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彼女の傷痕

「それじゃ、次の撮影の日時が確定したら再度ご連絡しますので、あんまり難しい事は考えずに、気楽に遊びに来てくださいね。それではまた」


 あー、結局、断り切れなかった~。別にコスプレとか嫌いじゃないし、昨日のイベントも楽しかったけど、でも、やっぱりこれはしまちゃんに見て貰いたいのが一番で、誰にでもって訳じゃ……。

「あ、でも、雑誌とかに載ったら喜んでくれるかな?」

 んで、『芹奈すげーじゃん!』とか言って、しまちゃんは芹奈の事をみんなに自慢するの。でも、芹奈は段々とみんなのアイドルになっていって、しまちゃんとは住む世界が変わっていって……。

『しまちゃん、ごめんね。芹奈はみんなの芹奈だから、しまちゃんとは付き合えなくなっちゃったんだ。残念だけど』

『芹奈、お前はみんなの物なんかじゃない。……お前は、俺だけの物だっ!』

『しまちゃん、嬉しいっ! でも、本当に芹奈なんかでいいの?』

『当たり前だろ、俺にはお前しかいないんだから。さぁ、マスコミの前で婚約会見しなくちゃな』

『しまちゃん、あたし、婚約指輪をこうやって見せるの、夢だったんだっ』

『あぁ、全国ネットで見せつけてやれ』

『うん、芹奈は今、世界で一番幸せだよっ』

『あははははっ』

『うふふふふっ』


「……って、きゃーっ! いやーっ! 中学生かーっ!」

 思わず枕抱えて、ゴロゴロ、ゴロゴロ、ベッドの上でバカみたいに転げ回るあたし。

「はぁぁぁ~、もぉ~」

 でも、彼女がアイドルだなんて、男の子にしてみたら夢のような話だよね? アニメとかでも良くあるし、それに、いろんなシチュエーションを考えるだけでも萌えるよね? ライブ終わってからのデートとか~、テレビ出演中に秘密のサインを出したりとか~、もー、や~ん。

「……はっ!? もしかして、これが人生の分岐点って奴っ!? よーし、しまちゃん、芹奈がんばるからねっ!」

 何かやる気湧いてきたぞ~、これで成功すれば、就職の事とかも大丈夫になるんだし、一石二鳥って奴だよね?


 ……そう言えば、しまちゃんはもう忘れちゃったかな、あの時の約束の事。芹奈は今でもずっと覚えてるんだけどな~。


――――。


 高校を卒業して、何となく大学に入ってはみたけど、勉強の事は良く分からないし、この先、どこに就職したいかも決まらない。就職難でみんな大変って言ってるから、芹奈も考えないとなーって思ったけど、大学でいっぱい友達出来たし、色々遊ぶ事の方が楽しいしって、結局何も考えてなかった。

 だって、小さい頃から何もしなくたって何とかなってきたんだから、これからだって何とかなるもの。

「それなら、今を楽しんだ方が得じゃん? だって、後は何とかなるんだもん」

「いやまぁ、それはそうかも知れないけどさぁ……」

「ん?」

「それなら、このレポートの山については、一体どう何とかなるの?」

「だって酷くない? 先生ったらさ、『安藤さんのレポートはちょっと論点がズレてるから、もう一回良く考えて書き直してきて』って言うんだよ? しかも色んな先生が」

「それにしたって、書き直すだけなら、ここまで山のようにはならないよね?」

「だって、芹奈はちゃんとレポート書いて提出したもん。書き直す必要ないもん。……だから、ずっとそのままにしてたんだけど、そしたら、とうとう先生キレちゃって……」

「……過去分も明日までに全部再提出、って事になった訳?」

「うん」

「で、これを手伝えと?」

「うんっ。ちゃんと友達のレポート借りてきたから、書き方変えて写すだけで大丈夫だし、後でお礼もするから、しまちゃんお願いっ」

「えー、こういうのはさっちゃんや美空の方が得意なんじゃないの?」

「だって、二人とも自分でやりなさいって言うんだもん。あゆちゃんや凉子ちゃんは絶対嫌って言うし」

「じゃあ、俺も嫌……」

「でも、しまちゃんは嫌なんて言わないよねっ!? 親友なんだからっ!」

「……こういう時ばっかり親友って」

「何か言った?」

「がんばります」


――――。


「ふぁぁ~、これでやっと半分。って、もう一二時? 明日も仕事なんだけどなぁ」

「むー、ごめんね?」

「いいよ。後半分だから、もう少しがんばろっか」

 大学に友達はいっぱいいるけど、こういう頼み事が出来るような人って言うと、途端に少なくなるような気がする。仲は良いけど、そこまでじゃないっていうか、役割が違うっていうか。

「……ねぇ、しまちゃんは何でこんなに手伝ってくれるの?」

「手伝えって言ったのは芹奈じゃん」

「そうじゃなくって、何でそんなに真面目に手伝ってくれるの?って」

 もし、大学の友達に頼んでたら、こんなにあたしの為に頑張ってくれたのかな?

