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19.禁魔獣使いの足跡

 馬車を走らせ、二度目の朝。

 ようやく、その旧魔王城とやらが見えてきた。


 植物もまともに生えていない、人寂しい枯れた土地。

 その奥底に建つ、崩れ掛かっている大きな古城。

 数百年前は多くの兵を遠ざけたであろう城壁も、今や見る影もない。なんとなく、元がどのくらいの高さだったかを想像できる程度である。

 戦いの拠点としての本来の役割を終えていることは、一目見て明らかであった。


 俺は重い瞼を擦りながら、馬車の窓から旧魔王城を眺める。

 近づくにつれ、胸中にぐるぐると感情が渦巻く。


 あれが、300年前世界に戦争を仕掛けた魔王の城。

 ダークエルフを辺境の森に追い込み、絶滅に至らせたそもそもの発端。

 かつてはダークエルフの長が、頂上の玉座で部下に命令を出していたのだろう。

 色々と想像を廻らせている内、胸の鼓動がより強く、速くなった。俺は思わず、胸を押さえる。


「ほう、普段は飄々としてやがるテメェでも、さすがに先祖ののさばった夢の跡を見たら、思うところがあ……」

「すげぇぇぇぇええっ! なんかっ! なんか、いいなぁ! こう、なんか、時代を感じさせるっつか! 廃墟特有の神秘的っつか!」


 俺はエドガーへ振り返り、感動を言葉で表現する。


「ああ、悪い。遮っちまったな。今、なんて言いかけたんだ?」


「……なんでもねぇよ」


 エドガーはしたり顔を引っ込め、不機嫌そうに俺を睨む。

 なんだ? 俺、なんか悪いことしたのか?


「兄ちゃんらよ、先着がいるね」


 ルーファが外を覗きながら、ぽつりと零す。

 俺も続いて城を見てみれば、近くに他の馬車が止まっているのが確認できた。


「ああ、さっきも話に出た、B級冒険者の寄せ集めか」


「……あんな連中でも、アンタ達よりはよっぽど準備いいと思うけどね」


 はぁと溜め息を吐き、ルーファはそれから小さく首を横に振る。


「あの連中だけじゃないんよ。地面の上に、新しい足跡がある。ここらは風が強いから、足跡なんて数日あれば土埃で隠れちまうさ」


「でも地面堅そうだけど、人の足跡なんてそこまでくっきり残るのか? アンタ、よっぽど目がいい人?」


 俺も目には普通の人間には負けないくらい自信あんだけどな。

 目を凝らしてみるが、それらしいものはわからない。確かに人間の足跡はあるけども、先に停まっている馬車の持ち主以外だと判断できる理由が見当たらない。


「まさか。人の足跡なんて、追えやしないさ。軽すぎて、ここの土にはほとんど残らないからね。アタシが言ってるのは、飼いならされてる獣の足跡さ。明らかに上に乗っている者を意識しながら走っている。おまけに、この辺りにはいないはずの魔獣のものに見える。野良なわけがないね」


「……人間の足跡も、ギリギリ見えるっちゃ見えるけど」


「うん?」


 ルーファが彼女らしくない、少し間の抜けた声を出す。

 横からエドガーが俺の肩を掴み、引き寄せてきた。


「ぶぁっ、馬鹿か! テメェらほど、こっちは目が良くねぇんだよ! 俺様以外の前で、そういう面は出すなっつったろ!」


 小声での忠告。

 出会った頃なら先に拳が出ていただろうに、殴らず肩を掴んだ辺りエドガーも学習している。


 声で返せば聞かれかねないので、俺は小さく二度頷くことで意思表示をする。


 エドガーが乱暴に俺の肩を放す。


「何か揉め事かい?」


「あれ足跡じゃねぇーわ! ただの魔獣の糞だな! いや、悪い! 見間違えちまった! おっかしぃーな、最近、どうにも俺目ェ悪くってな! 漫画読み過ぎたか?」


 ルーファの質問を無視し、俺は足跡の件を撤回する。


 あれ、こっちって漫画ないんだっけ?

