3.このオッサン大丈夫なのか?
「へっきし、へっきし! いいか、今日は俺様の体調が悪かっただけだ。わかってんな? 俺様に恩を着せたきになるんじゃねぇぞ亜人のガキ! へっきし!」
「あ、ああ……」
あの後、結局エドガーは川に落ちた。
なんとか俺も川に飛び込んで助けたものの、川の水が冷たかったせいか、エドガーはずっとガタガタと身体を震えさせていた。
俺は枝を集めてきて、魔法で火を着けた。
エドガーはすぐさま走って寄ってきて、火の近くを独占した。
必死に手を翳している。
いや、オッサンのために火を着けたから別にいいんだけどよ……。
「……ガキ、テメェの適性属性は火なのか」
「え、さあ……知らねぇけど、そんなのあんのか」
「ハッ! んなことも知らねぇのかっ! 世間知らずなガキだこった!」
エドガーは勝ち誇ったように言う。
本当になんなんだコイツは。
「俺はずっとこの森にいたからな。俺は街に行きたいんだが、俺が行ったらまずいことになるのか?」
「そりゃそうだろ。テメェがふっと街中に現れたら、誰もが10年前の復讐だと思うだろうよ」
10年前、とはこの森のダークエルフが勇者に滅ぼされたときのことだろう。
ぶっちゃけた話、あれがなかったら俺は洗脳されて魔王にされていた可能性があるので、感謝こそしても恨みなどはしていない。
「…………そうか」
俺はがっくりと首を項垂れさせる。
このまま、ずっと森奥地でひっそりと生きていくしか俺にはないのだろうか。
ムー子が慰めるように俺を見上げ、俺の腕の中でもぞもぞと動く。
「な、なんだよ。そんな落ち込むかよ。テメェ見てると調子狂うわ」
それからへっきしへっきし、とエドガーは二発くしゃみを続ける。
「おいガキ、もうちょい火を強めてくれ」
「……俺もオッサン見てると調子狂うんだけど」
言われた通り、俺はもう一度魔法で火の玉を作って焚火に投げつける。
弱まりかけていた火が強くなった。
「テメェ、それが最大か?」
「いや、その気になりゃその辺炎で囲めるけど」
俺があっさり返すと、エドガーは小声で「……マジかよ」と呟いた。
その後もブツブツと「こいつを上手く使えばB級依頼をこなせるかもしれん」だの、「いや、それどころかA級に上がれるかもしれん」だの、よくわからない一人言を零していた。
「オッサン?」
俺が声を掛けると、エドガーは着ている服を脱ぎ、火に向けて乾かす。
「仕方ねぇな、ガキ。俺様が善意で、街まで連れ添ってやろう。顔と耳隠しときゃある程度は誤魔化せるし、いざバレたときもテメェが安全だと証言してやる」
「本当かっ!」
「ああ、本当だともよ。俺様はB級冒険者だから、信用も厚い。突っかかってくる奴がいても、俺様が一声掛ければどうとでもなる」
「アンタいい奴だな!」
俺がエドガーの手を握って言うと、エドガーは少し面食らったように顔を顰める。
しかし、すぐに笑い顔へと変わる。
「おうよ。俺様くらいできた人間はそうそういねぇからな」
かっはっはっと豪快に笑う。
と、そのときだった。
エドガーの笑いに水を差すように、二人分の足音が近づいてくる。
「あら、まだ生きてたのエドガー」
「どうしたんだびしょ濡れになって? 魔物に追いかけられて飛び込んだか?」
声の方を見れば、20代ほどの男女が並んで歩き、こちらに向かってくるところだった。
「オッサンの知り合いか?」
俺が声を掛けると、エドガーは慌てて手にしていた服を俺に覆い被せてきた。
川の水で湿った服が俺の視界を塞ぐ。
ムー子は寸前のところで俺から飛び跳ね、回避していた。
「汗臭っ! 何しやがる!」
すぐに破いてやろうかと思ったが、ひょっとすると俺の顔を隠すためなのかと考え直し、なんとか我慢して被る。
が、汗臭い。とんでもなく汗臭い。
意識持ってかれそうになる。
「そろそろ謝る気になったんじゃないの、エドガー? 私だって鬼じゃないんだから、泣いて土下座したら許してあげてもいいわよ」
「うぜぇわっ! とっとと失せやがれっ!」
エドガーは唾を飛ばしながら女に怒鳴る。
「もう行こうぜ、ベル。どうやらエドガーは放っておいてほしいらしい」
ケラケラと笑いながら、二人はすぐにまた森の奥へと歩いていった。
二人の気配が消えてから、俺はエドガーの服を放り投げる。
「あ!? クソガキ! 俺様の服に土が付いたろうがっ!」
「アンタ、あの二人と喧嘩してんのか?」
「……テメェには関係ねぇだろ。ぶっ殺すぞ」
怒鳴るかと思ったが、エドガーは静かにそう言った。
これ以上踏み込まないでくれという、意思表示のようであった。
エドガーは服に着いた土を飛ばし、それを着直した。
それからズカズカと大股で二人とは逆の方に歩き出す。
数歩進んだところで、エドガーは俺を振り返って叫ぶ。
「街に行きてぇんだろ? 早く火ィ消して俺様に着いて来い!」
「あの二人はいいのかよ」
「ムー」
俺が尋ねると、エドガーは舌打ちをしながら二人が消えた方向を睨んだ。
「あんなクソ共は、キラーベアにでも襲われて死んじまえばいいさ」
エドガーは吐き棄てるように言い、また前を向き直して歩みを再開する。
俺が焚火に手を翳すと、火はみるみると小さくなり、白い煙を残して消える。
一応焦げた枝を足で散らし、火が残っていないことを確認した後にエドガーの後を追う。