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27 まざりもの

「……何かご用かしら」

「あー、ベルパドに頼まれた香辛料…届けにきたんだけれど……」

「ベルパドは今買い出しに行っているわ。私が受け取る」


 ジェスラからベルパドに頼まれていた香辛料を届けてくるように言われ、ベルパドの店にやって来た。あいにくベルパドは出払っているようで、店にはセレーブロ一人だった。


「サインお願いします」

「ええ……これでいいかしら」


 サインを求めると、特に拒む様子もなく安心する。綺麗な文字でCelebroと書かれている。


「用が済んだのなら出て行きなさい」

「あ、待ってセレーブロ……聞きたいことがあるんだけれど」

「……、何かしら……」


 セレーブロの視線は鋭いが、殺意のようなものは感じられない。嫌々というか仕方ないと思っているような雰囲気は感じられる。きまぐれかは知らないが質問に応じてくれるようだ。


「俺とセレーブロはその、結構親しくしてたんだよね?」


 以前のセレーブロの話を聞くに、セレーブロとは交流があったはずだ。俺がそれをまるっと忘れてしまっているのは何か心身的ショックなどの理由があってなのかもしれないが、そんな綺麗さっぱり忘れてしまえるものなのだろうか。よほど記憶から消し去りたいほどの心理状況だったのか。


「だとしたらどうだというの」

「俺は……セレーブロにとってどんな存在だった?」

「……」


 ほんの一瞬、セレーブロの顔が曇ったように見えた。苦しいような、悲しいような、なんて勝手な妄想かもしれないが、そう感じた。


「昔がどうだろうと、今はお前が憎むべき相手だということは変わらないわ」

「そっか……」


 セレーブロは腕を組み、近くの椅子に座り込む。目を瞑り眉間にしわを寄せているが、そんな仕草も綺麗だと感じてしまう。


「セレーブロはどこの街から来たの?」

「なぜお前に教えなければいけないの」

「えっと」

「カルファスだよ」


 セレーブロの反応に困っているとバッグの中から声がした。アルマだ。


「余計なことを……」


 セレーブロはチッと舌打ちをし、さらにこちらを睨んでくる。


「カルファスって科学街カルファス?」

「そうだよ。エステーニャ、この国の首都。僕らはそこから来た」

「お前散々俺とジェスラが聞いた時答えなかったくせに、今になってなんだよ」

「セレーブロを困らせたいからさ」


 アルマとセレーブロの仲はなかなかに悪いらしい。よくそれで旅をできたものだ。エステーニャ、この国の名前だ。なんとなくエスパーニャ、日本名でスペインに似ている名前だがまだあまりこの国については知らないのだ。


「ファルソ、お前のことを今ここで握り潰してもいいのよ」

「その名で呼ぶな。やれるもんならやってみなよ。まあまずアユムを先に殺すことだ」

「は!? お前、俺のこと差し出すのかよ!」

「セレーブロにしたら願ったり叶ったりだろ? うんうん、いい提案だ」

「それもいいかもしれないわね」

「え!?」

「冗談だよ。僕はまだ死ねない。アユムも殺させない」


 冗談だとしても、あの雨の中の経験を思い出しゾッとした。死への恐怖はなかなか消えてはくれないものだ。


「話は戻るけど、カルファスにいたってことは、俺もそこにいたってことだよね」

「そうなるね」

「セレーブロ…薬、ヴァルレクサのこと知ってるの?」

「……さあ、どうかしらね」

「知っているなら、教えてほしい」

「私がお前に教える義理はないわ」


 はあ、と大きなため息を吐き、セレーブロは俺を睨みつける。正直日和りたいが、俺としてはここは引くべきではないと思う。


「お願いだセレーブロ。教えてほしいんだ」

「あの虎頭のために?」


 ハッと嘲るような笑いを漏らしながら、セレーブロはそう言い放った。


「私、まざり物は嫌いなの」

「今じゃキミもまざり物だけどね」

「はあ、お前は本当に殺されたいのかしら」

「わー!!! お慈悲を~!!!」

「まざり物?」


 うごうごと忙しないアルマをバッグから出してやりながらそう聞くと、ヒューマ(人間)ファーリィ(獣人)などの特徴が混ざり合った人に使われる蔑称らしい。確かにジェスラは全体的に見れば虎のファーリィだが、左腕の二の腕から先は、ヒューマと同じ滑らかな肌をしていた。


