33 決着
「いいか、まずはあの泉まで行くが、はぐれるなよ」
「はい!」
昨夜、ルシアとピアとで話し合い、ピアも共に森を出ることに決めた。ルシアは最初は反対していたが、二人での説得で渋々といった感じに折れた。ピアを危険に晒すかもしれないという心配からなのだろうが、それでも重い腰をあげてくれた。
「お姉ちゃん、一緒に帰れるの?」
「ええ、また一緒に暮らせる。美味しいご飯を作ったあげられるわね」
「ホント?! やったー!」
ピアの言葉にロラはとても嬉しそうだ。村人を説得できるかはピアとルシアにかかっているが、ぬか喜びに終わらぬよう、自分もサポート出来たならと思う。
シャルスはと言うとロラが起きてからルシアの家を出て行った。北の住処へ帰ったのだろう。アルマは肩に乗って、ルートが合っているのかどうかサポートしていた。
ルシアはアルマの助けもあって森の中を迷うことなく進んでいく。しかし、流石に二百年もこの森に住んでいるだけあって、庭のような感じなのだろうか。アルマのサポート無しでも道がわかっている様だった。
「……ん?」
「? どうかしましたか?」
「いや……私たち以外の物音がした様な気がしてな。野生動物かな」
後ろを確認ししばらく何かを探している様だったが、気のせいだろうと歩くのを再開する。
しばらくして開けた空間が木々の先に見えてきた。なんとなく人の声がする様な気がする。
「村人がいるな……。先に行っていてくれないか。私が先に出るとややこしくなりそうだ」
「はい。ピアさん、ロラ、行こう」
「ええ」
開けた泉に出てみると、ライフルを持った村人が数人そこにはいた。良く見ればジェスラの姿もある。探してくれていたんだなとホッとすると同時に、これから村人達を説得せねばならないと気を引き締める。
こちらに気付いた村人が声を上げると、他の村人達とジェスラもこちらに気が付き近づいてきた。
「アユム!」
「ロラ! お前、森に入るなどあれほど……ピア?!」
村人の一人がロラを見つけるのと同時に、ピアの存在驚いているようだった。無理もないのだろう。人身御供で森へやった娘が生きている。もう死んでいるものと思っていたのかもしれない。
「ロラ、お姉ちゃんと帰りたいの」
「ダメに決まってるだろう! ピア、お前、どうしてここに来た。しきたりは絶対だぞ。帰るなど許されない」
「もう人身御供は今後一切いらない。その娘をお返しする」
「お前は……か、カミエント」
ルシアの登場に村人が後ずさる。ルシアは長い外套を羽織りフードを目深に被っている。体の大きさや唯一露出している口元の肌の色からそう思ったのだろう。
「ルシア、それは本当か」
「あなたは雑貨屋の……」
他の村人と違い、ルシアに臆することなく話しかけてきた初老の男がルシアにそう問いかけてきた。ルシアと唯一話してくれると言う雑貨屋の主人なのだろう。
「もう古い風習に惑わされるな。時代は変わった。この森は人身御供を必要としない」
「しかし……決まりごとを破るなど、先代達が何というか」
ルシアの言葉に村人の顔は渋い。だが、ここで押さなければ、ピア達は離れ離れだ。
「変わりたいと思わないんですか。大切な娘達を犠牲にして成り立った平和に、価値はあるんですか?」
「それは……」
「もう辞めにしましょう」
俺の言葉に村人達は顔を見合わせて、どうするかと話し始める。
それをよそにジェスラが近づいて来て一発脳天に拳骨をいただいた。
「いっってえ!!!」
「おい、アユム……理由は後で聞くが、言うことはないか」
「ご、ごめんなさい……」
「……はあ。心配したんだぞ。お前、いつも目を離すと何やらかすかわかったもんじゃないな」
「へい、すんません……」
「あはははは」
予想通りの展開に若干意気消沈する。いや、わかってましたけどね。でも実際こうなるとやっぱり少々へこむというか。アルマは笑ってんじゃねえぞ。
話し合いの方は議論しているのは聞こえるが、内容は芳しくない。ピアとロラを見ると、ピアがロラを抱きしめ、不安そうな表情をしている。
「ロラ!」
声がした方を見れば、ファーリィの男性が駆け寄ってきた。獣道のある方から現れ、息を切らせてこちらへとやってきた。
「お父さん!」
ピアの腕の中でロラがそう呼んだ。ロラにそっくりな毛色をしている。ピアの元から駆け出して父の元に行くと、ロラの体が横に吹っ飛んだ。
一瞬何が起こったのか分からなかった。頰を打たれたのだ。
「ロラ!!!!」
