気付かれていた想い
「ごめんね、いきなり呼び出しちゃって」
「ううん、大丈夫だよ。でも、今日は朝まで一緒に居たのに、晩ご飯も一緒だなんて、何かすっごいラブリーな感じだよね~」
あの後の電話で、駅前のファミレスで食事でもしようって話になって今に至るんだけど、そういえば凉子ちゃんと二人っきりになるのって、今まであんまり無かったっけ?
でも、ばっちりメイクもキメてきたし、そう簡単にやられたりしないんだから。
「ラブリー? そうだね、今からもっとラブリーな感じになるかもよ?」
「へ?」
どういう事? しまちゃんの話じゃないの?
「もーそろそろ着いてもいい頃なんだけどなぁ……」
着く?
「あ、渡部さーん、芹奈たーん、お待たせ~」
「来た来た。遅―いっ、待ちくたびれたぞー」
「はへ? 五十嵐ちゃん? 何で?」
ちょっと待って、これってどういう事? 何するつもり?
「なんかさ、五十嵐君が芹奈の事を気に入ってるみたいだから、色々チャンスがあった方がいいかなって思ってさ。芹奈だって今は彼氏いないよね?」
……そーゆー事。
ふーん、凉子ちゃんってば、そー来るんだ~。へ~。
あ、そう言えば、こういうのを何て言うんだっけ? 確かしまちゃんが教えてくれたような気がするけど、何だったっけ?
「えーと、馬子にも衣装?」
「え? 何が?」
「あっ、何でもない何でもない。で、凉子ちゃんの話って何だったの?」
「あたしの話はこれだよ。五十嵐君の事、どーかなー?って」
「あー、あははははは……」
お見合いおばさんかっ! てゆか、本人目の前にして何て言えばいいのよっ! 直球過ぎっ!
もー、こーなったら、目には目を、歯にはキシリトールを。……じゃなくて。
「そういえば、篠原ちゃんは凉子ちゃん狙いだったよね? 凉子ちゃんの方こそどうなの~? 実はもう付き合ってたりして~?」
「あたし? あたしは、ほら、あんまり付き合ったりとか興味ないしさ」
へぇぇぇ~、昨日のアレが今日のコレ? 良くそんな事が普通に言えるな~。ある意味ちょっと尊敬するかも。あたしはそんな女になんかなりたくないけどねっ。
「そうなんだー、凉子ちゃんは美人さんだから、勿体ないと思うけどな~。五十嵐ちゃんもそう思わない?」
上手く話を逸らしつつ、味方を増やすっ! 今日の芹奈、冴えてるっ! 伊達に大学で恋バナばっかりしてた訳じゃ無いんだからねっ!
「いやー、渡辺さんも芹奈たんも、すっごいレベル高いっすよ~。どっちも高嶺の花って感じっす」
ちがうっ、そこは篠原ちゃん押しだってばっ! 何で頬を赤らめてるのっ!?
