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03 この世界

 膝上まで捲り上げ、さらされた左脚は、俺の常識の中の人間が持つべき脚ではなかった。

 目の前の、突然飛び込んできた異形の姿を、のみ下すのに時間がかかる。

 虎頭も勿論、普通の人間として、普通の人間たちに囲まれ生きてきた自分には、理解し難いものだ。だがそれ以上に、ほとんど自分と変わらぬ人間の姿に、全く別の生き物の脚がくっついているという衝撃は大きすぎる。


「あー、なんか動かないけど大丈夫なわけ?」

「うーん、俺の時も大体こんな感じだったが」

「……それは……鳥の脚?」


 お、生きてた。と俺の問いかけに笑い、そうだ、と肯定しながらガンリは脚をぶらつかせる。

 その足は、赤い色や黄色、青などの極彩色を纏う羽根。そしてひざの少し下あたりから伸びる、うろこのような肌をした鳥の脚。

 鳥のような逆関節でもなく、基本的に人間の体の構造と同じようだが、動くつま先やひざに作り物ではないようだ。


 これ以上驚いていたら俺の身が持たない。俺はこの世界で悟りを開かなければならないのかもしれない。

 一見、三十すぎているのおっさ、お兄さんが、ソファに腰かけながら脚を見せている構図はなんだか気持ち悪さを感じる。だが、毛がぼーぼーと生えた足と、羽毛とうろこに包まれた脚なら、たとえ気持ち悪くても、現実的な、お、兄さんの脚を見せつけられるほうがまだマシに思えた。

 どんどん非日常へと引きずり込まれ、もう首しか出ていない気分になってくる。


「やっぱりこの子ちょっと記憶喪失とかなんじゃあないのか? それ以外考えられないと思うんだけどねえ。嘘ついてる風でもないし」

「信じがたいが、それが一番しっくりくるな……」


 ガンリの言葉は最もなように思う。この世界の常識とされている事を知らない俺は、異質過ぎるのだろう。もし、自分が違う世界から来たのかもしれない。体が縮んでしまった。なんて言ったら、それはそれで頭のおかしな子供にされそうだ。

 ここは自分が異世界から来たかもしれない、ということは隠しておいた方がいいかもしれない。分からない理由は記憶が曖昧ということで誤魔化そう。


「なあ、アユム。お前名前以外覚えていないのか?」

「……少しだけ」

「それはなんだ?」

「……名前以外は自分と同じヒューマ(人間)の人たちと暮らしていた、くらいしか覚えてないです。それ以外はわかりません。何処にいたのかも、何をしていたのかも……」


 出来るだけ違和感の無いように答える。しかし、ううんと困ったように唸るジェスラに、嘘を付く罪悪感を覚えた。仕方ないとはいえ、正直に打ち明けてどうなりそうな事でもない。ここは黙っておくのが吉だ。


「そうか……。ならお前には少し、俺たちどういう存在か教えといた方が良さそうだな……」

「……お願いします」


 ジェスラのその言葉に、俺は頷くほかなかった。






 この世界には主に四つの種がいるらしい。広義にはみな人間だが、俺が知る人間というものはヒューマ。

 ジェスラのような哺乳類の獣人をファーリィ。

 鳥類の特徴を持った獣人はエイビー。

 爬虫類の特徴を持つ獣人をスケイリーと言うのだそうだ。

 他にもいるとかなんとか言っていたが、基本この四種なのだろう。


 昔は、それぞれが完璧な獣人、人間であり、別種の特徴をあわせ持つと言った事は無かったが、長い時の中で血が混じり合い、ジェスラやガンリのように、双方の特徴をあわせ持つようにになっていったのだという。

 勿論完璧な人間や獣人達はいるが、血が薄まり、昔よりも数は減ったらしい。基本的に頭部でどの種族かを基準に種族を分けている。


 ジェスラや時折突っ込んでくるガンリの話に飽きもせず驚く。混ざり合ったきっかけが何なのかはわからないが、種族間の抗争などを経て和解したとかだろうか。思わず気になりふたりに聞いてみた。


「種族間の抗争が無かったといえば嘘だろうが、そんな長い間張り合ってたわけでもないみたいだしな。実際はどうかは知らないが、獣人たちを神と崇めていた地方もあったようだから、元々仲が悪かった訳でもないんじゃないか? まあ、そんな大それたものじゃあないと思うがな」