ピアがロラの元に駆け寄り抱き上げる。ロラは何が起こったのか分からないような顔をし、戸惑っているようだった。
一寸置いてロラが泣き出し、ピアがあやしている。
「父さん! ロラに何を!」
「約束を破った。あれほど森へ入るなと言ったのにだ」
「それは、私を探すためで」
「ピア、お前はもうこの森の嫁なのだ。帰ってくるなど許さない」
「父さん……」
「やだ……ロラ、お姉ちゃんと一緒に帰るんだもん」
その言葉を聞き、ロラ達の父親は再び手を上に挙げる。
その時、森の茂みからものすごい勢いで何かが飛び出してきた。
「!? ぐわああああ!!!」
シャルスだ。ロラ達の父親に噛みつき、思い切り振り回している。
「シャルス?!」
驚きで声を上げるルシア。怯える村人達は銃を構え、ジェスラも銃を構えた。
「ジェスラ駄目だ!」
「なぜ! カミエントだぞ!」
ジェスラのライフルの砲身を掴み下に下げる。焦ったようなジェスラの声。
「撃っちゃ駄目だ!」
アルマが叫び、村人達の前に飛び立ち、邪魔をする。俺も村人達にもやめろと叫ぶが、声は届かず、ロラ達の父親を放り投げた瞬間。銃声がいくつも響いた。
ぎゃうんと叫び声をあげ、シャルスは血を流す。何発も何発も打ち込まれ、ついには血まみれで倒れ込んだ。
「うわっ」
アルマにも当たってしまったようで、地面に落ちバタバタともがいている。
「アルマ! シャルス!」
アルマとシャルスに駆け寄る。アルマは羽を撃たれたようで拾い上げてやれば、羽の一部が壊れてしまっていた。
シャルスに近づく。息は浅く早く、苦しそうに痛みで呻いている。
シャルスに放り投げられたロラ達の父親はルシアが受け止めたようで、そちらも痛みに呻いていた。
「シャルス! シャルス! しっかりしろ!」
「あの子を……ロラを……」
シャルスは出血量が多く、助かるか、わからなかった。医学的知識なんて持ち合わせていないし、どうにもできない。ただシャルスはもう長くないと悟った。
「ロラ……こっちへおいで」
ピアに抱きしめられたロラの元に行けば、今の光景に固まり、反応を示さない。ピアが抱き上げシャルスの元に行くと、シャルスはロラをまじまじと見つめながら、ロラの名前を呼ぶ。
「ロラ、ロラ……こちらへきておくレ。ああ、本当にあの子によく似ていル。ああ、シャルスと呼んでおくレ…」
「……シャルス、シャルス……」
「ああ、懐かしい…あの日々が蘇ってくるようダ…………最後に、会えてよかっタ。時の旅の最後に……会えてよかった…………」
ルシアは、シャルスは誰かの面影を探しているようだったと言っていた。ロラはきっと、シャルスの大切な人に似ていたのだろう。そしていきなり襲ったことはロラを助けようとしての行動だったのだろう。
ロラがシャルスの頭に抱きつく。痛いの痛いの飛んでけ〜なんておまじないをかけながら、ロラは泣いていた。命の灯火が消えようとしている今、俺はどうしたらいいのか、わからなかった。
「もうすぐ、あえるよ……ソル………………」
そうぽつりと呟き、シャルスは息を引き取った。
ルシアがカミエントではなく元人間のミュータントだとわかり、村人達の警戒は薄れたようだ。
ピアも家に帰ることを許され、ロラ共々喜んでいた。父親は頭に血が上っていたとはいえ、あんな行動に出たことを後悔しているようであった。命に別状は無く、全治一か月程度の怪我で済んだが、ロラに抱きつかれ痛みに呻いていた。
シャルスは泉の近くに埋葬されるそうで、いつか花を手向けに行きたいなと思った。シャルスが居なくなった事で、あの森はどうなるのだろう。宿屋の店主はルシアが居るから他のカミエントによる被害は無いと言っていたが、実際は森に住むシャルスのおかげだったのだろう。今後、カミエントによる被害が起こらなければいいが。
なんだか、随分長い時間をこの村で過ごした気もするが、たった一日だ。濃密な一日だったなあとしみじみ思う。
「ねえジェスラ」
「なんだ?」
「俺って臭いかな」
「え? いや、そんなことを無いと思うが」
「だよね〜」
「なんか前もそう言ってたな。俺の鼻で感じないんだから心配するな」
「……うん」
年頃なんで気になるもんは気になるんですよ。車は俺たちを乗せ、次の街へと向かう。ジェスラには今回のあらましは話したが、細かなことは、マルディヒエロに帰ってから話すことになるだろう。ガンリに頼み、アルマも修理して貰わなければいけない。もう遠く、見えなくなった村の方向を見ながら思いにふけった。