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初めての人

 あたしが島崎と仲良くなったのって、いつだったっけ? 初めて会ったのが咲樹の彼氏の友達って所だったから、その後の……、高三の春ぐらいだったかなぁ?

 まぁ、あたしもそんなに友達多い方じゃなかったし、咲樹が彼氏と忙しい時の暇つぶし相手には、丁度良かったんだよねぇ。


――――。


「おーい、島崎―、放課後どっか遊びに行こうぜー」

「あ、いや、俺はいいよ。帰って見たいテレビあるし」

「何言ってんだよ、どうせ全部録画してあるんだろ? ほら、美空も待ってるんだから、早く行くぞ」

「えぇぇぇ?」

「文句言わないっ。キビキビ歩くっ」

 周りからはそう思われてなかったけど、男子と仲良くなった事なんて、実はほとんどなかった。ガサツな言葉遣いだけで皆は勝手に想像して、あたしをそういう人だって決めつけていた。

『渡部さんって、男友達多そうだよね~』とかとか。友達どころか、ろくに喋った事だって無いってのに。

 ……でも、だから、ちょっと嬉しかった。

 初めてそういう男友達が出来て、ドラマに出てくるようなセリフが言えた日、胸の辺りが締め付けられるような、くすぐったいような、そんな嬉しさで顔を真っ赤にして喜んだ事を覚えている。

 勿論、そんな事は内緒。

「渡部は、もー少しおしとやかになった方が良いと思うなぁ」

「うるさい。それより、島崎はもー少しイケメンになった方が良いんじゃないか? 不細工なんだから」

 平然とした顔で胸の内を隠しながら、わざと悪態をつく。

「誰が不細工だっ!」

 そして、返ってくるセリフや仕草の一つ一つに、その態度とは裏腹の感情を抱く日々。あたしにとっての、小さな秘密の幸せが詰まった日常。


――――。


 そんな毎日をだらだら過ごしていたあたしは、ある日、高校最後の夏休みを過ごしている事に気が付いた。勿論、だらだらと。

「これが最後の夏休みかぁ……」

 そう思うと、何故か焦燥感で胸が一杯になる。

 何か人生に目標がある訳でも無く、将来やりたい仕事も決まってない、そんな漠然とした不安も手伝って、『何かしなくちゃ』という焦る気持ちが溢れかえり、無意味に自分を締め付けていたのだ。

 でも、何かしたってどうせ何も変わらない、そう思っている自分もここにいる。今までだって、ずっとそうだったんだから。

「でも、女の子らしい事……、してみたいかな」

 ちゃんとメイクして、可愛い服着て……、は、持ってないな。あ、でも、美空に選んで貰ったキレイめの服があるから、アレを着ていこう。

 そして――。

「……思いつくのは、やっぱ島崎ぐらいか」

 まぁ、デートとかじゃなくて、ちょっと二人で出かけるくらいなら、全然いつも通りだよね?

 あ、そうだ、確か美空は家族で旅行行くとか言ってたんだから、アリバイ完璧じゃん。

『美空が居なくて暇でさ~』とか、『美空の代わりに付き合えよ』とかとか。

「あ、『付き合え』はダメだよね。勘違いされちゃうかもだし」

 って、そんな妄想してどうする。はずかし。別にそんな事関係無いじゃん、ちょっと出かけるだけじゃん。

 でも、うーん、でも、何かこう、もうちょっとそれっぽい理由ないかなぁ……。こう、ビシッと誘えて、変に疑われないような、何かこう……。

「あ、そういや今日って、花火大会じゃなかったっけ?」

 そうだよ、これがあったじゃん。これなら『花火見に行こうぜ~』で、気軽に誘えるじゃん。あたし冴えてる~っ。


――――。


「花火? いいよ。俺もたまには外に出ないとだしさ~」

「島崎、引きこもりは頭に良くないぞ?」

「……頭じゃなくて、体だろ?」


 そんなこんなで、何とかデート……じゃなくて、花火に行ける事になった。

 島崎はどうだか分からないけど、あたしにとっては初めてのデート……じゃなくて、初めての男子と二人だけのお出かけ。

「あ、そうか、二人だけって初めてなんだ」

 一度そう思っちゃうと、なんか、もー、どうしようもなかった。ウルサイくらいの胸のドキドキに、激しく震える手元。メイク中なのに、どうしても上手くラインが引けなくなって、何度も何度も深呼吸する。

「落ち着け、あたし。ちょっと遊びに行くだけだなんだから」

 でも、そう思った所で落ち着く訳も無く。

「あぁぁっ、やっちゃったよ……」


 結局、待ち合わせ場所には、三十分ほど遅刻した。


――――。


「いやー、凄い人だなぁ。こんな人混み久しぶりだよ」

「島崎はもう少し人波に揉まれた方がいいぞ。色んな意味で」

「別にインドア派だっていいじゃん、誰にも迷惑掛けてないんだし。それより、花火って言ったら浴衣じゃないの?」

「そんな物は持ってませーん。そういうのが見たいなら、そういう子を探したら~?」

 ……なんかちょっとムカツク。

「見たい訳じゃないけど、そういう渡部って見た事無かったから、そっちもちょっと期待したりしてたんだけどな~」

「残念でした~」

 ……期待、してたんだ。

「お、あの辺りとか丁度良くない?」

「あ、いいんじゃない?」

 あまり人が多くなく、花火をゆっくりと見ていられそうな場所を見つけ、腰を落ち着ける。

 寄り添ってる訳じゃ無いけれど、何かこう、並んで座っている景色が、……何だか、本当に恋人同士みたいに思えた。

「そうだ、渡部は何食べたい? 折角だから奢ってやるよ」

「え、あ、そうだな~、やっぱりお祭りって言ったら、焼きそばかな?」

「ん、わかった。ちょっと行ってくるから、少し待ってて」

「ああぁっ、ついでにリンゴ飴もっ!」

「お? リンゴ飴ね。んじゃ、行ってくる」

 ……なんだこれ? なんか嬉しいぞ?


 ――ソースの香りを漂わせて帰ってきた島崎と並んで、夜空に咲く綺麗な花火を眺め続けた。

 リクエスト通りの焼きそばと、島崎の分のたこ焼き、お互いの食べ物を交互に摘まみながら、弾ける花火の轟音と、屋台の発電機のエンジン音に包まれて、二人とも言葉無く空を見上げ続けた。

 あたしの人生で、初めてのデート。

 そして、……最後のデート。


――――。


 それから一年後、島崎は咲樹と付き合い始めた。

『あいつらなら、きっと仲良くやっていける』、皆がそう思っていたし、あたしもそう思っていた。

 咲樹の辛い別れを知っていたから、次こそは幸せになって欲しいと、皆がそう願っていた。

 あたしだって、……そう願っていた。


 でも、どうしてあの日、あたしは告白しなかったんだろう。どうしてあの時、島崎の腕に寄り添わなかったんだろう。

 後悔とか、無念とか、そういう言葉じゃ表せない。

 あたしは、あの時、……人生最大の失敗をしたんだ。

 花火を見終わって立ち上がろうとした島崎の腕を掴み、一言口に出せさえすれば、こんな事にはならなかった。


 ――だから、もうあの時みたいに、毎晩一人で泣き続ける事なんてしない。今度こそ、絶対に間違ったりしない。


「島崎―っ、居るんだろーっ?」


 今度こそ、絶対に、……誰にも邪魔なんかさせない。


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