29.F級冒険者、草毟りのカナリア
「ふぁ~あ……」
日の光につられて窓を見れば、太陽は空の真上で輝いている。
うむ、よく寝た。いい昼間だ。
最近、エドガーは俺を朝に起こすことを諦めている節があるな。いい傾向だ。
眠たげに自らの目擦るムー子を抱き上げ、頬に押し当てる。
「ムー……」
ムー子が気持ちよさそうに愛くるしい声を出す。
「そうだ、オッサン大丈夫……」
俺はエドガーの姿を捜し、部屋中に視線を走らせる。
見当たらない。
ひょっとして俺置いて飯でも食いに行きやがったのか?
「ムー、ムー……」
ムー子が俺の肩に羽を伸ばし、もう一つのベッドの方へと顔を向ける。
その方向を見れば、苦悶の表情で布団にしがみつくエドガーの姿があった。
前回に比べればかなりマシだが、きっちりアルコールが体内に残ってやがるわこれ。
「お、おい、オッサンまさか……また二日酔か?」
昨晩俺は全然酒は飲まなかったのだが、結局エドガーはガバガバ酒を飲んでいた。
止めても聞かないから「おうじゃあ注いでやんよ」と煽った俺も悪かったが、店で倒れて吐くまであった。
エドガーお気に入りの店ではあるが、しばらくは『またたび』に行くのは控えた方がいいだろう。
あの店員の猫娘は『シーニャは気にしてませんので、またのご来店どーぞどーぞですニャ』と言っていたが、シーニャは、とわざわざ限定しているところにものっそい裏を感じた。
店長怒ってるパターンだろこれ。
「……ちっと体調が悪いだけだっつーの。俺様が、二日酔いになんてなるわけねぇだろ」
「いや、前もなってたし……」
「いいかクソガキ、俺様は今日は寝る。が、出費が続いたせいで明日の分の宿賃がねぇ」
旧魔王城探索の準備費に、馬車と御者、馬車番を雇った費用。
それに加えて他人の馬車を無理矢理キャンセルした分もあるので、エドガーの貯金は底を尽きかけていた。
昨日酒飲んで騒いでる場合じゃなかったんじゃねぇのか?
元々、計画的に金を溜めるタイプではないんだろうな。
ぶっちゃけ会った瞬間からそんな気はしてたっちゃあしてたけども。
「じゃあどうするんだ? 明日から野宿か?」
橋の下暮らしのエドガー。
割と似合っている気もする。
寝てる間に野良犬に顔舐められて本気ギレしたり、警官に注意されて逆ギレしたりしてそう。
「馬鹿なこと言ってんじゃねぇぞ。んな生活俺様ができるか」
「いや、オッサンなら馴染めるって。瞼の裏に光景が浮かんできそう」
「褒めてるようでそれ悪口だよなぁ!?」
エドガーは舌打ちし、それから咳払いを挟む。
「テメェ、旧魔王城で拾ったアイテム袋に詰めてたろ」
「ああ、あれな」
「市場で交渉し倒して5000G溜めろ。テメェがいくら頭を絞ってもぼられんのは見えてるから、5000G分だけ売って残った分は置いとけ。後日、俺様が売る。とにかく、今日が終わる前に目標の金額を持って戻ってこい」
「んだよ、信用ねぇなぁ。俺に商才はないってか?」
「ああ、テメェがアホなのは嫌というほど思い知らされてるからな」
そこまで信用ないのかよ。
まぁ、カエルのミイラに全財産はたいた前科があるから仕方ないっちゃ仕方ないか。
俺一人で街中歩くわけかぁ……緊張すんなぁ……。
エドガーといる最大の理由は、種族バレした時、俺の安全性を周囲に説明してもらうところにあるわけだし。
「なんかさ、信用できる店ってないのか? そういうほら、オッサンの行きつけの店って言うか」
「……俺様がよく売りに行くところは、馬鹿を見たら毟れってとこばっかだなぁ。逆に絶対コイツの店には売りに行くなってところなら教えられるが」
んだよそれ……。
類友というか、なんというか……。
エドガーから腹黒くて腕の立つ要注意人物のリストをもらい、旧魔王城で得たアイテムを詰めた麻袋を持って街へと行く。
やっぱいいな、露店街ってのはロマンがある。
ついつい裏通りの人目がないところに入ってしまうのが男の性という奴か。
胡散臭そうな感じが溜まらねぇ。
だいたい損させられるけど、たまに超掘り出し物がある、みたいな。
そういうの俺嫌いじゃねぇぜ。
ちょっと多目に売って、自分の小遣いにしよう。それくらいは許されんだろ。
そんで何か変なもの買うか。
ふと先の方を見ると、絨毯の上に用途不明のものをいくつも置いている少女がいた。
パズルのような木箱やら、怪しい色をした水などを売っている。雑貨屋という奴だろうか。
と、商品の中に笛のようなものがある。
なんだアレ、超かっちょいい。
木製の輪っか状の筒で、空気穴がいくつか空いている。
なんなのあれ、買うしかねぇじゃん。狡いわ。
あんなん吹けたら絶対カッコイイもん。
決めたわ、あそこの店の人に適当に買い取ってもらおう。