「だって、終わらなかったら大変だし」

 あたしは大変だけど、しまちゃんは大変じゃないよ?

「それに、まぁ、こういう単純作業も嫌いじゃないしね~」

 嘘つき。単純作業してるとすぐ眠くなるくせに。


「……あ、そだ、すっかり忘れてたんだけど、実は芹奈、また別れちゃいました~」

「また~? これで七人目じゃん」

「違うよ、六人目だよ。この前の人は付き合ってないもん。食事に行っただけ」

「それにしたって多すぎじゃない? もうちょっと落ち着いて選んだら?」

「違うもん、付き合った時は本当に好きだったんだもん。……ただ、何かその後が続かないっていうか、何か違ったっていうか」

「何だかな~。もうちょとさ、付き合う前に『この人と結婚できるかどうか?』って考えてみたら? そしたら、そんな理由で別れなくて済むかもよ?」

「結婚?」

「そ。一緒に暮らせるかな~とか、趣味とか好みとかで喧嘩しないかな~、なんて考えながら話してみたら、案外失敗しないかもよ?」

「なるほろ。じゃぁ、しまちゃんはさっちゃんと結婚する予定な訳だ?」

「あー、いや、そっちはまだそこまでじゃ……」

 しまちゃんってば、昔から結婚したくないって言い張ってたけど、まだ続いてるんだ。

「そっか~。芹奈も結婚なんて出来るのかな~?」

「出来るでしょ。芹奈は可愛いんだから、好きに選び放題だし」

「でも、こうやってすぐに別れてるよ?」

「むぅ」

「あ、そしたらさ、二人とも三十路越えて結婚してなかったら、あたし達で結婚しちゃおっか?」

「あはは、それもいいね。老後に一人っきりってのも寂しいし、結婚してなかったらね」

「よしっ、約束だよ? さーて、じゃー残りもがんばろ~」

「あぁぁ、そうだ、まだ終わってなかったんだ。は~、ショックで目の前が真っ暗になったよ……」

「しまちゃんっ、真っ暗じゃなくて、寝てる寝てるっ! まだ終わってないんだから、寝ちゃだめだってばっ!」


――――。


「芹奈の為に頑張ってくれたしまちゃん、かっこよかったな~」

 結局最後はへろへろになって会社へ出かけていったけど、そこまでしてくれたんだって思うと、すっごい嬉しかった。

 今まで知り合った男の人は、みんな『可愛い』っていっぱい褒めてくれるけど、何かよそよそしいっていうか、線引かれてるっていうか、そんな感じばっかりだったから、しまちゃんみたいに普通に喋ってくれて、知らない事を色々教えてくれたり、相談に乗ってくれたり、一生懸命助けてくれたりっていうのが、本当に嬉しかった。

 だから、しまちゃんみたいな彼氏作るんだって、頑張ったんだけどな。

「やっぱり、誰かの代わりじゃダメだよね」

 だから、もう、代わりなんていらない。さっちゃんとも終わったんだから、もう遠慮しなくていいんだもん。

「……別れて泣くのは、もう嫌だもん」


 いくら代わりだって言ったって、その時は好きになって付き合って、一生懸命幸せになろうって頑張った。彼の好みに合わせた服を選んだり、彼の趣味を好きになったり、少しでも一緒に居られるように時間を作ったりもしたけど、どうしても何かが上手くいかなかった。

 結局、最後は浮気だったり、連絡取れなくなったりで別れちゃうのは、なんでだろうね? しまちゃんは、『彼氏に見る目が無かったんだよ』って言ってくれるんだけどさ。


 でも、それはまた後で。今は、やれる事を頑張らなくっちゃ。


「よーし、今日は焼きそば練習するぞっ! この前の関西風トムヤムクン焼きそばは不評だったから、次はアルゼンチン風甘辛明太味噌焼きそばにチャレンジだっ! やっぱり料理は隠し味が大事だよね~。って、そう言えば材料って何かあったかな?」

 気持ちを切り替えて台所に立ち、大きな冷蔵庫の扉を開けると、そこには見た事の無い食材が山のように詰め込まれていた。

「お母さんってば、まーたこんなに不思議なの買ってきて~。……でも、折角だからちょっと試してみよっかな。やっぱり料理はチャレンジだよねっ」


 ――使う食材を冷蔵庫から引っ張り出していると、携帯にメールが届いた。

 差出人は凉子ちゃん。いつものポップなメールとは明らかに違う、文字だけの地味で事務的な文章。たったそれだけで、あたしの中の得体の知れない不安感が膨れあがる。


『今から会えない?』


「……、これが、正念場って奴かな?」


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