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2.B級冒険者、闇歩きのエドガー

 森の出口が見えてきたところで、妙な視線を感じた。

 辺りを見渡しても姿は見えない。


「おい! いるんだろ、出て来いよ!」


 隠れて見張ってくる魔獣は、この森では珍しい。

 だいたいこっちを見つければすぐに襲いかかってくるか、すぐさま逃げるかのどちらかだ。


 頭のいい魔獣か……それともまさか、人間か?

 いや、この森ではあのダークエルフ一族と、勇者四人組以外に人間を見た記憶はない。

 しかし、こちらからの呼びかけに対しての動揺は、魔獣のものではないような気がする。



「……仕方がない。よく気付いたなぁ、亜人族のガキが」


 すっと誰もいなかったはずのところから男が現れた。

 髭が濃く、つり上がった目が暴力的な印象の男だった。30歳前後といったところだろうか。


「亜人っつったら俺の親父ブチ切れるぞ」


 亜人とは、人族以外の人間のことだ。

 ダークエルフもそれに分類されるらしいが、確か俺のこっちでの親は亜人ではなく魔人だと諄く言い張っていたように思う。

 まあ、もう死んだんですけど。


「いいか、絶対に動くなよ。ちょっとでも動いたら、テメェを即座にぶっ殺すからな。ガキだぁらって容赦はしねぇぞ」


「な、なんだよ。俺をどうする気だよオッサン」


「冒険者ギルドに引き渡す。そっからどうなるかなんて、俺様の知ったこっちゃねぇなぁ。が、抵抗はすんじゃねぇぞ? 黙って俺様の功績の礎となるがいい。へへへ……仲間と喧嘩別れしたとこだったんだが、不幸中のラッキーだったぜ。俺様、ほんっとうについてやがる」


 オッサンは握っているナイフを手元で軽く回し、それから刃先を俺に向ける。


「……ダークエルフって、そんな扱いなのかよぉ」


 はあ、と俺は溜め息を吐き、頭を抱える。

 頭に乗っていたムー子が落ちそうになり、俺は慌てて支える。


「おっおいっ! 動くなっつってんだろうがぁっ! Bランク冒険者であるこのエドガー様を舐めてんのかぁっ!」


 エドガーはブンブンとナイフを振り回し、離れたところにいる俺を牽制する。


「ムー……」

「ああ、やっぱ、走って逃げた方がいいかな?」


「テメェら、何をごちゃごちゃ言ってんだよぉっ! 大人しく捕まれっつってんだろうが! ぶっ殺すぞ!」


「うるせぇな……威嚇のつもりかしんねぇーけど、そんな離れたところからナイフぶんぶん振り回してても弱く見えるぞ」


 俺の言葉にエドガーは、耳まで真っ赤に染めた。

 ああ、やべぇ、これ怒らしたわ。


「ムー子、しっかり捕まってろよ」


 俺が言うと、ムー子はこくりと頷く。

 俺はくるりとターンし、エドガーがいるのとは逆側に走りだす。


「待てや亜人のガキがぁっ!」


 エドガーの声はどんどん遠くなり、やがて聞こえなくなった。

 本気で走ったわけではないのだが、あっさりと振り払えた。


 なんだ、大したことなさそうだな。

 今思い返せば、どう考えたってこの森に出没するキラーベアの方が遥かに手強そうだ。


「どうせだからあのオッサンから街のことを色々聞いた方が良かったかもしんねぇな」


 俺が呟いた瞬間のこと、急に自分の足音がだぶって聞こえた。


「あ?」

「かっはっはっ! この闇歩きのエドガーと恐れられた俺様を、甘く見やがったなガキィッ!」


 闇歩き。

 魔法により自らの気配を薄くし、更に対象との足音を重ねることで相手に気付かれずに追跡する技術スキルのことだ。

 ダークエルフの中でもこの技術を持っているものがいたはずだ。


 まずった。

 完全に気が緩んでいた。


「死体持ってっても、金になるだろ。なんせダークエルフの生き残りなんかを野放しにしてたら、何してたかわかったもんじゃねぇかならなっ! 俺様は、危険を未然に処理した英雄だぁっ!」


 回避しようとするも、気付くのが完全に遅れた。

 ナイフの刃が、俺の首筋を捉える。


「もらったぜぇっ!」


 エドガーの叫ぶ声とほぼ同時に、俺の首に触れた刃が欠け、近くの地に刺さった。


「はっはぁっ! 大人しく捕まっときゃこんなことには……あら?」


 エドガーは立ち止まり、自分のナイフを見る。

 俺も立ち止まり、エドガーを振り返る。


「なんだそのしょっぱい武器」


 挑発ではなく、ただの感想だった。


 エドガーは俺を見て、それから手元の壊れたナイフに視線を戻し、それから俺を見る。

 真顔だった。


 エドガーの握力が弱まり、ナイフが地に落ちた。


 魔力による皮膚の強化は、俺が闇王の儀以前のときに教えてもらったことだ。

 これくらい当然突き破ってくると思っていたが、エドガーの様子を見るに、皮膚強化自体あまりメジャーではないのだろうか。


「アンタ……ひょっとして、弱くね?」

「ムー……」


「弱い? 俺様がぁ? このエドガー様がぁっ?」


 エドガーはカァッハッハと豪快に笑い、それから急に殴りかかってきた。

 エドガーの拳が俺の顔面にめり込む。骨の軋むような音がして、昼の森に悲鳴が響き渡った。




「な、なぁ……大丈夫か、オッサン」


 拳を抱え込むようにしながら地に座り込んだエドガーの背に、俺は声を掛ける。


「……オッサンじゃねぇ、俺様は、まだ25だ」

「25のオッサン……」

「25はオッサンじゃねぇ」


 不毛なやり取りではあったが、しかしエドガーは涙声だった。

 すんっすんっと時折鼻を啜る。


「……テメェ、死んでたから」

「あ?」

「俺様が本気で殴ってたら、テメェ、死んでたから」

「あ、ああ……そうだな」


 言いながらも、エドガーは顔を上げない。

 いや、きっと上げられないのだ。声から察するに、泣いている可能性が高い。


「聞きたいことがあんだけど、俺って見つかったらどっか連れてかれんの? 普通に街で暮らしたいんだが」


「ああ? 知るかよ。向こうも扱いに困るだろうから、テメェから襲いかかってきたことにして、処刑か奴隷にする名目立ててやろうと思ってなァ。ぐずっぐすっ……ザマア見やがれ」


「いや、ザマアも何も失敗してんじゃねぇか……」

「ムー……」


「アホドリの分際で同情するんじゃねぇっ!」


 エドガーが顔を上げ、泣き腫らした目でムー子を睨みつける。

 そしてそのまま立ち上がり、その勢いで俺の頭上のムー子へと無事な方の手で殴りかかってくる。


「危ねぇっ!」


 俺が軽くジャンプすると、エドガーの拳は俺の額を捉えた。

 またもやエドガーの拳の骨に罅の入る音が聞こえてくる。


「がぁぁあっぁっ!」


 エドガーは叫びながら地の上を転げまわる。


「おい! ここ、斜面だからんなことしてたら危ないって!」


 俺の忠告を聞かず、そのままエドガーは坂を転がり落ちていく。


 まずい。

 すぐ下は川になっている。

 結構流れがきつく、落ちれば俺もまともに泳げる自信はない。

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