「あたしは高嶺の花じゃないって。雑草雑草。五十嵐君もそんな遠慮してないで、もっと芹奈と話しないとだよ?」
うぉぉーっ、しまったーっ、話戻ってきたーっ! いやいやいや、芹奈、落ち着くのよ。ここで焦ったら負けなんだから、冷静に、冷静に。
「そんな芹奈の話ばっかりじゃなくて、凉子ちゃんの話だって聞きたいよねー?」
「ねー?」
もー、こーなったら、『彼氏いらないなら、しまちゃんもいらないよね?』って、はっきり言ってやるんだから。
「やっぱり芹奈はさ、五十嵐君みたいなタイプの人が一番相性良いよねー」
「って、凉子ちゃん、既読通り越して未読スルー?」
「あ、そうそう、間違っても島崎みたいなのには手を出しちゃダメだよ?」
「……え?」
「あいつちょっと優柔不断で落ち込みやすい所があるから、芹奈みたいに引っ張られないと歩けないような子は、相性最悪だしさー」
「……何? それって、どういう事?」
一瞬で凍った空気を察したのか、五十嵐ちゃんは引きつった顔で割って入ってくる。
「あ、そ、そうだ、渡辺さんも芹奈たんも、折角ご飯食べに来たんだから、何か注文しましょうよ? ね、ほら、メニューありますよ?」
でも、そんな気遣いの言葉が、あたしや凉子ちゃんの胸に届く事は無かった。
「しまちゃんが優柔不断? あたしが一人じゃ歩けない? 何それ? 凉子ちゃん、それってどういう事なのかな?」
「え、そのままの話だよ? 島崎と芹奈は合わないって話。誰が見たってそうじゃん?」
「……何で、そんな事言うの?」
「だから、芹奈には五十嵐君がぴったりなんだって。間違いないから」
「……」
「そうだ、折角だから今から付き合っちゃえば? うん、それがいいよ。五十嵐君もさ、この後は芹奈の事を送っていってあげてよ。何なら、送り狼してもいいし~? あははは」
「……ふざけないでよ。凉子ちゃんに何が分かるの? あたしがどれだけ乗り越えてきたのか知らないくせに。……しまちゃんが……どれだけ辛い思いをしてきたのか、知ろうともしないくせに」
優柔不断? 落ち込みやすい? 凉子ちゃんは知らないんだ、何でしまちゃんがあんな事になってたのか。やった事は褒められたような事じゃないけど、それでも頑張って、あんな死にそうな顔までして、やっとけじめをつけたのに。
それを――
「凉子ちゃんの方こそ、しまちゃんとは合わないと思うよ。……五十嵐ちゃん、帰ろう?」
――――。
しまちゃんがさっちゃんと別れてから、本当の事をあたしに話した事は一度も無かった。
それはそれで凄く寂しかったけど、でも、あたしは親友だから、しまちゃんが隠していた色々な気持ちには薄々気が付いていた。しまちゃんが昔、あゆちゃんの事を好きだった事も知っているし、さっちゃんの事を大事に想っていた事も知っている。だから、それがどれだけ辛かったか、聞かなくったって分かる。
あたしは親友だから。
……なのに、なのに、なのに。
「凉子ちゃんのばかーっ!」
「おぁっ!? びっくりしたっ!」
「あ、ごめん……」
流れる街の明かりにうっすらと、五十嵐ちゃんのびっくりした顔が浮かび上がる。楽しそうに煌めく看板とは正反対の、不安がいっぱいに詰まった顔。
「あ、いや、こっちこそゴメン。何か自分のせいで喧嘩させちゃったみたいで」
結局、帰りは五十嵐ちゃんの車で送って貰う事にした。一人でいたら、泣き崩れて帰れなさそうだったから。
「ううん、そんな事無い。五十嵐ちゃん達は全然関係無くって、全部こっちの話だから、あんまり気にしないでね? それより、今日もわざわざ遠回りしてくれて、ありがと」
「車なんだから、これくらい普通に平気だよ」
「うん、でも、やっぱりありがとね。凄く助かったもん。……あ、そうだ、今日の話は全部内緒だよ? しまちゃんとかに話しちゃダメだからね?」
「うん、分かった。……でもさ、何かあったら、何でもいいから相談して欲しいな。何でも聞くから。……何なら、島崎の裏話とかも色々教えちゃうし? あははは」
ほんの少しだけ見えた、寂しそうな顔。そう言えば、あたしも昔、こんな顔してたような気がするな。触れられないのに、一番近い場所で過ごしていた日々。
もしかしたら、あたし達って似てるのかも知れないね?
「裏話っ!? 聞きたい聞きたいっ! ……あ、でも、折角だから今は別の相談にしよっかな?」
「別の?」
「うん、あのね……」
いつか壊れる物だってある。
でも、新しく作れる物だってある。
だから――
「コスプレだけって言っときながら、いきなりエッチな事とかされないよね?」
「……へ?」




