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11.決闘、強者と弱者

 冒険者ギルド内部、受付前。

 多くの人が並べるようちょっとした広間にもなっているそこは、剣を一戦交えるのに十分すぎる程のスペースがあった。


 金髪男ロザリオは引き抜いた剣を観衆に見せびらかすように振るい、最後にエドガーへと向け、高笑いをする。


「この街と冒険者ギルドの癌である君を、ここで叩き斬ってあげよう。冒険者としての道しか知らない君が、ギルドを捨てて他の街でどう生きるのか、楽しみで仕方ないよ」


「ほざきやがれ。剣しか知らねぇのは、テメェも同じだろうがよぉっ!」


 ギルド中の好奇の視線に晒され、あれやこれやと野次が飛ぶ中、先に動いたのはエドガーだった。


「闇魔法、『闇の霧アトラ・ネーブラ』!」


 エドガーの手許が、黒い霧のようなものに包まれる。


「剣筋を読ませないつもりかい? さすが、闇歩きと呼ばれるだけのことはある。君らしい、卑怯で姑息な手だねぇ」


 ロザリオは楽しげに言う。

 飛び掛かってくるエドガーに対し、構えすらも取らない。


「余裕振りやがってよぉっ! 闇魔法、『時計仕掛けの悪魔クロックウォークデビル』」


 エドガーの身体を、微弱な黒い光が覆う。

 目を凝らして見ると、黒い霧の奥でエドガーの剣筋が奇妙にブレたのがわかった。


 恐らく、時の流れを遅くする魔法なのだ。

 自身のスピードを100分の1秒遅らせ、相手の感覚を狂わせ、カウンターを外させることが目的なのだろう。

 相手に使わなかったところを見るに、自分にしか使えないのかもしれない。

 しかし、あの手許を隠す黒い霧との組み合わせで、なかなかやらしいコンボになっている。


 ロザリオの目は、明らかにエドガーのナイフを追えていない。

 舐めて掛かっていたのだろう。

 あれ、ひょっとしてあっさり勝っちまうんじゃね?


 そんなふうに期待したのだが、エドガーのナイフは大きく空振る。

 ロザリオの姿が急に消えたのだ。


「あ、ああ?」


「色々と姑息なことしてくれちゃってたみたいだったけど、残念だったねぇ」


 エドガーの後ろへと移動していたロザリオが、トントンと彼の肩を叩く。

 慌てて後方へとナイフを振るうも、間に合うはずがない。ロザリオに剣の鞘でぶん殴られ、床の上に伏した。


「ぐ……あ、クソ……」


「魔力による瞬間移動、これが僕の家に伝わる固有魔法さ。一対一では、どんな相手にだって後れを取らない。いや、取りようがないんだ。悪いね、これは君の負け試合なんだよエドガー君」


 頭を上げようとしているエドガーを剣の鞘で押さえつけ、ロザリオは笑う。


「汚い手段で必死に上げてきた君の実績も、今日でお終いだ。他の街へ行って、物乞いでもするといい。君によく似合っているよ。機会があれば、僕も君にちょっとくらいは恵んであげるよ」


「がぁぁっ!」


 吠えながら立ち上がろうとしたエドガーの顎を、ロザリオが剣の柄でひっぱたく。

 再び床に伏し、その背中を柄で何度もぶっ叩く。


 これ以上は意味がない。

 俺は止めようと思い近づこうとしたが、足音を聞いたエドガーが顔を上げ、俺を睨む。

 邪魔すんじゃねぇと、目がそう言っていた。

 上げた頭は、即座にロザリオに叩き落とされる。


 俺が止めれば、エドガーの負けと見なされかねない。

 決闘前の口約束にどれほどの強制力があるのかはわからないが、負けたと見なされれば彼は街を追われ、冒険者としての資格も剥奪されることになる。

 いやしかし、これ以上続けても明らかに勝算がない。

 このままだとエドガーは殺される。


 ロザリオは何度も、何度も、何度も床に伏しているエドガーの背をぶっ叩いた。

 エドガーの抵抗が弱まってきたところで、ロザリオがエドガーの耳元へと口を近づける。


「いや、ありがとうエドガー君。ほら、僕って聖人気質だから、こうやって弱者を甚振るのって、すっごく良心が痛むんだよ。でもエドガー君くらいクズだと、こっちも呵責なく好きなだけぶん殴れるからさ、ほんっとにスッキリするよ。重ねて礼を言わせてもらおう。明日からも清く正しく、優しい僕でいられそうだ」


 ロザリオは怒りで身体を震わせるエドガーを見て、その反応さえも心地良いのだと一笑。

 頭を素手で掴み、顔面を床へと押し当てる。


「馬鹿だし弱いし卑怯なのにプライドだけは高くって、あれこれ工夫してなんとか僕を倒してやろうって意気込みが伝わってきて、すごく良かったよ。全部、無駄だったけどね。それじゃあこれから大変だろうけど、頑張ってね。他の街で物乞いやってる君を見て、またひとつ笑わせてもらうからさ」


 ニイっとロザリオの口許が愉悦に歪む。

 表情から滲み出る圧倒的なまでの悪意。


 おいおい、こいつマジかよ。

 本格的にヤバイ奴じゃん。


 ロザリオは立ち上がり、エドガーの後頭部へと容赦なく鉄製の鞘が振り下ろす。

 寸前のところでエドガーが身体を捻り、回避する。


「おや、案外丈夫なんだねぇ。いいさ、立ち上がりなよ。真っ向から斬り合って、それで禍根なく綺麗に捻じ伏せてあげよう。派手にぶっ倒れてくれよ? そっちの方が、今夜の酒場での僕の武勇伝も賑わうことだろう」


