13.悪いけど何も覚えてねぇぞ
俺が気がついたとき、机の上には空のボトルがいくつも転がっていた。
エドガーは床の上に寝転んでいる。
なにやってんだ……と起こそうとしたが、顔が土色だった。
あれ、これヤバいんじゃね。
「お……おい、オッサン? オッサン!」
「あ、ようやく正気に戻りましたかニャ」
シーニャの声が聞こえる。
ローブのフードが外れていることに気付き、俺は顔を背けながらバッと素早く被り直す。
「……え、えっと、何があったんだ?」
「酔った貴方がどんどんと注文して、止めようとしたエドガーさんが酒を強要されて酔い潰されましたニャ」
「…………」
すっとエドガーに目線を落とす。
閉じられている目が、どことなく苦悶の中で恨みがましく俺を非難しているようであった。
「えっと……今、何時?」
「もう朝ですニャ。おはようごにゃいますニャ」
「あ、ああ……おはよう」
「追い出すのも怖かったので、店長と二人で残って注文だけ持ってきさせてもらいましたニャ」
超迷惑な客じゃん……。
俺、そこまで危ない感じになってたのか。
なんにも覚えてないぞ。
「体調、悪くありませんかニャ? 頭痛にゃんかは?」
「俺は大丈夫だけど……オッサンが……っていうか、あの、マジですいません」
「色々と頼んでもらえたので、お金さえ払ってもらえれば大丈夫ですニャ」
「あ、ああ、ちょっと待ってくれ」
俺は半ば死体と化しているエドガーの身体を漁り、金の入った小袋を取り出す。
そしてそのままシーニャへと渡した。
「その……これで、足りるか?」
「ちょっと数えてきますニャ」
ととっと店の奥まで歩いていく。
迷惑掛けられたから多目にブン取ってやれと憤る店の主人に対し、ニャーは見てて楽しかったから別にいいですニャ、と答えるシーニャ。
全部聞こえてんぞ、おい。ダークエルフの聴力舐めんなよ。
マジですいませんでした。
「はい、ではこちらがお釣りですニャ」
戻ってきたシーニャが、投げるように俺へ小袋を渡す。
多目にすっぱ抜かれはしなかったようだが、渡したときより随分と軽くなっている。
そりゃまあ、これだけ飲み食いしたらこうもなるか。
俺はエドガーを背負う。
うわっ! 酒くさっ!
ひょっとして俺も似たような臭い漂わせてんのか? ちょっと死にたいぞそれ。
「もうちょっと休んで行かれてはどうですかニャ? エドガーさん、まだ動かさない方が……」
「あ、いや、店長さんも怒ってそうだったし、これ以上は迷惑掛けらんねぇよ」
「あらら、聞こえていましたかニャ」
シーニャは口を隠し、誤魔化すようにはにかむ。
「ああ、そうだ。キャットキラーのボトルもらってっていいか?」
「ニャ? 別に構いませんけど。気に入ったんですかニャ?」
「いや、俺じゃなくてムー子がな」
許可が降りたことを知ると、ムー子は机の上に乗ってボトルを手に取った。
「随分と懐いているのですね」
「ちっちゃい頃からの仲なもんでな」
ボトルを手にしたムー子はひょいひょいと俺の身体を登り、頭の上に乗っかってくる。
ムー子を頭に乗せ、エドガーを背負って居酒屋の外へと出る。
朝の陽射しが眩しい。
「クソッ! まだこんなに朝早くだったのかよ」
さっきまでのやってしまった感に呑まれて目が冴えていたが、朝だと実感させられると眠たくなってきた。
まだ宿取って寝るか。エドガーの金で。