お祭り
「しまちゃん、凄いねー。芹奈は何だかアイドルになった気分だよ」
「確かに」
イベント会場に到着した俺達は、プチ痛車と化した俺の愛車と、それ以上に痛い五十嵐の愛車、それぞれを並べて展示した。すると、行く人来る人、俺達の車に興味津々で話しかけてきたのだ。
「あの、これ、何のキャラなんですか?」
「あ、オリジナルなんです。あの子がモデルなんですよ」
「おぉー、マジっすかー。あの、写真撮らせて貰ってもいいですか?」
「いいですよ。おーい、芹奈―、写真撮りたいってー」
「はーいっ。どうぞっ!」
「おおぅ、芹奈たん、かわゆすっ! こっち目線くださーい」
「にゃんっ! きらーんっ!」
と、いう、やり取りを、既に何十回繰り返しただろうか。俺の痛痒くなってしまった愛車と、エロ可愛い芹奈目当てに、それはもう、尽きる事の無い人の波が押し寄せてきていたのだ。
しかし、この炎天下の中で同じ説明を繰り返すというのは、以外と疲れるもんだなぁ。イベントコンパニオンとか、色々大変そうだ。
「しまちゃん、何か楽しいねーっ」
……当の本人は何やら喜んでますが。
渡部との確執は、ここへ向かう前に解消した。俺と芹奈が謝って、美空に促された渡部も謝って、それで一件落着。
気が付けば、二人はちょっとぎこちない笑顔を交わすまでに仲直りしていた。
……でも俺には、渡部の笑顔の奥に、何か暗い影が見えるような気もしていた。それが何なのか、何とも言えないのだが。
「芹奈たーんっ! もー最高―っ! もーちょっと胸寄せてーっ!」
「出たな、変態五十嵐。っつーか、楽しそうだな、おいコラ」
「えーと、こんな感じ?」
「……芹奈も言う事聞かなくていいから」
――――。
「しかし五十嵐、よくこんなエロい車に乗ってこれたよな~」
俺の車のステッカーとは又違う、……というか、レベルの違うスケールのラッピングには、別バージョンの芹奈が描かれていた。
それはもう、俺の方とは比較にならないエロさで。
「何言ってんだよ。俺の嫁なんだから、全然恥ずかしくないし。というか、見せたい?」
「誰の嫁だコラ。そういや、美空も渡部も、よくこれに乗る気になったよな~」
「平気平気。だって、後ろの席はスモークで見えないもん」
「まぁ、あたしはそんなの気にしないし」
「……渡部、顔赤いぞ」
たまにはドライブでも、という事で、二人は五十嵐の車に、芹奈は俺の車に同乗し、このイベント会場までやってきていた。
あまりこういうアニメやマンガとかに縁の無い二人だったが、お祭りのような雰囲気が気に入ったのか、そこそこ楽しそうに散策しているように見えた。
興味が無いんじゃ可愛そうかな? とも思ったけど、少しでも楽しめたのなら、連れてきて良かったのかも。
「あれ? そういや篠原はまだ着いてないのか?」
篠原は別の友達を連れてくるという事で、現地集合になっていた。待ち合わせの時間はとっくに過ぎているから、もうそろそろ着いてもいい頃なんだけど……。
「あ、篠原ちゃん来たみたいだよ?」
「ん? 来た? ……って、あれは一体……何?」
それは、何と表現したら良いのだろう? 五十嵐の車に勝るとも劣らない、いや、別にどっちが勝ってもいいけど、とにかく激しく萌えた車がゆっくりと近づいてきていた。
キラキラと輝く、満面の笑みに包まれた篠原君を乗せて。
「あははは~、ごめんごめん、遅くなっちゃって。途中でサービスエリアに寄ったら、何でか人だかりが出来ちゃってさ~」
「……そうだろうなぁ。っていうか、警察の人だかりが出来なくて良かったな」
「なんで?」
「公然猥褻」
