかそういうんじゃねぇーっつうか……まあ、なんとでも言えよ」
エドガーは俺がムー子を撫でているのを、ジィッと見ていた。
なんだ? ひょっとしてエドガーもムー子を撫でたいのか?
「どうしたよオッサン」
「なあ、俺様にもそいつをちょっとだけ触らせてもらってもいいか?」
なんだやっぱりそういうことかよ。
なんだかんだ言って、ムー子を撫でたくて撫でたくて仕方なかったんだな。
「ムー子、あのオッサンにもお前の触り心地の良さを教えてやれ」
「ムーム……」
ムー子はあまり乗り気ではなさそうだった。
「ちょっとくらい我慢してやれ。あのオッサンは色々あれだけど、多分ほら、心が荒んでんだよ。ムー子のモフモフで癒してやれ。このモフモフにはペットセラピーの効果があると俺は踏んでいる」
「全部聞こえてんぞクソガキ」
俺が説得すると、ムー子はエドガーの席へと近づいていく。
エドガーはすっとムー子の頭に手を伸ばしたかと思うと、そのまま背中の毛皮を強引に掴んで持ち上げた。
「ムー!?」
「大事な大事な妹だってんなら、こうすっとどうなるんだぁっ!」
エドガーは立ち上がり、馬車の外にムー子を放り投げようとする。
俺は素早くエドガーの手首を掴み、逆の手で首を掴んだ。
「何やってんだアンタ」
エドガーがごくりと唾を呑み込む音が聞こえてくる。
「な、なんだよ、鳥一匹でガタガタ……」
「殺すぞ」
俺が言うと、エドガーの身体中から力が抜けるのがわかった。
俺はエドガーから手を放し、ムー子を取り返した。
「お、俺様が悪かった……」
ムー子を撫でると、震えているがわかった。
「本当に投げてたら、俺、何してたかわかんねぇぞ」
「……ちっと、試したくなっただけだ。んな気はねぇよ」
それからのエドガーは、妙に大人しかった。
無言のまま、ぼうっと景色を眺めている。
首を絞めたから俺にビビッてるのかと思ったが、どうにもそれだけではないような気がする。
「おいガキ、見えてきたぜ。あれがクラリネッタって街だ」
言いながら、エドガーが俺の方を見る。
それから視線が下がり、ムー子へと移る。
「……そらそうだよな。仲間ってのは、そういうもんだよな」
ぽつり、エドガーが小さな声で呟いた。
彼に似合わない、弱々しい声だった。