「そりゃあ、お前みたいなのが神なんて誰も信じやしねえよ」


 ガンリの言葉にジェスラがなんだと、と食いつく。怒っている訳ではなく、仲のいい友人同士笑いあっているような、そんな感じだ。


「そういえば、二人はどういう関係なんですか?まさか、兄弟とか?」


 あまりの似ていなさに、あり得ないとは思うが、様々な種族が混じり合うということは、様々な血を引き継いできたということだろう。

 可能性的に無くはないのでは、と思いながら、恐る恐ると尋ねた。


「いや、こいつはただの金づるだよ、金づる」

「んなこと言ったらお前だって俺にとっては金づるだ」

「金づる?」

「こいつが今住んでいる家は、俺が管理する借家なんだよ。そこに、こいつをタダで! 住まわせてやる代わりに、色々こき使ってやってんの」

「ついでに俺の可愛い愛車の整備士でもある。金は取られるが」


 タダほど怖いものはないからな、と続けざまに言うジェスラの言葉に、ガンリはにやけ顔を浮かべる。

 ……昔何かあったのだろうか。


「まーそろそろこの話は休憩。腹減っただろうし、飯食いにいこうや!続きはそれからでも、遅くはないだろ?」


 その言葉に、忘れていた空腹感と、ぐううと情けない音が響いた。







 騒がしい雑踏は先ほど学んだ通り、様々な人種が行きかい、おかしな光景に緊張してしまう。ムッと口を真一文字に結んでジェスラの後をはぐれないようについてゆく。

 今はあのだぼだぼの、外を歩くにはかなり恥ずかしい格好ではなく、先程適当な店で見繕ってもらった服を着ている。あの後、体についた傷の手当てをしてもらい、先に店に行っているというガンリと別れた。ガンリの家兼整備屋から、店に行くまではどうだったかは、察して欲しい。


 空を焼き尽くさんとばかりに、浮かんでいた赤白い陽はいつの間にか沈み、青白い月が雲と共に泳いでいた。もう夜と呼べる空から降る黒は、道に建てられた街灯が白々と払い去る。

 仕事終わりなのだろうか、少し疲れたような顔をした人や、はしゃぐ子供の手を引いて歩く母親、気の合う友人とこれから何をするのか相談する人。それぞれの上に、穏やかな時間が流れはじめるのがみえる。

 しばらく歩くと大通りよりも狭い通りに入り、先ほどとはまた、違った一面を見せ始める。腹の鳴りそうないい匂いがどこからともなく漂い始め、今が繁盛時なのか、ガヤガヤと話し声や笑い声が聞こえてくるにぎやかな食事処が立ち並ぶ。


「あの鹿のファーリィ! クソみたいにでかいツノしやがって! 何度どつかれたことか! あんなツノ、サッサと折れちまえばいいのによ!」


「知ってる? 23番通りに出来たあの店。評判いいらしいよ。僕、君と一緒に行きたいなあ」

「えー? どうしよっかなあ」


「あーあ、この前さあ、ラヘンテミーレに仕事に行ったんだけど、めっちゃくちゃ可愛い子いたんだよね! あの銀色の髪……くっそー! 忘れらんねえよぉ!!」


 道を行きかう人を見上げると、皆それぞれに違う容貌や表情で、大きな鱗の腕をもつヒューマの男性が憤ったような顔で気に食わない人の悪口を言ったり、キザったらしいエイビーと、ヒューマの女の子が、周りなど何も見えていないかのように恍惚と言った表情でいちゃつきあったり、通りすがりの熊のファーリィが、そんな彼らを見て誰かを思い出したり。

 見た目が違うだけで、自分の知っている人間と何も変わらないこの風景が、なんだか不思議に思えるような、少しだけ懐かしい匂いがした。


 おい。という声にハッとする。

 ぼうっとしながら人々を眺めていると、いつの間にか足が止まっていたのか、ジェスラが戻ってきた。


「ごめんなさい。ぼうっとしてしまって」

「何か気になるものでもあったか?」

「いや……、俺のいたところの人たちと、何も変わらないのかなって」

「そりゃあそうだろう。人間だからな」


 そう言いながらジェスラが笑う。彼の言う人間と、俺の言う人間は正確には同じではないが、その言葉に少しだけホッとした。


「さあ、行くぞ。早くしないとガンリに怒られる」


 再び歩き出したジェスラの後ろを、ふらふらと揺れる尻尾と、視線の大分上にある虎頭を見失わないように歩き出した。

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