そんであの笛もそのまま俺も買う。
真っ直ぐに近づき、絨毯に正座している金髪の少女に話し掛ける。
長らくまともに客が来なかったと見え、大きな口を開け欠伸をしている。
「なぁ、アンタ。それって笛だよな?」
「あ! お客さん? へへぇ、ようこそようこそって。さぁさじっくり……あ」
目が合ってから気付いた。
金髪ポニーテールの、どこか幸が薄そうに見える、高過ぎるテンションの空回りしているような少女。
間違いない。
酒瓶に水つめて売っていたあの詐欺女、カナリアだ。
「あ、あれぇ~どうしちゃいました? な、なんかカナリアの顔についてるかな? 知り合いに似てる? やだなぁーそんなの、他人の空似……」
「いや、アンタ今ものっそいスムーズに自分の名前口にしたぞっ!」
「えへ、えへへへへ……冗談冗談。えっと……それで、カナリアさんに何の用かなって……あ! そうだ! この笛が欲しいんだっけ? しょーがないなぁー大事な大事なものだから手放すのはものすごぉーく惜しいんだけど、おにーさんは友達だからね! ね? そうだったよね? おにーさん、カナリアと友達だもんね? しょーがないから、タダでプレゼントしちゃおっかな! 前に助けられた恩もあるし……」
ぐいぐいとカナリアは顔を近づけてきて、マシンガントークで誤魔化そうとして来る。
俺はカナリアの肩を掴み、押し返して距離を取る。
「いや、まさに俺が助けた前回の話がしたいんだけど! アンタ、色水を酒って偽って売ってたよな! 俺が買ったカエルのミイラもあれ、ただのカエルだったんじゃ……」
「ちち、違うって! ヤダなぁ、あれ、あの人が勘違いしてたんだって! その辺りはほら……説明したら長くなると言いますか……」
「店に置いてあった酒瓶も全部中身水だったよな?」
「ヤ、ヤダなぁ! あれはほら、カナリアが飲む用だって! ずっと座ってるのって、すっごく喉渇くから! 荷物多いから簡単に席外すわけにも行きませんし……」
「十本近くあったよな? 何日張り込むつもりだったんだ?」
「え、えっと……あの日は風が強かったから、重しに置いてただけだって! もう、おにーさんとカナリアの仲じゃん、疑わないでよって。カナリア、そういうの傷つくなー」
上目遣いで俺を見て、目を潤ませるカナリア。
表面上はいたいけな少女だけど、なんか瞳の奥にものっそいギラギラした執念を感じるのは気のせいじゃねぇよなコレ絶対。
「あ! それに、ほら! あのカエル、ちゃんと食べさせてあげたの? ね、使ってないでしょ? ダメだなぁーあれ、見かけはちょっとグロいけど効果は本物なのに! ほら、使ってないってことはカナリアが大嘘吐いてたってことは証明できないでしょって。酒瓶は重し! カエルは使ってないから不問! だからカナリアは潔白……」
「……確かに、カエル喰ってからオッサンの二日酔いは治ったからなぁ……」
「ほら! ほらほら、食べてないでしょ! はい、これでこの話はお終い! カナリアの勝ちィッ! …………え、食べさせたの?」
なぜかカナリアがドン引きする。
なんだ、俺変なこと言ったか?
「確かに酒瓶に関しても誤解だっていうんなら、俺の勘違いか。カエルは効いたわけだし」
「絶対それカエルと二日酔い関係な…………う、うん。まぁいいや。いやー誤解が解けて良かったなぁー!」
パンッと手のひらを打ち合わせながら、カナリアはニコニコと笑う。
「悪い悪い。散々テメェは騙されやすいだの言われて、ちょっと人を見る目に自信を失くしてたのかもしれん」
「ヤダこの人チョロ…………げふんげふん、もーそう謝らなくてもいいってば。おにーさんとカナリアの仲じゃん! あ、そうだこの笛欲しいんだっけ? はい、これカナリアからおにーさんにプレゼント!」
「本当にただでいいのか? 悪いな」
「いいのいいの! ささ、どうぞどうぞ。前に危ないとこ、助けてもらったし」
カナリアは言いながら絨毯の上にある輪状の笛らしきものを拾い上げ、俺に手渡す。
「ああ、そうだ。実はこの前ダンジョンに潜ってきたアイテムを換金したいんだけどさ、そういうのができる店ってどっかにないかな」
俺が言うと、カナリアの目が一瞬光ったように見えた。
「んー……それならいい店知ってるけど、ものによってはカナリアが買い取ってあげてもいいかなって。いちおー色々扱ってる身なわけだしィ?」
「本当か? そりゃ助かるわ。実は5000Gなんとか作れって言われててさ。だいたいでいいから査定してもらえると助かる」
「あんま目利きができるタイプじゃないから期待はしないでほしいけど、ほら、ほらほら、とりあえず全部見せてみって。ね? ね?」
カナリアに急かされるまま、俺は絨毯の上に麻袋をひっくり返す。