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38 揚げるは手間だが旨くなる

 ぱちぱちと爆ぜる炎を見つめる。夕暮れに包まれる中、暖かな光が己の身を照らしていた。

 温かな光を放つものの正体は、ひとつの遺体だった。肉の焼ける匂い。その匂いに、ただただ吐き気がこみ上げてきた。

 エゼラの遺体。それが焼けるのを、ジェスラとなんの会話も無く見つめるだけだった。

 パサドからの帰り道の途中。広野が広がるそこで遺体を焼いていた。遺体に燃料をかけ、ごうごうと炎が揺らめく。

 ジェスラと俺の二人だけが、彼の最後を見つめていた。

 ジェスラは本来、エゼラの遺体は放置して帰るつもりだったらしい。だが俺が来たことで、俺から足がつき、俺が疑われるのではないかとあの寂しげな一軒家からエゼラの遺体とシレンの脳を持ち出した。

 あの家の、エゼラが育てていた花たちはいずれ枯れてしまうだろう。そんなことを思いながら、ジェスラと家を後にした。

 検問はあったが、エゼラの遺体はあの車の隠しスペースに隠し、無事にパサドを出ることが出来た。

 路傍の石のように、彼は俺たち以外に知られることもなく、あっさりと死んでしまった。シレンも、あの機械の中から脳を取り出され、今、エゼラの遺体の横で一緒に焼かれている。

 やがてあたりが闇に包まれる。遺体は燃料を注ぎ足しながら焼いていく。徐々に骨などが見えてきて、肉の焼ける匂いは治まっていった。

 ……これで、良かったのだろうか。止めることなんて、結局出来なかった。俺の偽善心なんかで口を出していいものじゃなかった。何も、出来なかった。


「………………」


 ジェスラとの会話は無い。家を出る時、二、三交わしただけで、ずっと無言だった。

 ジェスラの中には、今何が渦巻いているのだろう。仇を殺したこと、自分の子供を殺めたこと。

 きっと俺なんかにわかるわけはないくらい、色んな感情が渦巻いているのだろう。なんて声をかけたらいいのか、俺にはわからなかった。

慰めの言葉なんて、俺が言えることじゃない。いつも口うるさいアルマも、何も話すことはなかった。

 エゼラは骨になった。火葬場ほどの火力なんて到底無理だから、骨は綺麗に残っていた。


「……行くか」

「……うん」


 ジェスラがシレンの灰とエゼラの骨をひとつだけ拾い上げ、車へと踵を返す。俺はジェスラに気付かれぬようエゼラの骨のかけらを拾い、ハンカチに包みポケットに突っ込んだ。








「ん? ジェスラ、戻ってくんの早かったじゃねえか。なんか土産あるか?」

「悪い。何も無い」

「……? ジェスラ、どうした? 具合でも悪いのか?」

「……なんでもねえよ。すまん、今日はもう帰る。車頼む」

「おお、いいけど。……アユム、ジェスラなんかあったのか?」

「……な、なんでもないよ。多分いつもより疲れてるだけだと思う」

「そうかあ? まあそれならいいんだけれどよ。合流出来たんだな。良かったよ」

「うん……」


 ガンリの店に着いた時にはもう夜中だった。エンジンの音でガンリは気がついたようで出迎えてくれた。

 ガレージに車を止め、ジェスラは俺を置いて先に行ってしまった。

 ……ガンリに、ジェスラはいつ話すのだろう。ガンリにとっての実の兄を殺めたことを言えるのだろうか。俺の口から言えるような事ではない。

 不安だった。ジェスラにとっての今までの生きる目標であっただろうエゼラを殺した事で、ジェスラの悲願は果たされた。だが同時に、ジェスラは息子を失った。自分が殺すという形で。

 今のジェスラは、今にでも消えてしまいそうなほど、危うく、儚く思えたのだ。

 ガンリの店を後にし帰路についた。


「ジェスラ……どうするんだろう」

「何が?」


 人通りの少ない道でぽつりと呟けば、アルマが言葉を返してきた。


「ジェスラ……ガンリに言えるのかな」

「……わからない。僕らが口出しする事じゃないってだけはわかるけどね」

「だよなあ」

「アユムは、ジェスラに言って欲しい?」

「……わからない」

「わからない事だらけだよね。ジェスラの気持ちの整理が付くまで、僕らは見守ろう」

「……うん」


 アルマに言葉に、少しだけ前を向こうと思った。ジェスラは決して弱い人間ではない。今は、心が揺らいでしまっているが、ジェスラのそばにいてジェスラが立ち直るまで待ってみよう。それしか出来ることがないのが悔しいが、俺にしか出来ないことでもある。

 ジェスラお腹減ってないかな。帰ったら何か美味しいものを作ろう。冷蔵庫の中に何があったかな、なんて考えながら歩みを進めた。

 家に着けば、ジェスラはリビングで酒をあおっていた。ずいぶん早いペースのようで、もう酒瓶が二本開いていた。


「ジェスラお腹減ってない? なんか作ろうか?」

「…………いや、いい」

「昼間から何も食べてないだろ。空きっ腹に酒はダメだよ」

「…………」

「なんか作ってくるから待ってて」


 ジェスラの返事なんて待たずに、バッグからアルマを出してやり、キッチンへ向かう。そういや、肉を漬けてたんだ。唐揚げでもしようかと思って。

 冷蔵庫からジップロックに入れられた肉を出す。賞味期限は多分大丈夫。漬けすぎかもしれないが、まあ大丈夫だろう。

 揚げ物用の鍋に油を注いでいく。コンロに火をつけている間に肉を取り出して片栗粉を塗す。いい温度になったら肉を揚げてゆく。カラカラと小気味いい音を聴きながら少し考え事をした。

