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28.とある酒場(sideナディア)

 酒場、『ドラゴンの尻尾』。

 店が綺麗で名の知れた料理人が一人いるってだけで他所と比べてちょっと割高だから、C級冒険者のウチの財布にはちょっとキツイ。

 有名な料理人が仕切ってようが、ウチ貧乏舌だからわかんないしね。

 でも上級冒険者がよく集まってくる酒場だから、無理をしてでも来る価値はある。


 酒場には情報が集まる。

 パパがコソ泥だったこともあり、聴力強化魔法を持つウチにとってはありがたい。


 パパは母さん殴るわ遊び歩くわ家に金入れないわのロクデナシだったけど、魔法を教えてくれたことだけは感謝してる。

 まぁ、それもウチに盗みを働かせるためだったわけですが……。

 最近どこかの国で権力者相手に悪さして処刑されたとか何とか風の噂で聞いたけど、本当だといいなって気持ちとデマならいいなって気持ちが半々ってとこかな。



 酒場に流れるのはデマも多い。

 単なる勘違いだったり、他の冒険者の足を引っ張って利益を一人占めするためだったり、そんなケースも少なくない。

 その点、酔っ払いの武勇伝は功績が誇張されているという面に目を瞑れば案外信憑性が高い。

 彼らは自分の自慢話が疑われるのを嫌っているもんね。


 もっともウチみたいな可愛くてか弱いC級冒険者が一人で酒飲んでたら変な奴にナンパされるのは必至なもんで、愛想が悪くおっかないとウチの中で評判のルーファちゃんに付き添ってもらうことにしている。


 ルーファちゃん、顔は整ってる方だけども、基本的にものっそい冷たい。よくいえばクール。

 鎧着てるか厚着してるかだからナンパにも目をつけられにくいし、一度しつこく絡んできた男をボコボコにした実績が出回ってて敬遠されてるせいもあるか、ナンパ避けには持って来いの人材。

 ウチよりランク高いし。

 

 本当は男の一人でも横に置いといた方が確実なんだろうけど、ウチ、母親譲りで男運ないからなぁ。

 ひそかに想いを寄せてた故郷の幼馴染はホモだったし、指輪持ってプロポーズしてきた奴は魔法で化けたオークだったし、ナンパされてその気になってついてったら船に押し込まれて売られかけるし、ちょっと前まで気になってた人は外面いいだけのクズだったし、ヤケになってレズに走りかけたらその娘の家族に殺されかけるし。