 ロザリオが間合いを取ると、エドガーは挑発に乗せられるように立ち上がる。

 立っているだけで限界なのは、誰の目から見ても明らかだった。


 ロザリオははんっと鼻で笑い、それから観衆へと目をやる。


 勝負当初とは違い、周囲の反応は変わり始めていた。

 ロザリオの明らかに必要以上の加虐、甚振り。

 俺は勿論のこと、その場にいた誰もが戸惑い、ドン引きし始めていた。


 一部ではあるがエドガーに同情する声や、彼を応援する声もちらほらと聞こえてきた。


 ロザリオにとってはそれが予想外で、また不服だったらしく、小さく舌打ちを鳴らした。


「……チ、なにさ。まぁ、いい、とっとと終わらせようか、エドガー君」


 二人が対峙する。

 片や余裕綽々、片や満身創痍。


 ロザリオが剣を横に向け、飛び出す。

 エドガーはよろり、気圧されるように背後へとよろめく。


「や……闇魔法、『闇の霧アトラ・ネーブラ』」


 エドガーが唱えると、彼の身体を黒い霧が包んだ。


「そんな量で包んじゃあ、君も僕の剣が見えないはずだけど? 無駄な足掻きだというのに。いいよ、徹底的に格の違いを教えてあげよう」


 ロザリオが目を閉じ、そのまま速度を落とさずに直進する。


 霧の奥で、エドガーの手にする刃が弱々しく軌道を描くのが微かに見える。


 駄目だ、エドガーは負ける。

 このままだとエドガーは街を追い出され、冒険者の資格も失う。

 俺としても、エドガーがそうなれば自分がどうなるかわかったものではない。

 エドガーの勝算が薄く負ければ後がないのなら、多少危うくとも賭けに出るしかない。



 俺は闇に目を凝らし、ロザリオの足許に意識を向ける。

 その直後、闇の中で響く金属音と、一人分の質量が床に崩れ落ちる音。

 誰もが静かに見守る中、闇が晴れる。立っていたのはエドガーだった。


 観衆から安堵と、どよめきが漏れる。


「あ、ああ……あり得ない……何が、何が起こったんだぁっ! なんでっ、どうして、この僕がぁっ!?」


 ロザリオが悲鳴に近い叫び声を上げる。

 腹部から流れる血を、必死に押さえようとしている。

 霧の中でエドガーに斬られた傷口だ。


 ロザリオの悲鳴を聞き、エドガーは初めて自分が勝ったことに気付いたらしい。

 自分を見上げるロザリオを二度見し、ぽかんとした顔を浮かべていた。


 俺が土魔法で床下の土を動かし、床ごと剣を貫く土の弾丸を真上に打ち込んだのだ。

 結果、闇の中で唐突に剣を失ったロザリオは、エドガーの一撃をまともに身体で受けることになった。

 エドガーがヤケクソに撒いた黒い霧のお蔭で、誰も気付いた者はいなかったはずだ。


「そ、そうか! お前か、お前だなぁっ! お前がやったんだなぁぁっ! この、この卑怯者のクズ野郎がァッ!」


 ロザリオが匍匐前進で俺へと向かってくる。


 まずい。霧に紛れて魔法で攻撃されたと、さすがにロザリオ本人は気付いているようだった。

 エドガーが仕掛けたことと思い込んでくれれば良かったのだが、そう上手くはいかないか。

 当の本人であるエドガーは状況が把握できず、ぼけーっとしているわけだし。

 あの顔見たらアイツがなんかやったとは思えんよね。思いたくもないわな。


「聞いてくれェ、こいつが、こいつが邪魔しやがったんだぁ! そうでもなきゃ僕が、僕があんな、エドガーなんてゴミみたいな奴に負ける訳がないだろうがぁっ! 見えてなくても、そんくらい分かれよボンクラ共がぁっ! そ、それにこいつは、ダー……」


 あ、ヤベェ。

 こいつダークエルフのことチクる気満々じゃねぇか。


 俺は慌てて飛び出し、ロザリオの顔面を蹴っ飛ばした。


「げふぅっ!」


ロザリオは床上を転がり、舌を伸ばしながら仰向けに倒れる。


 えっと……もう決闘終わってたし、それに俺に襲いかかってきてたから、妨害にはならねぇよな。セーフだよな。


「なあ、あいつ、ロザリオを蹴っ飛ばしたぞ」「やっぱ虐待でもなんでもなかったんじゃないのか?」

「よくわかんないけど……あの金髪、負けたのか?」「それいいだろ。あんな奴が街にいたら、ちょっと怖いわ俺」

「エドガーって実は普通に強いのか?」「え……いや、さあ……んなことねぇはずだけど」

「ロザリオがさして強くなかったんじゃねぇのか? ガキに蹴っ飛ばされてんだぞ」


 ぽつりぽつりと観衆から洩れる声は、ロザリオを非難するようなものが多かった。

 助かった。

 これなら呼び止められ、難癖をつけられることもなさそうだ。

 後でロザリオが起きてあれこれ言おうと、所詮は敗者の戯言。

 あいつが声高に集めてくれた観衆が何よりの証人だ。


 俺がダークエルフであることはバレてしまったようだが、この街からロザリオは出て行ってくれるのだから問題はないだろう。


 他所で言いふらかす可能性もあるが、俺がダークエエルフであるということを話そうとすれば、それは必然的にこの決闘の話と繋がる。

 プライドの高そうなコイツが、自分から好き好んでその話をしたがるともあまり思えない。

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