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選び続けた結末

 あれから、彼女達が俺の部屋を訪れる事は無くなっていた。

 暗く、冷たい部屋の扉を開け、人肌にまで温くなったコンビニ弁当を口に押し込み、シャワーを浴び、布団に潜り、そしてまた仕事へと出かける、それだけを繰り返す毎日。


「なぁ、凉子ちゃん達は今日も来ないのか?」

「ん? あぁ、何だかみんな、最近仕事が忙しくなっちゃったんだってさ」

 あれから、誰一人として連絡を取っていない。

 なのに、俺は何故か嘘をつき続けていた。彼女達との間には何も無く、今まで通りであるかのように。

「……なぁ、島崎」

「何?」

「……いや、何でもない」

「……」


 三人と、もう一度話をしたいと思った。昔のように、温かくて楽しい毎日を取り戻したいとも思った。

 でも、俺はあれから一度も連絡をしていない。それは、怖かったからじゃないし、ましてや諦めた訳でも無い。

 ……彼女達は俺に、きちんとケジメをつけろと言っている様な気がした。ふらふら流されるままに愛嬌を振りまくのでは無く、ちゃんと誰か一人を選んでから、自分に笑いかけて欲しい、と。

 だから、俺がどんなに辛く悲しくても、彼女達に甘える訳にはいかない。毎日毎日、冷たいベッドの中で枕を濡らしていたとしても。


「そう言えば、まだ車は買ってないの?」

「あぁ……、うん、何かまだちょっとね。もう少し落ち着いてから考えるよ」

 ある意味、俺と一番長い時間を共に過ごしてくれた、懐かしい記憶。冗談では無く、身体の一部のように思えた車。

 休日になれば、どこへ行く当ても無いのに、ただ知らない道を走り続けていた。ハンドルやアクセルから伝わる振動、心地よいエグゾースト、山へ行けば森の香りに満ち溢れ、海を眺めれば波の音に包まれて。今思えば、たった一人で色々な場所に行ったものだ。

 そんな、沢山の懐かしい記憶が無くなってしまうような気がして、今はまだ、次の一歩が踏み出せなかった。

 でも、いつかは乗り越えなくちゃならない。車の事だけじゃ無く、三人の事も。

 だから……。


「そういえば、遠藤さんってどこにいるか知ってる?」


――――。


「どう? 首とか腰に変な感じとかしない? 何か、暫く後になってから後遺症が出たりするって言うし」

「まぁ、あれから何ともないし、多分大丈夫じゃないかな。……それより、昼休みなのに呼び出したりしてゴメン」

「ううん、平気。私もちょっと用事があったし。それで、どうしたんですか?」

 明るい笑顔を作り、さも平然とした顔で彼女の前に立ってはいるが、正直、体調的には最悪のコンディションだった。目眩にふらつき、吐き気で内臓が蠢き、脇の下には滝のような汗が流れ続ける。

 でも、ちゃんとケジメは付けないと。彼女達の為じゃなくて、自分の為に。

「あの……さ、俺は、やっぱり遠藤さんの事が好きなんだ。……だから、俺と付き合って欲しい」

「……」

 さっきまでの表情からは想像も付かない、冷たい困惑の瞳で、彼女はじっと下を見続ける。

 そんな彼女を見ていると、正直、今すぐにでも笑って誤魔化したくなる。笑って誤魔化せば、俺は傷つかずに済むから。

 でも、そうやって逃げていたら、俺は一生このまま、全ての事に正面から向き合えないような気がした。

 ……だから俺は、まだ諦める訳にはいかない。

「あの日は、やっぱり雰囲気に流されちゃったって事なの?」

「そんな、そういう訳じゃないけど……」

「俺はさ、凄く幸せだったんだ。遠藤さんと話す事が楽しくて楽しくて。あれが初めてだなんて思えない位、凄く深い所で、目に見えない何かに共感している気がしてた」

「……うん」

「だからって言う訳じゃ無いけど、あの後、どうして素っ気なくなったのか、どうしても納得がいかなかった。あの時はあんなに傍に居られたのに、今はどうしてこうなんだろうって」

「……」

「だから、もし付き合えないんだとしても、少しでも理由が知りたいんだ。……いや、理由とかじゃ無くて、単純に気持ちが知りたい。友達以上には考えられないとか、嫌いになったとか、どうでも良くなったとか、どんな理由でもいい。少しでも本心が聞ければ、それで納得出来るから」

「……」

 彼女はうつむきながら、何かを考え続ける。俺を傷つけないようにする為の方便なのか、それとも、俺と関わらないようにする為の言い訳なのか、それは彼女にしか分からない。

 でも、どんな言葉だとしても、俺は疑わない。

 ……これで終わりにする、そう、決めたから。


「……嫌いになったとかじゃないんです。ただ、あの時はちょっと酔っちゃって、はしゃぎ過ぎたっていうか……。やっぱり、島崎さんとは、これ以上にはなれない……から」

 彼女は俺から目を逸らさず、淡々と答えた。でも、それが本当なのか嘘なのか、彼女の表情から読み取る事は出来なかった。

「……そっか、それなら仕方ないね」

 でも、それが分かれば十分だ。

「ありがと、わざわざゴメンね。もう昼休み終わっちゃうから、そろそろ戻ろっか?」

「……うん」


 彼女は表情を変える事無く、職場へと戻っていった。

 そう、これは何も変わらない。今までと同じだし、これからも同じ。

 彼女とは同僚の一人として、これからも仲良くやっていく。仕事も、プライベートも、仕事上の知り合いとして、末永く。

 そう、何も……変わらない。

「でも、やっぱ、辛いよなぁ……」

 変わらないハズなのに、変わっていた俺の心。止まらない涙がそれを証明する。

「結構好きだったんだけどなぁ……」

 この気持ちは、ここで終わったのだと。


――――。


 それから暫くして、変わらないと思っていた現実は、別の方向へと変わっていた。

 あれ以来、一度も話す事無く、目を合わせる事も無かった彼女は、いつの間にか配置換えで別の支店に異動となっていたのだ。

 俺は、あの気持ちを諦めるだけじゃなく、その笑顔を見る事すら拒絶されてしまったのか。そう思うと、切なくて、悲しくて、……惨めで、みすぼらしくて。

 

 だから俺は、無意識に湧き出る涙を堪える為、身の丈に合わない、文字通り山のような仕事を抱える事にした。

 何かをしていれば、何かを忘れられるから。

 何かをしていなければ、何かを思い出してしまうから。


 ……俺は今、何も思い出したくないから。


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