 魅惑魔法使われてたこともあったっけな。そういや初恋はパパだったか、はぁ。


 最近ちょっといいなって思ってる人もいるんだけど、噂聞いて遠目からチラッと顔見ただけだからなぁ。

 でも……あの人は、こう、他の人と違う気もするんだけどなぁ……。



「どしたのさ、そんな黙り込んでぼうっとして。なにか面白い話でも拾えた?」


 ルーファちゃんが声を掛けてきて、閉じかけていた目を開く。 

 彼女の綺麗な髪が視界に入る。


「いや、今日は元々情報集めってより、ルーファちゃんがお金入ったとこだから、奢ってもらえないかなぁと……」


 あ、本音出ちゃった。

 気になることがあるって嘘吐いて無理矢理引っ張り出してきちゃったから、これ怒られる奴だわ。


「ナディア、アンタ……」

「そ、そういえばルーファちゃん! どうだった? また馬車番行って来たんだっけ? お疲れ様っ!」


「いや、アンタ今……」

「聞きたいなぁ! ウチ、ルーファちゃんのお話聞きたいなぁ! しばらくルーファちゃんに会えなかったから、寂しかったもん! で、今度の人はどんな人だったの?」


 ルーファは納得しなさそうな顔をしながらも、「まぁ、いいけどさ……」と呆れたふうに言う。

 よかった、チョロイ。

 ルーファちゃんも仕事終わりで疲れててウチに会いたかったんだろね、多分。

 結構寂しがり屋だし。


「今回の依頼主はちょっと引っ掛かる奴だったけど……アタシは、仕事で知ったことを漏らす気はないよ。こういうのは、信頼が売りなんだからさ」


 むぅ、頭が固い。

 別にルーファちゃんからそんな情報収集する気はないんだけどなぁ。

 単に世間話として聞きたいのに。


「いいじゃん、いいじゃん。軽く、どんな人だったかぁーだけでもいいから、ね?」


「……無精ひげのB級冒険者と、そいつの太鼓持ちみたいな奴だったね」


「あれ、二人だけ? また旧魔王城行ったんでしょ?」


「そ、二人だけ」


 ありゃ、B級程度ふたりで行ったって、大して得るものはないと思うけどなぁ……。

 最近怪しい連中がうろついているらしいし、ロクな目に遭わないよ。


「で、結果はどだったの?」


「……他の冒険者の弱味に繋がりかねないことは、アタシは話さないよ」


 ……一番気になるところで切られた。

 そんな中途半端なところで止めるなら最初から話さないでよって、話させたのはウチか。


「弱味って……なんか、見ちゃったの?」


「……別に。ただ、なんか引っ掛かる連中だったってだけさ」


「ふぅん」


 これ以上は聞いても教えてくれないだろうしなぁ。

 一度そこでウチは言葉を止め、カクテルを飲む。

 結構いい値段するから、ちびちび飲まなきゃ。さっき本音吐露したせいで、奢ってもらえない可能性が上がっちゃったわけだし。

 ウチってばホントドジ。



「アンタの方こそ、何か最近変わったことはないのかい?」


「ふえ? 変わったこと?」


「アンタの恋愛事情にはこっちも相当迷惑してるんだから、早めに知って対処しときたいのさ」


「手伝ってくれるの! ルーファちゃん優しい!」


「全力で避ける。もう逆恨みで刺されんのは嫌だかんね」


「あっはっはっは……。いや、あのときはゴメンね、ホント助かった」


 そういうえばそんなこともありましたっけ。


「ウチももう懲りたって言うか……ちょっと気になってる人はいるけど、そういうのじゃまだないって感じで……」


 ルーファちゃんの目が一気に厳しくなる。

 前回の騒動に巻き込まれたのが相当トラウマになっているらしい。


「……それ、どこの誰さ?」


「いや、違うから! ほら、ね? 大丈夫、次は巻き込まないから……なるべく」


 万が一どうしようもなく厄介なことになったら頼りますけど。

 ほら、そういう無償の助け合いってウチ大事だと思うよ。


「ほら、エドガーって人知ってる? 酒場なんかで最近よく耳にする人なんだけど」

「ゲフォッ!」


 ルーファちゃんがグラスを勢いよく置き、咳き込んだ。

 口に含んでいた飲み物の飛沫が辺りに飛ぶ。


「どったの?」


「い、いや……器官に入っただけさ。……エドガーならギルドで私闘を行った不届き者だって話なら薄っすら知ってはいるけど、やめといた方がいいと思うね。見……話聞いてる限り、厄介ごとの塊みたいな奴じゃないか」


「私闘っていうけど、その原因知らないでしょ! あの人は、近年稀に見る聖人よ!」


 ポカンとしたように口を開ける。

 クールな彼女にしては珍しい表情。

 ははぁ、これは知りませんな。


「あの人はね! 感染症で処分されるはずだった奴隷を、高値で買い取って自分の助手として連れてんのよ! 私闘っていうけど、その原因も馬鹿冒険者が助手を笑いものにしようとしたのが発端だって……」


「……ちょ、ちょっと待つさ。それ、どこで知った?」


「酒場で聞いた」


「多分それ、どっかおかしいというか……」


「そんなことないわよ! こんな話、嘘吐いたって仕方ないことだもん」


「酒場の与太話は、勝手に誇張されたり美談化されやすい。いつもナディアが言ってることだろ?」


 確かにそりゃウチが前に言ったことだけども、なんでそうも疑って掛かるか。

 それに多少誇張されてたって、善悪まではひっくり返らないよ。

 なんでこうも、大嘘前提に言うのか。

 面倒事に巻き込まれるのが嫌だからって、そうそうに散らしてやろうと考えているのではないだろうか。

 ウチだってそんな、前回がちょっと酷かっただけで、毎回毎回そこまで爆弾抱えてるわけじゃないんだから。



「あのさ、多少はそりゃ誇張や美化もあるだろうけど、エドガーって人の噂話はひとつじゃないの!」



 危険度B級の大型魔獣、ビートルレックスにたった一人で挑んであっという間に倒したという噂もある。

 それだけでなくビートルレックスの被害に遭って大損した商人に、高く売れたであろうビートルレックスの体表を無償で提供したという話だ。


 悪徳冒険者に脅され低賃金で雇われていた者達に金銭を与えて解放し、「責任は俺が持つ」と宣言したという話もある。

 元名高いA級冒険者であった犯罪者の襲撃に遭ったものの、遠ざけたという噂もチラっと聞いた。

 彼は強者を挫き弱者を救う、ヒーローなのだ。

 こんな聖人をただの厄介者と切り捨てるとは何事か。


「って、聞いてるの、ルーファちゃん!」


「え……あ、まぁ……うん……アンタの、その……熱意はわかったけど……そんないいものには見えなかったけど……。本当にそんな実力あったら、とっくにA級になってると……」


「きっととっても謙虚な方なのね! ルーファちゃんもボヤいてたじゃない。A級には自分の功績アピールしまくる自己顕示欲高い奴か、化け物染みた奴しかなれないって」


「ええ、まぁ……うん……確かに言ったけどさ……」


 ルーファちゃんはぼそぼそと言う。


 なんでそこまで否定するのかしら。

 ひょっとして、どこかで会ったことがあるとか?

 ルーファちゃんなら依頼関係の関わりなら、場合によっては黙ってそうだし。

 だったら踏み込んで訊いても喋んなそうだなぁ。


 じぃっとルーファちゃんを見つめていると、彼女は溜め息を吐きながら頭を抱える。

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