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31 おおかみ


「人語を話すカミエントって……ルシアさんのことじゃなくって、て事ですよね」

「ああ、私ではない。大きな狼のようなカミエントだ。この森の北の洞穴に住んでいる」


 ルシアが言うには、この森に住み始め、一年ほど経った頃、森の北側を散策中に遭遇したらしい。一般的な狼よりも大きく、言葉を交わす事が出来たとか。そのカミエントもルシアと同じく長い時を過ごしているようで、馬が合い、時たま会いに行くのだと言う話だ。


「元々はそのカミエントに人身御供されていたって事ですよね。姿形が違うのに、どうしていつのまにかルシアさんに人身御供されるようになったんでしょう?」

「村人は森へは入らない。だから少し前の村人たちでは姿形を詳しくは知らないのだろう。精々言い伝え程度。お前達が居たあの泉に人身御供の娘が送られ、何かを待っているかのようにそこに居座るんだ。あの泉は奴との会合場所でな。時たまあの泉に行く。初め人身御供の娘と出会った時には、流石にそのまま捨て置く訳にもいかんと家に連れてきたんだ」


 一緒に生活をしているうちに、その娘とは打ち解けられたらしいが、村へ帰りたいと夜な夜な泣いたそうだ。可哀想に思ったのか、一度は村へと返したらしい。だが、村人から酷い仕打ちを受け、あの泉へと逃げ帰ってきたそうだ。そんな事があり、村へ帰すことは出来ず、村人が忘れた頃に北の街へと送り出したのだという。


「一度村へ返した時に、カミエントは人型だったとでも言ったんだろう。それからだな、村に行くと恐れられるようになったのは」


 外套を深々と被れば、人相などわからないのだろうが、流石に体の大きさまでは隠しきれないのだろう。村人から畏怖の目で見られ、時たま送られてくる人身御供の娘の面倒を見る。そんな二百年を過ごしてきたのか。


「元々人身御供の娘を受け取っていたカミエントは、なにも言わないんですか?」


 狼の様なカミエントに捧げられていた娘をルシアが連れ帰る様になり、その事についてそのカミエントはどう思っているのだろう。

 それに、人身御供をするようになった理由も気になる。


「今までの娘も奴に会わせる事もあったが興味は無さそうだったな。あいつは……過去にあの村に住んでいた人間のペットだったらしい。なんらかの理由で飼い主が死んで、森に隠れ住む様になり、核の影響を受け体も変化し、村の牛や人を襲っていたようだ」

「私の村の人々がカミエントを恐れるようになったのはおそらくそれからです。なんでも、ファーリィの娘を数十年に一回捧げろと言う話のようでした。何故ファーリィの娘なのかは、私にはわかりませんが……」


 ルシアの言葉に続き、ピアがそう話す。ファーリィの娘……何故ファーリィにこだわるのだろう。種族的に近いから? それとも別の理由? 一体なんなのだろう。


「私には……何か、誰かの面影を探しているように見えた」

「面影……」


 ルシアは遠くを見つめ、何か思案している。


「ピアはそのカミエントに会ったの?」

「いいえ、まだです」


 アルマがそう聞くと、ピアは不安げな表情をし、ロラを抱いたまま俯いてしまう。ロアは泣き疲れたのか寝ているようだったが、ぎゅっとロアを抱きしめる力が強くなったのがわかった。


「心配いらない。別にとって喰われるわけでも無い」

「そうなのかしら……でも、きっと、ルシアが来る前の人身御供の娘達は、食べられていたんでしょうね。ルシアがこの森に来てくれてよかった……」

「……」


 ピアの体は僅かに震えている。やはり未知との遭遇は不安なものだ。自分がそうだったからよくわかる。大丈夫かとピアに声をかければ、少し強張りながらも微笑まれる。


「そういえば、ルシアはどうしてこの森に住もうと思ったの?」

「ん? ああ、私は植物学者でね。この森の西側の生態系を研究している」

「へー、危なくないの?」

「こんな身なりだ。汚染なんて今更だ。まあ家に帰る前には念入りに除染するから、君たちに害は無いはずだ」


 アルマの問いにそう答える。植物学者。確かに核汚染された地域には新種の動物なり植物なりがあるのだろう。生態系の変化がある場所など、学者にとっては宝の山なのだろう。


「ところで」

「はい?」

「もう日が暮れてしまうぞ。帰らなくても大丈夫なのか?」


 外を見ると辺りはもう薄暗い。話し込んでいたら結構な時間が経ってしまったようだ。


「あ! え! 今何時です!?」

「すまない。この家には時計が無いものでね」


 咄嗟に時間を確認しようとするが、あいにく腕時計のようなものは持っていない。部屋を見渡しても時計は見つからなかった。こんな事ならガンリの懐中時計をくすねて来るんだった。


「……もう森を歩くには危険な時間だ。今日は泊まっていきなさい」

「いやっ、でも」

「ロラも寝てしまった。運んであげることは出来るが、森を出るには時間が掛かる。親も心配しているだろうが、今日はもう諦めなさい」

「……はい」


 明日、森を出たらジェスラにしこたま怒られるだろう。あー、嫌だなーなんて思いながら若干沈んでいると、ピアが夕食を作るからロラの事を見ていて欲しいと頼まれた。

 椅子に座り、膝の上でロラを抱く。子供体温なのかとても暖かい。ぷすーと寝息をたてているロラはとても可愛らしいが、この体では若干重い。ルシアもピアの手伝いに行ったらしく、リビングに二人と一体残される。

 ランプの暖かな光。ぽかぽかとしたロラを抱いていると、こちらまで眠くなってきた。寝ちゃダメだと思いつつ、思考がまどろみに沈んでゆく。少しくらいは、まあいいか。






 うとうとと夢と現を行き来していると、扉を叩く音が聞こえた。ゆっくりと意識が覚醒して行くと、またとんとんと扉を叩く音。こんな所に尋ねてくる人なんているか? 疑問に思いつつ、ロラを起こさぬように膝から降ろし、扉の前に行き声をかけた。


「どちら様ですか?」

「誰ダ? 新しい人身御供カ?」

「え、違います……」


 なんだか若干カタコトではあるが人の声だ。ルシアを呼んで確認した方がいいかと思い、少しだけ待ってくれるように頼んだ。

 台所へと向かいルシアに誰か来たと伝える。


「ルシアさん。なんだかお客様みたいなんですが……」

「ん? ああ、シャルスかな。出てくれて構わない」

「あ、はい」


 リビングに戻り玄関へ行き扉を開ける。のは辞めよくよく考えてみる。村人はこの森に立ち入らないし、ここにいる四人以外の人間はこの森にはいないはずだ。だとすれば可能性は一つ。この声の持ち主が狼のカミエントだという事だ。

 本当に開けてしまっていいのか?ドアノブに手をかけうんうん唸り始めた俺にアルマがあきれた声で、


「早く開けなよ。今更狼なんて怖く無いでしょ」


 なんて言うが、俺にだって心の準備をさせてくれ。こちとらカミエントに食われかけたんじゃ。

 大きく深呼吸をし、気を落ち着かせていると外から、カリカリと扉を軽く引っ掻くような音がする。

 よし! と思い扉を開ければ、そこに居たのは予想以上に大きな体を持つ狼だった。

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