祭りの後は
「……え? あの、どういう事ですか?」
「島崎と付き合う気はあるのかなって思っただけですよ」
「ちょっ、渡部、おま、何言って――」
「気があるなら、こんな奴で悪いんですけど、付き合ってあげてくださいよ」
「はぁっ?!」
「……いえ、島崎さんとはお友達なので、そういう……、付き合ったりとかはしないです」
それはもう、廊下ですれ違う時と同じ冷たい顔のまま、彼女はそう、……言い切った。
「……」
「そっか、残念だったな島崎。すみませんね、遠藤さん。いきなり変な事聞いちゃって」
「いえ、別に……」
あんなに傍に居られたのに、あんなに一つでいられたのに、……あんなに、二人を幸せが包んでいると思っていたのに。
やっぱりあれは、ただの火遊びだったって事なのか。
「しまちゃん、そんな顔しないっ! ほらほら、エロ可愛い芹奈の事見て元気出してっ、ね?」
「……あ、あぁ、……いや、何でも無いから。ちょっと考え事してただけだよ」
「……しまちゃん……」
「……」
――――。
その後、イベント会場は何事も無く閉幕した。
三人娘に加えて先輩や遠藤さんも、それなりに楽しそうに過ごしていたみたいだったし、篠原や五十嵐に至っては、それはもうアクセル全開の一日だった。
そんな中、俺はと言えば、遠藤さんの言葉がショックだったのか、正直、何をどうして過ごしていたのか、あまり良く覚えていなかった。何となく、芹奈のマネージャー的な事をしていたような気もするけど……。
「しまちゃん、楽しかったね~」
「そうだな」
どうして俺は、何でこんな気持ちになっているのだろう?
そんな、自分でも何だか良く分からない疑問に悩んでいると、突然、篠原が大きく声を張り上げた。
「はーい、みんな注目~。折角なので、この後は島崎の家で打ち上げをしようと思うんだけど、この後の予定って大丈夫かな?」
「あ、いいね~。それじゃ折角だから、ホットプレートでご飯作りながら飲もっか?」
「そしたら芹奈も焼きそば作る~」
「先輩さんや遠藤さんも大丈夫ですよね?」
「お? もしや島崎君のお部屋初訪問? ふっふっふっ、トレジャーハンターの血が騒ぐぜ」
「先輩殿、島崎の部屋のお宝は、既に我々が探索済みでありますっ」
「うむ、そうか。では、後程ゆっくりと……」
「無いからっ、お宝なんて無いからっ!」
……先に帰って証拠隠滅する。奴らには何も渡さん。
「で、遠藤さんも予定とか無いですよね?」
「え、でも……」
「気にしないで大丈夫ですよ。島崎の家はみんなの溜まり場ですから」
「溜まり場……なんですか?」
「今は大抵うちら三人が晩飯食いに入り浸ってますしね~」
「そうなんですか。……それじゃ折角だから、ちょっとお邪魔しようかな」
「どうぞどうぞ。ゆっくりして行ってくださいよ」
――――。
痛々しい三台が連なってスーパーへ立ち寄り、しこたま食材と酒を買い込むと、そのまま皆でアパートへ。
「よーし野郎共、お宝をここへ持ってこいっ!」
「イエッサーッ」
「何してんだバカーっ!」
そして健闘空しく、お宝は先輩の手中へと落ちるのだった――。
「っつーか、こんなに人口密度が高くなったのって、初めてだなぁ」
「そーねー、さっちゃんやあゆちゃんが居た頃でも、こんなにはならなかったね」
狭い台所で料理の下準備を進める美空と俺、お宝に群がる先輩と芹奈と手下二名、一人ぽつんと部屋を眺める遠藤さん、それぞれが思い思いに何かをしている。
そういえば、これも又、いつもの光景だったような気がするな。
しかし遠藤さんは、どうしてここまで付いてきたんだろう? 昼間の言葉のように、やっぱり『友達』だからなのか? 『友達』だから、何の気も無く遊びに来たんだろうか?
それが、自分が袖にした男の家だったとしても?
