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揺るがぬ決意

「あのね、芹奈、……しまちゃんの事が好きなの」

 言葉が出なかった。頭が真っ白になって、どうしていいか分からなかった。

「親友としてじゃなくて、男の人として好きなの。……だから、ちゃんと返事、……聞かせて?」

 胸の前で自分の手を小さく握りしめ、真っ赤な顔で彼女はじっと待ち続ける。まるで何かに怯えるように、小さく肩を震わせながら。

「あ、うん……、凄く……嬉しい。でも……」

 でも? でもって何だ? 俺は芹奈の事が好きだよな?

 なら、そう言えばいいじゃないか。俺も好きだって。明るくて、可愛くて、愛らしいあの笑顔を、ずっと守りたいって思ってたじゃないか。今、その笑顔を守る時なんじゃないのか?

「俺は……」

 見た目だって、性格だって、色々ドジな所も含めて、全部好きじゃないか。

「俺は……」

 他の誰よりも、お互いに幸せになれる。今までだって、ずっと幸せだった。


『二人とも三十路越えて結婚してなかったら、あたし達で結婚しちゃおっか?』


 そう、結婚の約束までしてたじゃないか。何も迷う事なんてないじゃないか。

「俺は……」

 なのに、俺は何を言い出しているんだろう?

「遠藤さんの事が……」

 俺は、……本当にバカなんだなぁ。

「好きなんだ。……ゴメン」


「……」


 どれだけの時間が流れているのだろう?

 今すぐ逃げ出したい沈黙が身体中にのしかかり、胸の奥を押し潰す。

「……やっぱりそうだよね~。親友だもん、考えてる事は大体分かっちゃうんだな~」

 彼女は半泣き状態で、精一杯強がって見せた。

 そして、何かを吹っ切るように深呼吸し、優しく、明るく、暖かく、こう続けた。

「じゃ、今日でお別れだね」

「……え? な、何が?」

 畳み掛けるような想定外に頭が麻痺し、条件反射のような言葉しか出てこなかった。

「そういう事だよ。だって、こんな気持ちをずっと抱えたまま傍に居たら、あたし辛すぎるもん。だから、……お別れ」

「ちょ、ちょっと待てよ、何でそうなっちゃうの? それとこれとは話が別だろ? そんな別れるとか、飛躍しすぎだって」

 彼女は、ふるふると頭を振る。泣き出しそうになるのを必死で堪えるように。

「だって親友なんだろ? だったら、ずっと傍に居なきゃ親友なんて呼べないじゃんか? そういうのは、付き合うとか別の話だろ?」

「……ダメ。芹奈はもう決めたの」

「だから俺の話を聞けって。少し時間をおいて落ち着けば大丈夫になるから、そんな早まるなって。な?」

 朦朧とする意識の中、藁を掴むように言葉を絞り出し、何とか繋ぎ止めようと必死になる。

「俺は、芹奈とずっと仲良く笑いあっていたいんだ。男とか女とか、そんな事関係無く。だから……」

「しまちゃん、何か凄い必死だね。ちょっと嬉しいかも」

「芹奈……」

「でもね、芹奈は今までずっとふらふら生きてきたから、しまちゃんの事だけは、真面目にぶつかりたいの。本気で好きになって、……本気で玉砕したいの」

「……」

「だから、これが芹奈のけじめ。中途半端な気持ちで好きになったんじゃないって事を、しまちゃんに知って欲しいから」

 涙で潤んだ瞳の奥に、何かを真剣に訴える彼女が見えた。それは、今まで一度も見た事が無かった、彼女の本気の眼。


 ……でも、俺は今、その始めて見せてくれた彼女の決意に対して、自分勝手な欲望を押しつけようとしていなかったか? 何かのゲームのように、夢のようなハーレム・エンドを想像していなかったか?

『可愛い可愛い芹奈を手元に置いておきながら、遠藤さんとも上手く付き合って、みんなで楽しく過ごしたい』

 そうやって都合良く何かに気付かないふりをして、エンディングのその向こうにある、自分以外が不幸になる未来へと進もうとしていなかったか?

 今、目の前で涙する女の子に、お前は何を求めていたんだ?

「そんな事……」

 やっぱり、お前は最低だ。


「そんな顔しないで、これでも芹奈はちょっと嬉しいんだから。こうやって少しでも必死になってくれたってだけでも、頑張った甲斐はあったんだもん。……だから、ね?」

 そう言って彼女は、そっと俺の頬に片手を添え、涙声で呟いた。

「ありがと。……ばいばい」


――――。


 あれからどれだけ時間が経ったのだろう?

 芹奈が玄関から出て行ってから、何も考えられずに、ただ立ち尽くしていた。扉の向こう側から聞こえ始めた、柔らかい雨音にも気付かずに。

「……どうして?」

 それから、やっとの事で出てきた言葉は、何に対するものかも分からない疑問符の塊だった。

 芹奈と会えなくなった事への疑問なのか、自分の馬鹿さ加減に対する疑問なのか。それとも、芹奈を傷つけてしまった事への後悔なのか。

「俺は……」


 ――ルルルルルッ。

 不意に耳に付く着信音。さっきから何かうるさかった気がしていたのは、これだったのか。

 ディスプレイに映し出された美空の名前に何かを思うでもなく、いつものように、機械的に通話ボタンを操作する。

「……はい」

「しまちゃんっ!? 凉子ちゃんどこ行ったか知らないっ!?」


 ……は?


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