ズレていく景色
「しっまちゃーん、ご飯食べに来たよーっ!」
勢いよく開かれる玄関、何の迷いも無い、明るいテンションの彼女。
「あ……、あぁ、芹奈も来たのか」
「うんっ、……って、どしたの?」
台所から漂う、食欲を湧き起こす香りと、山のような買い物袋、そして、……微妙な空気の、渡部と美空。
いくら脳天気な芹奈でも気付くだろう。
「あ~、まぁ、なんだ。何か二人とも晩ご飯作ろうとして、かち合っちゃったっていうか、同じ料理だったっていうか、……まぁ、ちょーっと失敗したな~っていうか。あはは」
「……あ~」
いつもとは違う光景に、彼女は何かを察したのか。
「そっ……か~、でもそんなの仕方ないよっ。たまにはそういう事だってあるよね~っ」
いつもの明るさで、場を和ませようとした。
「そ、そうだよな、買ってきた食材だって、別に無駄になる訳じゃないんだしさ」
「そうそう、無駄になんかならないよ。あ、そだ、明日も休みなんだし、明日のお昼ご飯は芹奈が作るっ。焼きそば得意だしっ」
「って、二日連続かい」
「凉子ちゃん、ごめんね。……あ、そだ、明日の晩ご飯は一緒に作ろうよ? ね?」
「いやー、下手にあたしが手を出すとマズくなりそうだから、美空が居る時は全部お任せするって。でも、皿出しくらいなら手伝うぜっ」
「じゃー、それなら今からお願いしちゃおうかな」
「芹奈もやるーっ」
「はいはい、芹奈はこっちで俺と一緒に座ってようね」
「ぶーっ」
微妙な空気になりかけていた部屋の雰囲気は、芹奈のお陰で何とか元に戻った。
こんな事で気まずくなるのは、出来れば避けたい。
「しっかし、何でまたこんなにみんなして料理にハマってるんだろ? 芹奈も妙に頑張ってたし、何か流行ってたりするの?」
「そういう訳じゃないけど……、さっちゃんもあゆちゃんも結婚しちゃったし、やっぱり……ね?」
「あ~、そういう事」
「そういう事」
昔の言葉で言えば、花嫁修業って事なのかな?
「まぁ、そういう意味で言えば、今は美空がダントツって感じか」
「えっ! うそっ、マジでっ!?」
「え? 何で? 芹奈や渡部に比べたら、ダントツで上手じゃん」
「……あ、そうだよね。うん、料理で比べたら芹奈は勝てないかな」
「あはは、勝ってどうする? そういうのは勝ち負けじゃなくって、相手への気持ちが大事なんじゃないの?」
「そ、そうだよね? 気持ち……だよね?」
「おう、気持ちだ」
「うん。じゃ、あたし負けないからっ」
「?」
何か話がズレてるよーな?
「なーに? 私達をのけ者にして、何を二人で楽しそうにしてるのかな~?」
「大した話じゃ無いよ。テクじゃなくって、気持ちが大事って話をしてたの」
「何だ? エロい話か? 食事前なんだから、そういうのは控えろって」
両手一杯にお皿を持って、二人が割って入ってきた。
「エロじゃねぇっつーのっ」
気が付けばもう、二人はいつも通りに笑いあっていた。
楽しい夕食、楽しい会話、そして、みんなの笑顔。やっぱり、これが一番だ。
「いっただっきまーすっ」
ずっとこのまま、これが続くといいなぁ。
そして、ここに遠藤さんもいてくれたら……。
――――。
「いやー、美味しかった~。明日の晩ご飯もこれで良いかも」
「いやいやいや、さすがに二日連続はやめようぜ? な?」
渡部と二人で食器を片付ける。洗い担当は俺、拭き取り担当は奴。
「俺は別に二日続けたって平気なんだけどなぁ。この前まで、毎日同じコンビニ弁当食ってたし」
「良い訳ないだろ。そのうち倒れるぞ?」
「大丈夫だって。サプリや栄養ドリンクとかも飲んでるから」
「それがダメだっつーの」
「まぁそれに、この分なら、もし倒れたって、みんなが看病してくれそうだしな」
「……ったく、仕方ねー奴だな」
「そういやさ、この前の合コンの篠原って奴、覚えてるか?」
「うん、覚えてるよ。カラオケ面白かったよな~」
「で、その篠原がさ、結構お前の事を気に入ってるみたいなんだけど、お前の方はどんな感じ?」
「……え? ……何が?」
「いや、そんな嫌いじゃないようなら、今度ここに呼ぼうかなって思ってるんだけど、どうかな~って思ってさ。っつーか、本当は『俺らも混ぜろっ』って脅迫されてんだけどね」
「……別に、島崎が良いなら、連れてくれば。あたしは大丈夫だから」
?
「そっか? 何か五十嵐の方もすげー勢いだったから、ちょっと断りづらくって。でも、どっちも根はいい奴だからさ、程ほどに仲良くしてやってよ」
「うん、わかった。大丈夫」
?
「あ、そうだ、美空、芹奈~、この前の二人、ここに連れてきてもいいか~?」
「うん、いいよ~」
「お姉ちゃんもオッケー。そしたら、色々おもてなししないとね~。宅飲みするのはいいとして、ご飯やツマミは何作ろっか?」
「芹奈はチーズフォンデュがいいっ!」
「あ、それいいね。それなら、みんな好きな物食べられるしね」
「凉子ちゃんもそれでいい?」
「……」
「……凉子ちゃん?」
「え? あ、うん、何?」
「チーズフォンデュでどうかな?って」
「あ、いいんじゃない? それなら、みんな好きな物食べられるし」
?
「渡部、どうかしたのか?」
「何でも無いよ。ちょっとボーッとしてただけ」
「……そうか? 疲れたなら、少し横になってても大丈夫だぞ。ベッド使ったっていいし」
「うん、じゃ、洗い物終わったら、ちょっと借りるよ」
「いいから、後は俺がやっておくから」
「だから大丈夫だって。洗い物ぐらい出来るから」
――――。
洗い物が終わった彼女は、そそくさとベッドへ潜り込み、そして動かなくなった。
残された三人は、彼女に聞こえないように小声で語り合う。もちろん、酒を飲みながら。
「渡部、やっぱり晩飯作れなかったの、気にしてるのかな」
「やっぱり気にしてるよね? もう、何で言ってくれなかったのかなぁ……」
「そっかな? 凉子ちゃんの事だから、もう忘れてるんじゃない?」
「でも~」
「……ちょっと待て。しょっちゅう忘れてるのは芹奈の方だよな?」
「ひっどーいっ! 芹奈忘れてないよっ。ちゃんと全部覚えてるもん」
「あ~、うん、何か色々忘れてるみたいだから、話変えよっか?」
「ぶーっ!」
その日、それ以上の進展は無かった。
眠そうに起き上がった渡部は、いつも通りに口が悪かったし、いつも通りに賑やかだった。
本当にそれはもう、異様なくらいに、いつも通りだった。