……訳が分からない。
「……しまちゃん」
「あ、え?」
気が付くと、隣にいた美空が俺の事を見つめていた。寂しそうな、切なそうな、そんな瞳で。
「あ、何? 何か言った?」
「……ううん、何でも無い」
「……?」
「おーい、島崎―、アレってどこにしまったっけ?」
「アレって、ホットプレートか? 確かそこの棚の横に置いてなかったか?」
「あぁ、あったあった」
何だ? 渡部が自分から手伝うなんて珍しいな。
「そう言えば、あの大きい皿は?」
「あー、それならこっちの棚の……」
でも何か、違和感のようなものが引っかかる。
「じゃ、こっちは洗っとくから材料の方は任せたぞ~」
「手伝いなんて今日は珍しいな。雪でも降らす気か?」
「何言ってんだよ、たまにはやってたろ?」
「そうだっけ?」
「そうだよ。見てなかったのか? 酷い奴だな~」
「……?」
――――。
「いただきまーすっ!」
今日は芹奈の焼きそば作りたいという主張が通った為、それをベースに、お好み焼きともんじゃを各人が好き勝手作って食べるという形になった。皆、思い思いに買ってきた材料でホットプレートに自分の陣地を築いていき、そこへ芹奈の焼きそばを投入するという算段だ。
しかし、そんな楽しい雰囲気を一瞬で吹き飛ばすかのように、何故か芹奈の手元には、見慣れない不気味な材料がスタンバっているような気がした。
確か、俺達と一緒にスーパーで買ってきた食材だったハズ……なのに、何だろう? この衝撃の破壊力。
「しーまちゃん。芹奈、一生懸命作るからねっ!」
「う、……うん」
焦るな、もしかしたら、どこかの郷土料理かもしれないじゃないか。そ、そうだ、確か芹奈は練習したって言ってたハズ。そう、あれはお母さんから教わった、田舎のご当地焼きそばなんだ。そうに決まっている。
「この前二回も作ったんだから、今日はばっちり大丈夫だよ~。隠し味もいっぱい用意したし」
……どういう事だ? 日本語が良く分からないぞ? 隠し味がいっぱいって何だ?
「……い、いいか、篠原、五十嵐? 俺は勿体ない事が大嫌いだ。だから、俺も全力で行くから、お前らも全力で何とかしろよ?」
「お……、おぅ」
「……俺、この戦いが終わったら、田舎に帰って結婚するんだ」
「あぁ、そうだな。みんなで、生きて帰らなくちゃな」
「はい、出来たよ~。沢山作ったから、いっぱい食べてねっ」
出来上がった焼きそばを嬉しそうに取り分けていく芹奈。それはもう、本当に嬉しそうに。
だが、そこから発せられている香りは、焼きそばのそれとは到底思えなかった。……そう、それは、異世界の甘美なる芳香。意識が朦朧とする程の、危険なメッセージ。
「はぇぁぁぁ(×3)」
……その後、その時に自分達が何を食べていたのか、思い出す事は二度となかった。
――――。
そんなホットプレート戦争が一段落する頃には、皆、良い感じのほろ酔い状態が出来上がっていた。
篠原や五十嵐も顔を真っ赤にし、遠藤さんも、昼間より打ち解けた感じの表情になっていた。
……何故か先輩だけは、全然顔色が変わっていないような気もするけど。
「島崎君、お酒が無いようだね?」
「そうですねぇ、半分以上は先輩が飲んだような気がしましたが」
「で?」
「何です?」
「じゃ、いいよね?」
「……、そこの角を曲がった所にコンビニがあります」
「よっしゃーっ! 野郎共、突撃だーっ!」
「了解でありますっ!(×2)」
意味の分からないやり取りも、酔っ払い相手なら仕方の無い事。ま、後でネタにしよう。
――――。
「島崎、ぼーっとしてないでこっちも食べなよ。ほら、取ってやるから皿出して」
「あ、……あぁ」
少し静かになった部屋で、渡部は見た事の無い明るさで話しかけてきた。
しかし、取り分けるって……。
「なぁ、渡部。どうしたんだ今日は? 今までそんな事全然してなかったのに、何で突然」
「何言ってんだよ。お前の世話はあたしが焼いてやるから、心配するなって」
世話? 焼く?
「そういや昔、二人で花火見に行ったじゃん? あれ、楽しかったよな~」
「……あ、あぁ、そういやそんな事もあったな」
何で今、そんな話?
「やっぱさ、あたし達って昔から気が合うよな。なんか、こー、波長が一緒っていうか」
何が?
「あたし達って相性良いからさ、結婚したら絶対離婚しないよな~」
「は……?」
「ただ、ちょっとあたし料理得意じゃないからさ、そっちは島崎に頼っちゃうかもだけど、逆に丁度良いよね。それにさ――」
背筋が寒くなった。
気が付けば、渡部の目はどこか虚ろで、俺ではない何かを見ているようだった。
――そう、俺では無い、俺の後ろにある何かを。
「多分ね、島崎はあたしじゃなきゃダメなんだよ。絶対にそう」
正直、恐怖で何も言葉が出なかった。
痴漢やストーカー被害に遭った女性が、何も出来ずに腰が抜けてしまうような、そんな恐怖とでも言うのだろうか?
とにかく、目の前にいる渡部が、……渡部の笑顔が、本当に怖かった。
「あ、そうだ、今日は二人仲良くベッドで寝る? 大丈夫、みんな居たって平気だって」
……襲われそうになる女の人は、こんな気持ちになるのだろうか。




