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12.猫殺しの酒

 街の中心近くに位置する居酒屋、『またたび』。

 あまり大きいところではないが値段が程々でつまみが美味しく、混んでいる日が少なくてゆっくりできるのが利点らしい。


 従業員が猫耳族という亜人ばかりというのが最大の特徴である。

 エドガーのお気に入りの店らしい。


「好きなだけ食っていいぜガキィ! じゃんじゃん頼んでけ、酒も頼んでいいぞぉ!」


 エドガーは大きなグラスに毒々しい色の酒を並々と注ぎ、それを一気に飲んでは咽ていた。

 無理すんなよオッサン。


 つうか、こうもエドガーが優しいと違和感しかねぇ。

 一周回って怖いわ。


「俺……16なんだけど。ほら、俺の故郷では酒は20歳からだったから」


「なんだぁ? ダークエルフにゃそんなみみっちい習慣があんのかよ! 絶対テメェら身体頑丈だろ!」


 いや、ダークエルフじゃなくて前世の話なんだけど……。

 前の人生でも16歳で死んだから、酒飲んだことないんよ。両親そこんとこ厳しい人だったし。

 それに爺ちゃんがアル中拗らせて死んだから、ちょっと抵抗感あるといいますか。


 つーか、大声でダークエルフって言うなよ。

 誰かに聞かれたらその時点で俺詰みかねないんだけど。エドガー、これ完全に酔ってるよな。


「見たか? 見たか、あのロザリオの最後の顔よぉ! アイツ、テメェに蹴っ飛ばされて気を失ってた後、目を覚ましてからは逃げるようにして街を出て行ったらしいぜ! マジでザマアねぇわ」


「お……おう、そうだな」


 エドガー上機嫌の原因は、ロザリオが街を出て行ったことにある。


「結局あの人、冒険者辞めたのか?」


「別に冒険者ギルドはこの街だけじゃねぇからな。他所でも普通に登録カード使えるし。多分、辞めてねぇだろ」


「え……アンタは、それで満足なのかよ」


「所詮、口約束だからな。街を出てったのだって、決闘の決め事が~っつうよりは、単に居辛かったからだろ。俺様的にはあのクソ野郎が二度と視界に入らねぇならそれで結構だ」


 あらま、普段とは変わって大人なことで。


「オッサン、もっと陰湿で執念深いんだと思ってたわ」


「テメェ……俺様のことをそんなふうに見てやがったのか」


「泣きながら床叩いて殺す殺すと喚いてたのを思い返すと、そうとしか思えねぇ」


「テメッ! その話はやめろ! ほら、店の姉ちゃん来たじゃねぇか! シーニャちゃんにあんましカッコ悪い話聞かせんじゃねぇぞ!」


 猫耳族の女の人が、料理を俺達の机へと運んでくる。

 猫耳族、というのは名前の通り、猫耳と尻尾の生えている人間らしい。

 もっと猫に近い猫人族という亜人もいるらしい……というより、猫耳族は元を辿れば猫人族と人族のハーフなのだとか。


 ピンクの髪の毛からぴょんと伸びる猫耳に、ぱっちりと縦に大きな猫目。

 彼女が『またたび』の看板娘、名前をシーニャというらしい。


「お待たせしましたニャ。こちらが三つ首の唐揚げと、ベロフィッシュのムニエルでございますニャ」


 手にしていた大皿を馴れた手つきでテーブルに並べる。 


「へへっ、どうも、どうも嬢ちゃん。あ、後、一番強い酒をボトルで頼む」


 エドガーがシーニャの身体へ舐め回すような視線を向け、それからどこか媚びたような声調で、馴れ馴れしく彼女に注文をする。

 おいおい、シーニャちゃんちょっと引いてんぞ。つーか、俺も引いてんぞ。


「おいおいオッサン、そんなに飲めんのかよ。あんま恰好つけて変なもん頼むんじゃねぇぞ」


「なぁーに言ってやがんだ。テメェも飲むんだよテメェも」


「おう?」


 ちょっと待って、俺飲みたくないって言ってんだけど。

 アルハラだぞアルハラ。

 俺の今世、前世より身長低いんだぞ。成長止まったらどうしてくれる。


 少ししてから、シーニャが自身の髪と同じピンク色のボトルを持って戻ってきた。

 猫の絵が、ステンドグラスのようにボトル側面に描かれている。ランプの光を受け、机の上に猫の絵を映している。

 これ、高い奴なんでね。大丈夫なのか。


「無理はなされないでくださいニャ、エドガーさん。お水もお持ちしましたので、くれぐれもそのままで飲まないでくださいニャ。エドガーさんがまた酔って大騒ぎにならないよう、ちょくちょく見張っておけと店長からも言われておりますので」


