20.知り合いの知り合いに会ったときって気まずい
「よーし、わかってんだろうな。絶対に、命に代えても俺様を守るんだぞ。いいか、ちょっとでも俺様を傷付けてみろ。怪我の深さと回数に応じてテメェの飯を抜くからな」
旧魔王城に入ってからの、エドガーの第一声はそれだった。
別に役割については来る前から決めてあったのでとやかく言うつもりはないけど、あれだけルーファに『俺様は実質A級だ』だとか、『魔物は俺様ひとりで充分だ』だの散々言った直後であることを考えると、本人はこう……なんか、思うところはねぇんだろうか。
旧魔王城内部は表から見た印象通り、ボロ屋敷といった調子だった。
昔は華やかであっただろう絨毯もあちこち破け、色褪せており、元の配色すら予想できない状態になっていた。
壁は所々に穴が空き、すっかり風通しが良くなっている。
エドガーは顔についた蜘蛛の巣を怪訝気な顔で祓いながら、舌打ちを鳴らす。
「テメェ、目ェいいんだろが! これくらい見つけやがれ役立たずが! ったく!」
「失礼な、それくらい見えてたって。ただオッサンの顔に当たりそうだったから、そっちのが面白いかと……」
「余計悪質なんだよ! テメェ、次わざと見過ごしやがったらぶっ殺すぞ! 毒ある奴もいんだから、シャレにならねぇわ!」
「へいへい、次は解毒できそうな薬草でも用意しとくよ」
「準備がいいのに文句はねぇが、そこでその台詞が出てくるってことは教える気ねぇよなぁ!?」
廊下を歩きながら壁に目をやる。
半円状の窓淵が並んでいる。
きっと昔はスデンドグラスでも嵌めてあったのだろうと想像がつくが、今窓淵の外と内を分け隔てるものは何もない。
床下に散らばる色の着いたガラス片が、かつてこの通路を飾っていたのだろう。
元のステンドガラスにどんな絵が描かれていたのか、それを考えるだけで正直テンション上がる。
やっぱ天使とか神か?
ダークエルフは種族主義だから、魔王の顔面だったとしてもさして不思議ではない。
「いいな、時の流れを感じさせてくれるっつうか。中二心に訴えかけてくるものがあるわ」
「意味わかんねぇこと言ってねぇで、耳澄ませとけ! 他の冒険者の動きを把握しろ! 禁魔獣使いと厄介事構えんのは絶対ごめんだからな! ビビってるわけじゃねぇけど、この手の奴は陰湿で姑息で性悪で卑劣だって相場が決まってんだ! わざわざ絡みに行くのは馬鹿のすることだ! ビビってるわけじゃねぇからな! 益がねぇって俺様は言いたいんだ!」
陰湿で姑息で性悪で卑劣って……エドガーから聞くとスゲェ説得力感じんぞ。
いや、エドガーよりもロザリオに当て嵌まりそうだけども。
「安心しろ。魔獣の感知については、俺よりむしろムー子の得意分野だからな。野生の勘、舐めんじゃねーぞ」
「ムー! ムーッ!」
俺の頭に乗るムー子が、嘴で軽く頭を小突いてくる。
「お、おい! なんかそいつ伝えようとしてねぇか? そいつなんて言ってんだ、おい! 黙ってねぇでさっさと答えやがれ!」
そんなに禁魔獣使いに出くわしたくねぇのか……。
まぁ確かに、下手に出くわしたら戦闘以上に面倒臭いことに発展しかねねぇし、極力会いたくねぇってのには同意だけども。
人殺しなんてやりたかねぇし、関わっちゃうと正当防衛でも恨み買っちゃいそうだし。
「どうやら、意外な魔獣がいるんだとか」
「意外な魔獣だぁ? それ、危ねぇ奴じゃあ……」
「なんか、ムーが数十匹ほど住み着いているらしいぞ。外敵多いと思うけど、壁の小っちゃい穴とかを利用して上手くやってるんじゃねぇか? まさかこんなところで……」
「死ぬほどどうでもいいわぁっ! んなもんいちいち報告すんじゃねぇっ!」
聞きたがっていたから教えてやったというのに、まったく。
にしても、まさか旧魔王城にムーが住み着いているとは思わなんだ。
どこで縁があるかわかったもんじゃねぇな。
……と、なんか嫌な気配すんぞ。
「オッサン」
