17.ダンジョン潜るために準備すっぞ
「……ん、あ」
俺はムー子に頬を突かれ、宿のベッドで目を覚ます。
窓越しに見える太陽は決して低くなく、今日もまた無事にゆっくり寝れたらしいことを知る。
ぐぐっと両手を上に突き出し、欠伸をひとつ。
「ムーッ!」
ムー子は一声鳴いて、俺の身体から飛び降りる。
「起こしてくれてどうも。今は何時だ、ムー?」
「……もう昼過ぎだ」
ムーの代わりに、不機嫌そうにナイフの手入れをしているエドガーが答えてくれた。
「んだよ、もっと早くに起こしてくれても良かったのに。今日、ダンジョンに潜る準備するんだろ?」
「一回朝に起こそうとして、またテメェに顔面蹴っ飛ばされたんだが?」
エドガーの頬に、爪で引っ掻かれたような傷があった。
ああ、そういえばそろそろ足の爪切らねぇと。
「お……おう。悪かった」
宿で朝食兼昼食を取り、露店街で干し肉など、保存の効く食糧を買う。
ダンジョンで一夜過ごすことなど、ざらにあるらしい。
今度はそこまで深く潜るつもりではないが、道に迷うことも考えられるし、魔物に囲まれて動けなくなる可能性もある。
備えあれば憂いなし、ということだ。
「でもさ、魔物焼いて喰えばよくね?」
「あ? 馬鹿かテメェは。そう都合よく、まともに喰える魔物がダンジョンに転がってるかよ。硬くて臭かったり、毒があったりすんだよ。あんなもん喰ってたらむしろ体力持ってかれるわ。見かけがグロすぎて触る気にもなれん奴もあるからな。ダンジョンで食糧賄う気なら、ディスピアワーム喰ってから言え」
ディスピアワーム?
聞き慣れない名だが、きっとよっぽど醜い外見をしているのだろう。
口にしているエドガーが、『嫌なもん思い出した』といわんばかりの表情をしている。
「へぇ、逆に興味湧くな。どんな奴なん?」
「ディスピアワームも知らねぇのか……。紫のでっけぇ芋虫で、人の顔みたいなのが背に三つくっついている奴だ。ああ……思い出すだけで吐き気すっわ」
「ああ、森でよく喰ったわ」
あれがディスピワームっていうのか。
火に耐性があるのでなかなか焼くのが難しいのだが、焼き加減によって背中の人面が変わるので、それさえ知っていれば焦がすことはない。
すでに息絶えていようと火で熱せば、背中の人面が真顔、泣き顔、絶望顔と順に変化する。
絶望顔が怒りの面になったら焼きすぎだ。
絶望顔になれば、すぐに火を消す必要がある。
「え、あ、あれ喰ったことあんのかァ!?」
エドガーが足を止め、信じられないといったふうに顔を引き攣らせる。
エドガーの大声に周囲の人間も驚いて振り返り、ぼそぼそと小声で何か言い合いながら去って行く。
「結構美味いけどなぁ……」
どうやら俺も森育ちと長すぎて、一般人の思考からちょっと離れてきてしまっているらしい。
確かに前世なら、百万円積まれようと食べなかったかもしれない。
人気のない通りでまたカナリアを見かけた。
カナリアはまた怪しげな薬草やら剥製やらを並べ、通りかかる人に声を掛けていた。
いつか恨みを買った彼女が殺されないことを祈る。
「あれが千年亀に生えていた苔だって? 馬鹿だよなぁ、あんなんに騙される奴いるかっつうの」
遠目から眺めながら、エドガーが鼻で笑った。
「……そ、そうだな」
俺は相槌を打ちながらも、内心冷や汗ダラダラだった。
仕方ない、許してくれ。
こちとら田舎育ちなんだ。鳥に育てられた身なんだ。
「で、ダンジョンってどこに行くのさ?」
「へっ、驚くんじゃねぇぞ。いいか、俺様が……」
「もったいぶられても、多分どこ言われても俺知らねぇぞ」
「……この世間知らずが」
脅かす気満々だったらしいエドガーが、つまらなさそうに言う。
仕方ねぇじゃん。