 もし、ガンリがエゼラを殺した事を知ったなら、ガンリは怒るのだろうか。それとも喜ぶのだろうか。自分の兄だ。きっと色んな感情が混ざり合って、複雑だろう。

 そもそもガンリはエゼラをどう思っていたんだろう。俺には兄だという情報しか無い。本来どんな人で、どんな関係だったのか。何も知らないのだ。


「…………」


 だが、ガンリ達はいずれ知るときは必ず来るだろう。エゼラは自分の死を伝えてほしいと言っていた。それはガンリやガンリの父にいつかは伝えるということだ。ジェスラは……正直精神的に今はまともでは無いだろう。言葉に出しはしないが、酒にでも頼っていなければジェスラは正気を保てないのだろう。


「アユム、そろそろいいんじゃない?」


 いつの間にか肩に止まっていたのか、アルマがそう声をかけてきた。


「あ、ほんとだ、いい感じだな」


 コンロの火を止め唐揚げを油から引き上げ、油を切り皿に盛ってゆく。うん、美味しそうだ。添え物が何かないかなと思い冷蔵庫を漁れば、キャベツが出てきたのでそれを千切りにする。まあ酒のアテにと思って揚げたから要らないかもしれないが。


「ジェスラー、唐揚げ出来たー」

「………………」


 リビングに持っていくと、更に酒が増えていた。ジェスラの前に唐揚げを置く。フォークを差し出すが受け取ってくれなかった。ので、ジェスラの前に置いた。


「レモンとかあれば良かったんだけど、流石に無かったよ」

「…………」

「買っときゃ良かったなー」

「同情してるのか」

「え?」

「俺が惨めだからって、同情してんのか!?」

「ジェスラ?」

「あいつを殺した俺を、息子を殺した俺が怖くないか? 惨めだと思わないか?」

「俺、そんなこと思ってなんて」

「思ってんだろ!?」


 がしゃあん! とジェスラが酒瓶を机で叩き割った。

 俺はビクッと突然の事についていけず、それをただ呆然と見つめた。


「どうして俺がシレンを殺さなきゃならないんだ! 愛した息子を殺さなきゃならないんだ! どうして、どうしてなんだよ!」


 ジェスラは涙を流していた。ジェスラの叫びにひどく動揺した。俺は、同情なんて、して、いるのか? ジェスラを可愛そうだと思っているのか?

 わからない。どうするのが正しいのか、俺にはわからなかった。


「……すまない。ひとりにしてくれ」


 ジェスラはハッとしたように、興奮状態から落ち着きを取り戻した。ただ、ジェスラは一度も顔を合わせようとはせず、そのまま廊下へと消えていった。


「ジェスラ……」

「仕方ないよ。今は放っておくのが一番だよ」

「うん……なあ、アルマ」

「なに?」

「俺は、ジェスラに同情してたのかな」

「……さあね。ま、考えてても無駄だ。さっさとご飯食べて寝ちゃいな」

「……うん」


 その前に掃除だな。とちりとりとホウキを持ってくる。唐揚げは幸い無事のようだが、辺りにガラスのかけらが散らばっている。


「いてっ」


 大きなかけらを取ろうとしたら指を切ってしまった。まあ先に片付けてしまおうとそのままにしながら掃除をし終え、救急箱から絆創膏を取り出した。


「大丈夫?」

「ああ、平気、あんま痛くないし」

「そう、よかった」

「ジェスラの心も……絆創膏みたくなんか貼って治せたらいいのになあ」

「人の心は複雑怪奇だよ。そんなもんで治せるなら、日々どこかで殺しなんて起きやしないよ」

「まあなー」


 そりゃそうだ。なんて言いながらソファに身を預ける。

 今日はなんだか疲れたな。あんまりにも色々ありすぎて。……ジェスラに同情していないと言ったら、おそらく嘘になるだろう。

 自分の息子に手をかけるなんて、おかしくなって当然なのだ。むしろ、平然としている俺の方がおかしい筈だ。普通に接するのが一番ジェスラにとっていいと思った。けれど逆効果だったのだろう。

 ジェスラには、いつもみたいに穏やかで笑っていて欲しかった。正直、さっきのはショックだった。平穏が足元から崩れていくような、そんな心地だ。


「俺、どうしたらいいんだろう」

「……僕もわかんないや。ごめん」

「アルマが謝る事じゃないだろ」

「でも、力にはなれそうにないから」

「気持ちだけで嬉しいよ。ありがとう」

「……うん」


 アルマは珍しく少しだけ落ち込んでいるような、そんな感じがした。まあよくはわからないけれども。流石にAIに表情まで変えろと言うのは酷な話だ。

 さあご飯を食べよう! と目の前の唐揚げに食らいついた。うん、美味しいな。

 ジェスラにも、食べて欲しかったな。なんて思いながら、これからどうするべきかを考えた。数日はジェスラは部屋から出てこないだろう。せいぜいトイレと風呂くらいか。ご飯は部屋の前に運んであげよう。そう思いながら半ばやけ食いのように唐揚げを平らげた。

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