1.俺、ムーじゃなくね?
「つつつ……痛ぇ……」
俺は頭を押さえながら立ち上がる。
足場が崩れて数メートルの高さを落ち、頭を打った。
「魔力で皮膚強化したら無傷だったのによ……」
口にしてから、俺は首を傾げる。
あれ、皮膚強化ってなんだった?
その疑問をきっかけに長らく忘れていた記憶が次から次にへと戻ってくる。
そうだ、俺は一度記憶を消されて……それから……。
「ムーッ! ムームーッ!」
妹のムー子が俺の傍に駆け寄ってきて、パクパクと嘴を動かす。
「悪いな、心配させちまって」
俺はムー子を抱きかかえ、膝の上に乗せる。
すりすりと、俺に羽毛を擦りつけてくる。
背を撫ででモフモフを堪能し、それからムー子を持ち上げる。
「ムー子、大事な話があるんだ」
「ムー?」
「……あの日のことを、思い出したんだ。ムー子、お前、知ってたんだな」
「ムー……」
あの日とは、ダークエルフが勇者を名乗る武装集団に滅ぼされたときのことだ。
俺はあのとき、記憶消去の魔法を受けている途中だった。
記憶消去の魔法は、戦闘により途中で中断された。
だから不完全であったため、何年も経った今になって記憶が蘇ったのだろう。
勇者に襲われたとき、俺はムーに匿われたのだ。
ムーとは、下級鳥魔獣の名前だ。
正式名所はムーバード。ムームーと鳴くのが由来だ。
丸い緑の毛玉に嘴がくっついたような外見をしている。
羽毛の量が他の鳥類より遥かに分厚く、モフモフしている。
だからあのとき6歳だった俺に複数体のムーが覆い被さり、勇者の目から俺を隠してくれたのだ。
あの日記憶を失った俺は、助けてくれたムー子を身内だと誤解し、10年近く家族として生活していた。
「俺……ムーじゃなかったんだな」
「ムー……」
いや、それは当たり前でしょ、とでも言いたげな目を俺に向けるムー子。
俺も自分の手を見ながら、なぜ気付かなかったのだろうと軽く絶望すら覚える。
魔法の副作用だと思いたい。
「俺さ、この森を出ようと思うんだ」
「ムー? ムーッ! ムーッ!」
ムー子は俺を非難するようにそう鳴く。
俺はムー子の背を撫で、彼女を宥める。
「思い出しちまったんだ。この森にはないような素晴らしいものが、外の世界にはあるはずだって」
パソコン……は、この世界にはないかもしれないが、ひょっとしたら漫画ならあるかもしれない。
後、香辛料とかが欲しい。なんか物足りないと思ってたんだよな。
ダークエルフの扱いはあんまりよくないはずだが、とにかく近くの街まで行ってみよう。
「ムー……」
ムー子が寂しそうに鳴く。
俺が言い出したら止めても聞かない性分だと、長い付き合いで知っているのだ。
俺はぽんぽんとムー子の頭を撫でる。
「ムー子も一緒に街へ行かねぇか?」
「ムー? ムー……」
「んなことねぇよ。血は繋がってなくてもムー子は命の恩人で、可愛い可愛い妹だよ」
「ムーッ! ムーッ!」
ムー子は俺の胸に顔を埋め、もそもそと動くことで喜びを表現する。
決定だ。
俺はムー子を頭に乗せ、森の外を目指して歩き始めた。