俺のこっちでの親族は、身内との交友で満足できちゃう引き籠り属性の持ち主共だったんだから。
その癖世界掌握しようとしたりと、なかなかアブノーマルな連中だったが。
「俺様が潜ろうと考えてるダンジョンは、旧魔王城よ。どうだ、テメェにとっても無関係なところじゃねぇはずだぜ?」
「旧……魔王城?」
300年前の大戦で、ダークエルフが拠点としていたところか。
耳にタコができるほどその辺りの話を聞かされていたので、しっかり覚えている。
というか俺も、儀式前まではクソ真面目にダークエルフやってたし。
しかし、まだ残っていたという話は初めて聞いた。
「そんなとこ、たかがB級冒険者のオッサンが行けんのかよ。結構危ないとこじゃねぇのか?」
「たかがって言うんじゃねぇクソガキ! 俺様が、どれだけ苦労してB級に上がったと思ってやがる!」
「わ、悪い悪い。よく知らねぇのに、イメージで言っちまった」
でもロザリオとの決闘見るに地味なんだよな。
いや、エドガーもだけど、A級のロザリオも。向こうは手を抜いてただけかもしれんけどさ。
「そんで、旧魔王城はどれくらいヤバいんだ?」
「あー……どっから説明したもんか」
エドガーの説明によれば、どうやらダンジョンの危険度、魔物の危険度、武器の価値、冒険者の強さはすべて同じ言い方で位分けされているらしい。
F級からA級に加え、伝説級、神話級と続くのだとか。
「つーことはよ、冒険者もA級より上がいんのか」
「まぁ冒険者の伝説級といったら、戦争なんかの功績を讃えられて与えられる称号のようなもんに近いけどな。神話級なんか、制度ができた云百年前から数えても10人といねぇよ。A級で、死んでから神話級と呼ばれるようになった奴もいるそうだが」
「で、俺の御先祖様の旧魔王城の危険度は何級なんだ?」
「伝説級だったんだが、最近そんなでもないっつってA級に格下げされたんだよ」
「そんなでもないっ!?」
なかなか不名誉な言われようだ。
一応繋がりのある身としては……こう、釈然としないものを感じる。
「酒場で聞いた噂だが、深追いしなきゃB級でも人数集めて準備怠らなきゃどうにかなるはずだ。魔物ぶっ潰して皮剥いで、魔王の財宝漁ってやれば一攫千金よ。ついでに酒場で自慢してモテモテ、更に俺様を見限りやがったあのクソ共を見返せるってわけよ。完璧だろ?」
毎回元仲間のこと引き合いに出してんな。
どれだけ恨んでるんだよ。
エドガーの性格から考えて、エドガーにも非はありそうな気がすっけど。
「って、人数いるのか? ひょっとして誰か増えんの? なぁ、俺、可愛い子がいいっ! あんまり強くなくていいから、可愛い子を探そうぜ!」
「馬鹿かテメェは。役立たずしょい込んでどうすんだ。それに、旧魔王城には二人で行くぞ。取り分減っても嫌だし、第一あんまし深く関わったらテメェのことがバレるだろうが。雇うのは足と、荷物番だけだ」
「え……」
ずっとエドガーと二人旅とか、そんなの俺絶対嫌だぞ。
いや、ムー子もいるけどさ。
「そんなに女が欲しいのか。しっかり活躍さえしてくれれば、風俗でもどこでも連れてってやるっつーの」
「そういうのじゃなくてさぁ……もっとこう、冒険を通して仲良くなっていく的なのがさぁ……ほら」
「馬鹿なこと言ってんじゃねぇーぞ。いいか、わかってるとは思うが、向こうに着いたら俺様を守ることを前提に動け! テメェがそこそこ強いのは認めてやってんだから、しっかり働けよ!」
「へいへい……」
つーことはあれか、俺はB級冒険者数人分の期待を寄せられてるわけか。
大丈夫なのか?
仮にも元伝説級ダンジョンで、腐ってもA級と判断されてるんだろ?
そこまで深いところに潜るつもりはないらしいし、あんましヤベェことにはなんねぇと思うけどさ。