「あぁ、なんだ?」
「魔物来てるっぽいわ」
「テメェ、俺様脅かして反応見て笑おうとしてねぇだろうな? これでまたムーとかいうオチだったら……」
悪態を吐くエドガーの腕を掴み、床の上に引き倒す。
「おわっ!」
ずしん、とエドガーは大きく尻餅をつく。
「つつ……ガキ、テメェ急に何しやがる! ケツが埃塗れになっ……」
エドガーの耳のすぐ横を刃物が掠める。
「ヒィィィイイッ! なな、なんとかしやがれガキィッ!」
エドガーは床を這いながら、即座に俺の背後に回り込む。
エドガーへと刃物を振り下ろしたのは、骸骨だった。
急にエドガーの真後ろに現れたのだ。
目玉も表情筋もない、ただ虚ろな人骨。
カパカパと顎を動かして笑い、手に握る刃物を俺へと向ける。
「ス、スケルトンかよ! バラバラにしてやっても、すぐに勝手に組み合わさって再生しやがる厄介な奴だ! 時間を稼げ! その間に俺様が先に行くから、なんとか振り切ってついて来い!」
「別にその作戦でも構わねぇけどオッサンが一人で独走してたらそっちのが危なくねぇか……」
「だぁらすぐ追ってこい!」
這って逃げるエドガーを尻目に見つつ、スケルトンを観察する。
足をわずかに曲げ、中腰で刃物を構えている。
目の部分に空いた空虚な穴が、じっと俺を睨んでいた。
スケルトンが動く。
筋肉がなくそのまま骨で動く分、どう来るのかが読み辛い。
スケルトンも自身のメリットをわかっているからこそ、先に動いたのだろうな。
「まぁそんくらい、関係ねぇけどなぁっ!」
俺は床を蹴って飛び掛かり、剣をあえて紙一重ですり抜け、頭蓋骨に殴り掛かる。
「エルフパンチィッ!」
語呂が良かっただけで、命名に特に意味はない。
ただ魔力で腕を強化してぶん殴るだけだ。
通常の人族はあまり魔力の肉体強化をしないらしいのでそういった面ではエルフパンチでもいいような気もするが、多分ダークエルフ一族の前で叫んだら馬鹿にしてんのかと怒られそうな気がする。
「ハガァッ!?」
拳が触れた瞬間、スケルトンの頭蓋骨が首から外れて壁に激突し、白い粉となって四散した。
ただの骨に戻ったのか、身体が崩れて床に散らばっていく。
「バラバラじゃなくて粉々ならいいよな」
「……悪いとは言わねぇが、自信満々に襲いかかってきてたスケルトンに不憫さすら感じるぞ」
エドガーは埃塗れになった服を祓いながら立ち上がり、スケルトンの残骸を見下ろす。
「にしても結構歩いたのにスケルトンだけってのは妙だ。おいガキ、しっかり耳済ませてんだろうなぁ?」
「別に血ィとか最近戦った痕跡みたいなんはないし……単にイミティタイガーの鳴き声でも聞いて奥まで逃げちまったんじゃねぇのか?」
耳に意識を向け、城内の音を拾うことに専念する。
先の先の方から五人ほどの人間の声が聞こえてきた。
恐らく先に停まっていた馬車に乗ってきた連中だろう。
魔物があまり出てこないことを不思議がってはいるようだったが、禁魔獣使いが城内に入り込んでいることには気がついていない様子だった。
『おいベル、少し止まれ! いくら魔物が少ないからって無警戒過ぎんぜ』
『いいじゃないの。どうせこの辺りじゃ、魔物も財宝も狩り尽くされた後で、大した物はないわよ。あなたは怖がりねぇ』
聞き覚えのある声が混じっていたのが意外だった。
これ……エドガーには黙ってた方がいいかもしれねぇな……。
「オッサン、ちょっと引き返して別のルートから進むか?」
「あぁ? なんだよ? 勿体ぶってねぇで、さっさと言いやがれ」
言っていいものかどうか悩んでいると、エドガーは露骨に不機嫌そうにしながら急かしてくる。
まぁ大丈夫か。エドガーもそこまで子供じゃねぇだろうし。
「……ゲイルとベルって奴がいるみたいなんだけど、オッサンあんまり顔合わせたい相手じゃねぇよな?」
二人の名前を聞き、エドガーが顔色を変えた。
ゲイルとベル……確かこの二人の声は、エドガーが喧嘩別れした相手だ。