進まない彼女と、進む彼女達
その後、遠藤さんとは何も進展しなかった。
あんなにも熱かったと思っていたあの夜は、俺の思い込みだったようで。
「こんにちは、島崎さん」
まるで、打ち上げすら無かったかのように、その後の彼女に変化は無く。
「……こんにちは」
その背中は『何も無かったよね?』と語り続けていた。
――――。
「島崎~、メシまだ~?」
「はいはい、がんばってるよ~」
「おねーちゃんも頑張ってるから、もーちょっと待ってね~」
「しまちゃーん、何か手伝う~?」
「じゃあ、芹奈はそこに座っててくれるかな?」
「はーい。……って、もぅっ! あたしだって、最近は頑張ってお料理とか練習してるんだからねっ」
「へ~、珍し~。彼氏でも出来たの?」
「そういう訳じゃないけどぉ……、やっぱり、私だって出来るようになりたいもん。ちゃんと美味しいって、嬉しそうに食べて貰いたいし」
「そーなんだ。じゃぁ、最近は何か作れるようになった?」
「焼きそばっ。えへんっ」
「よーし、みんなー、明日は焼きそばね~」
「海鮮」
「五目あんかけ~」
「麻婆」
「普通のっ! 普通のだからっ! そういう難しいのはダメだからっ」
「……つーか、麻婆って何だ?」
「この前テレビでやってた。……アレ、すっげー美味しそうだったんだよね~」
「……おーい、島崎ー、帰ってこーい」
最近になって、また彼女達が家に集まるようになっていた。
さすがにあの二人が来る事は無かったけれど、今いる三人は、ほんの少しだけ、俺の事を心配してくれているようだった。
『なぁ、たまにはみんなで飲もうぜ?』
そんな誘いに乗れるようになったのは、つい先日の事。
気がつけば、部屋はいつの間にか懐かしい空気で満たされ、今までより少し広く感じるコタツで、温かい夕食を囲むまでになっていた。
「島崎も、もー少し料理上手になるとモテるんじゃないの?」
「お前にだけは言われたくない」
「まぁまぁ、二人とも。こっちも美味しいから食べて食べて」
「でもまぁ、真面目な話、そろそろ彼女作ったら? 咲樹だってもう気にしてないんだしさ」
「ん~、まぁねぇ……」
「そういう相手とか居ないの? 気になる人とか」
やっぱり女子はこういう話が好きだよなぁ。そんで、それをネタに晩酌するつもりなんだろうけど、……でもまぁ、いっか。
「……んー、いなくはない……かなぁ」
「……」
「なにーっ! ちょっとちょっと! 詳しく聞かせろっ!」
「えっ! うそっ! しまちゃん、好きな人出来たのっ?」
「きゃーっ! 何それーっ!?」
あぁぁ、想像通りの反応だけど、やっぱりちょっと失敗したかも。
「あ、いや、好きとかじゃ無くて、まぁ、会社の人なんだけどさ、ちょっと一瞬だけ仲良くなった子がいて、何かちょっとだけ気になったっていうか、……ん、まぁ、それだけの話だよ」
何となく、あの話は言わない方がいいような気がした。
「へー、そーなんだ。二人で遊び行ったりとかしたの?」
「そういうのは無いよ。ただ、少し気になったってだけ」
……そう、気になってる。
あの夜、あんなに傍に居られた筈なのに、今はどうしてあんな態度なんだろう。
会社だから……って訳じゃないよなぁ……。
……って、あ、忘れてた。
「そうだ、会社で思い出した。会社の同僚に頼まれてたんだけどさ、今度、みんなで合コンしない?」
「え? もしかして、その好きな人が来るとか? ねっ?ねっ?」
「違う違う、独り者の男連中が合コンしたいんだってさ。で、『女友達紹介しろよ』って、頼まれちゃったの」
何となく、あんまり紹介したくはなかったんだけど。
「合コンか~。そういえば、最近そういうの無かったな~」
でも、実はちょっと自慢したかったり。こいつら、何気にそこそこ可愛いし。
「いいじゃんいいじゃん、楽しそうだから参加してやるよ。仕事してる時の島崎の事も色々聞きたいしさ」
「待て待て待て待てっ。渡部、お前、合コンの目的って何だか分かってるか?」
「あー、私も色々聞きた~い」
「それじゃ、みんなで行こっか?」
「ちょっと待て。お前ら違うぞ、合コンっていうのはそういう物じゃないよな? わかってるよな?」
「大丈夫大丈夫。ちゃーんと盛り上げるから、任せといて」
「美空~、ほんとに大丈夫か? 会社の連中、すっごい楽しみにしてるみたいだから、あんまり変な方向に持って行かないでくれよ?」
「大丈夫だってば。おねーちゃんに任せておきなさいっ」
――――。
「(島崎っ、ほんっとーにアリガトなっ)」
「(いえいえ、どーいたまして)」
「(つーか、こんな可愛い子達とどこで知り合ったんだよ)」
「(……、内緒)」
あれから皆のスケジュール合わせもすんなり進み、今日は合コン当日。
会社の同僚は信じられないテンションで、待ち合わせ場所のカラオケボックスに張り切って集まっていた。
「はいっ! 島崎と同期の篠原 良太ですっ、初めましてっ!」
「同じく、五十嵐 一馬っていいます。宜しくっす」
「二人とも、俺と同じ職場で働いてるんだ。で、こっちが俺の友達の……」
「しまちゃんの保護者の鈴木 美空ですっ」
「しまちゃんの心の友、安藤 芹奈だよっ」
「島崎の飼い主の渡部だ。よろしく」
「……お前ら、自己紹介もまともにできんのか」
「あはははっ、お姉さん達、おもしろいっすねーっ。つーか、何でもっと早く紹介しなかったんだよっ! この野郎っ!」
「いでででっ、何すんだっ!?」
「俺の隣がお前で良かったっつってんのっ!」
「……もしかして、しまちゃんって、BL?」
「……芹奈、そんな言葉使っちゃいけません」
その日は想像以上に盛り上がった。
俺が経験した合コンなんて、『微妙な空気のままで一次会終了、現地解散、自宅で一人二次会』くらいだったから、こういう雰囲気は新鮮だった。
篠原も五十嵐も、今まで見た事の無い、楽しそうな笑顔ではしゃいでいた。
「(ね? 大丈夫って言ったでしょ?)」
そっと耳打ちする美空の顔は、何故か誇らしげだった。
「(しまちゃんは、何でもおねーちゃんに任せておけばいいのっ)」
まったく、ちょっと誕生日が早いからって。
「(……ありがとな)」
「いえーいっ、芹奈っ、歌って踊りますっ!」
「うぉーっ! 芹奈っ! 芹奈っ! 芹奈っ!」
何故か突然オタ芸全開の同僚二人。今までそんな素振り、微塵も見せなかったくせに……。
「はいっはいっはいっはいっ!」
……そして何だ、この異様なシンクロ率。お前ら、プロなのか?
でも、ま、何だか、今は素直に楽しい。遠藤さんの事は気になるけど、今考えたって仕方ないんだし。
「五十嵐いいぞーっ! もっとやれーっ!」
そう、今考えたって、仕方ないんだから……。