 おいおい、常習犯かよ……。

 もう、出禁にしちまえよ。


「なぁんだ嬢ちゃん、俺様こと心配してくれてんのかぁ? ひょっとして惚れちまったか? お?」


 なんで今の流れでそうなるんだ。


「……まあ、それよりもエドガーさん、そちらの方は? いつもの人達とは一緒ではないんですね」


 一瞬、エドガーが苦虫を噛み潰したような顔をする。


「あ、ああ、あいつらは足手纏いの上にうざったいから、切ってやったんだよ!」


 明らかに切られているのはエドガーだったはずだが、まあいいか、本人の中くらいはそういうことにしておいてやろう。

 シーニャも大体察しているような顔をしてるし。


「そうですかニャ。それは大変でしたニャ」


「俺様は大変じゃねぇよ! せいせいしたくらいだからな!」


「それは失礼しましたニャ。して、そちらのローブの方は?」


 シーニャはエドガーの強がりをさらっと流し、俺へと目を向ける。

 酔っ払いの相手をよく心得てらっしゃる。


「俺は皮膚病で家族に捨てられ、他所の街で長らく物乞いをやってたんだ。そんなところを、優しくて強いエドガー様に助けてもらった身で……」


「なんか、言わさせられてませんかニャ……」


 言わさせられてはねぇよ!

 二人で話し合って決めた設定だからな。ちょくちょく納得できない部分はあるが、まぁたまには機嫌を取っといてやろうという俺の優しさよ。


「そうそう嬢ちゃん、聞いてくれよなぁ! 俺様、今日ギルドん中で変な奴に絡まれてな! そいで俺様が……」


「あ、新しいお客様が来ましたので、行ってきますニャ。それではごゆっくりどうぞ」


 話が長引きそうな予感を感じ取ったのか、さっとシーニャは店奥へと戻っていった。

 酔っているエドガーは気付いていなさそうであったが、新しい客が入ってくる気配はない。


「んだよぉ、空気読めよなぁ。せっかく話が盛り上がるところだったのに。店前で待ってろってんだ」


「おう、そうだな」


 相槌を打つのも面倒になってきたので、俺はムー子に魚料理を食わせながら適当に返事をしていた。


 エドガーがピンクのボトルを開ける。


「それ……なんて酒なんだ?」


「キャットキラーっつうんだよ。お? なんやかんや言ってテメェも興味出てきたか?」


 猫殺しか。

 似たようなの、なんか聞いたことあるような気がすんぞ。


「ボトルは綺麗だと思うけど……もう、漂ってくる臭いが既にあれだわ」


 ダークエルフの一族では酒は儀式の一環として使われてたからな。

 嗜好品として飲んでるのは見たことがない。

 魔法陣に虫の死骸並べて、神妙な顔してゴクゴク奴ばっかしだった。

 あれのせいか、アルコールの臭い自体に嫌悪感が。


「固ぇこと言うなよ。俺様の感謝みたいなもんだからよぉ、ありがたく受け取りやがれや。ロザリオの手許弾いたの、テメェなんだろ?」


「いや、そんな感謝はいらねぇ……ってか、気付いてたのか」


「たりめぇーだろ。同じ土魔法でビートルレックスの腹突き破ってんの見たことあるし」


 やるじゃねぇかよ、オイ! と続け、エドガーは俺の背をバンバンと叩く。


「バレたら『決闘の邪魔すんな』って怒鳴られるかと思ってたわ」


「勝てばいいんだよ勝てば。邪魔すんなっつったのは、中断させんなってことに決まってんだろ。よくやった! マジでよくやったぞ!」


 調子いいなぁ……。

 まぁ、エドガーの性格上あそこは退けなかったろうし、負けたら負けたでとんでもないことになってたわけだし、そりゃそうか。


 ロザリオ、今頃なにやってんだろ。

 もう二度と会いたくねぇけど。顔合わせたら何されるかわかったもんじゃねぇ。


「ほらほら、飲め飲め! グラス注いでやっから、な? な? 一口飲んで無理だったら俺様が飲んでやるからよ」


「わ、わかったよ……。じゃあ、ちっとだけもらってみるわ」


 キャットキラーをグラス一杯に入れてもらい、俺はそれを鼻に近づけ、臭いを嗅いだ。

 これ、全部アルコールじゃね?

 酒というより薬品のような臭いがする。


「あれ……水で薄めねぇの?」


「おいおい、何言ってやがんだ。男はストレートだろストレート。水で割るのなんか女くらいだっつーの」


「そんなものなんか」


 キャットキラー……紫の液体を、俺は口の中に流し込む。

 液体に触れた舌が、カッと熱くなる。


 視界がぐらりと揺れ、シーニャがこっちに走ってくるのが見える。

 彼女の慌てぶりを見るに、やっぱそんままで飲むものじゃなかったんでね、という疑問が頭を過っては、強烈なアルコールの臭いに掻き消されていった。

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