「何おう!? この可愛い芹奈たんのどこが卑猥だというのだっ!」
「いや、もう、全般的に卑猥だと思うんですが」
「ふぅ、分かってないな~。島崎、これは芸術なんだぞ? そう、絵画とエロ本ぐらい違う物なんだ。それが公然猥褻だなんて、全くお前って奴は。……ぷっ」
「……そうですか。色々有り難うございました」
「そーだぞー、島崎の車だって立派にエロいんだから、人の事言えないぞー」
突然、篠原の後ろから女の人が顔を出した。それは、見覚えのある――
「せ、先輩!? 何でここに?」
「篠原に誘われたから来てみた。まぁ、可愛い後輩の頼みだし~」
「……暇だったんですね」
「暇じゃないっ! ちゃんとわざわざスケジュール空けたんだからねっ!」
「はいはい」
「それに、他にも理由があるの。……じゃーんっ!」
先輩は突然横に飛び退き、後ろにいた人へと手を差し伸べる。
それは、やっぱり見覚えのある――
「……遠藤さん、……何で」
「ごめんなさい。二人に誘われて来てみたんだけど、島崎さんが居るなんて聞いてなくて……」
「いや、謝る必要なんてないけど……。あ、じゃなくて、来てくれて全然嬉しいしさ、折角なんだから、……そんな顔しないでよ」
「……うん」
彼女はそう言って、又、そっと目線を地に落とした。
「……」
「……ちょいちょいっ」
何故か俺に向かって、こそこそと手招きする篠原。
「おい、何だこれ? どういう事だ?」
「いやー、遠藤さんを誘ったんだけど、何かあんまり乗り気じゃなさそうだったから、先輩にも手伝って貰ったのさ。どうよ? このサプライズ」
「お前の行動力って凄かったんだな。ある意味、尊敬するよ。……そしてちょっと嬉しいかも」
「よし。そういう事で後は任せた。俺はこれから痛車ライフを凉子ちゃんとエンジョイするから、後は好きにするがいい」
「エンジョイって……」
「しーまーちゃん。ね? 知り合いの人? 紹介してよ」
「あ、あぁ。えーと、会社の先輩と、同僚の遠藤さん」
「遠藤さん? もしかして、前に話してた人?」
「あ、うん、まぁ、そんな感じ」
「ふーん……」
う、ちょっと胸が痛い……。
「あー、で、こっちは俺の友達のですね――」
気を反らそうとしている訳じゃないけど、先輩と遠藤さんにも紹介しないとね。そうそう、紹介紹介。
「はぃっ! しまちゃんの心の友、安藤 芹奈だよっ」
「しまちゃんの保護者の鈴木 美空ですっ」
「島崎の飼い主の渡部です」
「……お前ら、それって定番ネタなのか?」
「初めまして、遠藤 佳奈です」
「はい、よろしく~。先輩って言っても、そんなに歳は変わらないから、タメ口でいいよん」
……みんな、何で普通にスルーしてるの?
「ていうか、なぁ篠原、そういや先輩っていくつだったっけ?」
「いやぁ、実は俺も知らないんだよね。五十嵐は知ってる?」
「知らない」
「だよね。でも、『そんなに』ってレベルじゃ無かった気もしたんだけどなぁ……」
「はいはい、君達~、何の話をしてるのかなぁ?」
「あはは、何でもないですよ。ちょっと車の話をしてただけですって」
「そうだよね~? 何でもないよね~?」
「何でも無いですっ!(×3)」
――――。
しかし、芹奈の気持ちを知ってしまった今、遠藤さんへの態度はどうすればいいんだろう?
それに、芹奈の気持ちは「そういう気がする」ってだけで、実際に何かを言われた訳じゃ無い。
そんな状態で、こっちから何か言う訳にもいかないし、もし何か口走って自意識過剰だなんて言われた日には、当分立ち直れないしなぁ……。
「……遠藤さんって、島崎の事、好きなんですか?」
……は?