 まぁ勢いで押しきりゃ誤魔化されてくれっか。


「いや、さっき……」


「悪い悪い、混乱させるようなこと言っちまってさ! 俺ダンジョン潜るの初めてだから、ちっと興奮し過ぎちまったな!」


「いや、でも……まぁ、いいんだけどさ……」


 疑惑が完全に取り除かれたとはいかないものの、とりあえずルーファは折れてくれた。

 ルーファはその辺り空気を読んでさっと引いてくれるのでありがたい。

 なんというか、不自然なものを見なかったことにするのに慣れている節がある。

 依頼主と合同で動く依頼を好んで引き受けているようだし、色々と不都合なものを目にしてしまうことも多いのだろう。


「あの足跡、冷酷な獣王と恐れられるイミティタイガーのものだろう。それも、複数いるね。あんな化け物を従えるなんて、間違いなくかなり上級の冒険者さ。それも、あまりいい予感がしないね」


「なんで上級の冒険者が入ってたら駄目なんだ? むしろ協力関係結べっかもしんねーし、断られたら離れればいいだけだろ。中は広いんだし、そもそも浅いとこまでしか潜る気ない俺達と、狩り場が被んねぇだろ?」


「……アンタは、もうちょっと警戒心を持つべきだね。A級冒険者は、そこの兄ちゃんだって真っ青な悪人が多いんよ。手段を選ばず上を目指した者が得る称号なんだからさ」


「つってもそんな、オッサンみたいにみみっちぃことして級上げに勤しんでる奴ばっかじゃねぇんだろ?」


 さらっと小馬鹿にされたエドガーが眉間をわずかに震えさせるが、口を挟んでくることはなかった。

 下手に拾って広げられるのが嫌なのだろう。


「……イミティタイガーは、狩り用として従属させることを認められていないんよ。本当にイミティタイガーを飼っているとすれば、それだけで違法行為なのさ。冒険者としての地位を剥奪され、場合によっては牢に入れられることになる」


「なんで? 急に暴れるかもしれねぇからか?」


「人の味を覚えているからさ。それも個体がという話じゃなく、遺伝子レベルでね。奴らは、普通の獣の肉だけじゃあ満足できない。飼うってことは、どうにかして餌を調達してるってこと。だから、イミティタイガーは認められていないんよ」


 そんな魔獣を連れてきてる奴がいるのかよ……おっかねぇ。

 どうしてロザリオといいエドガーといい、真っ当に人の役に立とうという意気込みのある冒険者がいないのか。


「どうする? やっぱりやめたっていうのなら、引き返してもいいんよ。お金はきっちりいただくけどもさ」


「二日も掛けてきたんだぞこっちは! あんなカッチョイイ廃墟前に、探索もせずに逃げ帰れっかよ! なぁ、オッサン! ……オッサン? あれ、どうした?」


 エドガーの顔色がどことなく悪く見える。


「な、なんでもねぇよ……」


「なんでもねーこたねぇだろ。どうした? 腹でも下ったのか?」


 エドガーは無言で、旧魔王城の入り口付近を睨んでいる。

 目線と表情から、イミティタイガーへの警戒心、恐怖心が読み取れた。

 いや、恐れているのはイミティタイガーの先にいる、禁忌を冒した冒険者に対してなのかもしれないが。


 青褪めた顔で、落ち着きなく城周辺へと視線を走らせている。

 あ、今退路確認しやがった!? ウソォ! ここまで来て帰る気じゃんこれ!

 嫌だぞそんなん! 二日も箱詰めにされて、また帰りもこの調子だろ?

 なんもせずこのまま引き下がるなんて、絶対そんなん嫌だぞ!

 元より危ない橋なのはわかってたはずなのに、考え翻すの早すぎんだろ!


 俺は頭を捻ってエドガーを説得する術を考え、それからエドガーの肩を叩く。


「どうやら間が悪かったらしいな。おいガキ、今回は引き返……」


「あれ、もしかしてオッサン、ビビってんのか?」


 俺は意図して口許を歪ませ、なるべく憎たらしい顔を浮かべる。

 ローブのフードのせいで顔の上半分が見られにくいので、口の形で勝負に掛かった。


「んなぁっ! んなわけねぇだろうがぁっ! この俺様が、猫っころ飼って喜んでる馬鹿なんぞにビビるわけねぇだろうが! ぶっ殺すぞ!」


「ぶっ殺すのは猫っころ飼ってる奴にしてくれ。ほらルーファ、オッサンも退く気はないってよ」


 俺は言質を取ってから、ルーファにそう告げる。

 ルーファは何か言いたげにエドガーを見るが、エドガーは黙り、しかめっ面で腕を組んでいる。

 今更帰るよう説得されても動かないだろう。


「……せめて、イミティタイガーの主には近づかないようにすることさね。顔を見られたら、口封じにぱっくりといかれるかもしらないからさ。好奇心は、猫を殺すんよ」

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