「純血主義みたいなものだよ。ヒューマでもファーリィでも見た目が完璧じゃない人に使われる。カルファスは純血主義の気が強いからね」

「政府があるところにそれってどうなの…」


 ある意味人種差別だ。それが国に広まっているのはどうなのかと疑問に思う。マルディヒエロではほとんどその気は無いが、政府に近い街ほどそう言ったものは強くなっていくらしい。マルディヒエロとカルファスがどのくらいの距離があるのかはよくわからないが、今まで行った街でもそれぞれ毛色が違うので、正直どの程度そう言った差別が広がっているのかは定かではない。少なくとも今まではジェスラがそう言った蔑言を言われているのは見たことがなかった。


「セレーブロは純血主義者なの?」

「まあ世間一般に言えばそうなのでしょうね」

「どうして嫌いなんだ?」

「異質すぎるからよ」

「異質?」


 異質とはどういう意味だろう。セレーブロは目を瞑ると、はあとため息をつく。


「かつてこの世界にはヒューマしかいなかった。そう、七百年前の戦争以前はね」

「七百年……」


 そういえばガンリも言っていた。七百年前大きな戦争があったと。


「そんな獣人たちが突然この世界に現れたのか。何故だかわかるかしら」

「えっと……うーん、よくわからない。異世界から来たとか?」

「そんな夢物語よく語れるわね」


 実際自分が異世界からの来訪者、おそらく。だから夢物語でもなんでもないと思う、……がそんなことは言えないので黙ってセレーブロの言葉が紡がれるのを待つ。


「彼らはかつての戦争で核汚染された世界にも適応できるように作られた実験体だったのよ」

「実験体……」

「複数の研究所で研究されていたらしいわ。それが戦争の余波で脱走して世界に定着していった。血が混ざり合い、汚染された世界にも適応していった。私にもきっと獣人たちの血が混じっているんでしょうけれどね。もう本当の純血なんてこの世界にはいないんでしょう」

「なら純血主義なんてあってないようなものなんじゃ……」

「不気味だと思ってしまうのよ。そう育てられてきた。血が混ざり合い、チグハグな体がどうしても不気味だと思ってしまう」

「…………」


 純血こそが至高と育てられてきた。小さな頃なんて親が全てで、それこそ言葉は呪いのようなもので。なんとなく、セレーブロを責める気にはなれなかった。


「まざり物を侮蔑していた私がまざり物になるなんて皮肉ね。この腕が憎たらしくてたまらないのよ。だからこそ、私は自分の腕を取り戻したい」


 セレーブロの言葉に、その眼光に肝が冷える。理由はわからないが、セレーブロの腕は間違いなくこの右腕なのだろう。思い出せない記憶に、歯がゆくなる。俺が忘れてしまっている何か。思い出したいともがけばもがくほど焦りが先立つ。


「ごめん……セレーブロ」

「……謝るのなら、早く記憶を思い出すことね……。ヴァルレクサについて話すことはないけれど、喋りすぎたわね。さあ出て行きなさい」

「うん……ありがとう、セレーブロ」


 知りたかったことは知れなかったが、この世界についての情報は手に入れられた。それだけでも収穫だろう。

 扉を開けて外に出ようとすると、扉のバーに触る直前に扉が開いた。


「あら? アユムじゃない。なにか用だった?」

「あ、ベルパド」


 扉が開いたと思ったら、ベルパドが荷物を抱え入り口に立っていた。


「香辛料届けに来たんだ。セレーブロに渡したから、後で確認して」

「ああ、そういえば頼んでたわね。ありがとうアユム。お茶でも飲んでく?」

「ううん、いいよ。またジェスラ達と食べに来るね」

「ええ、いつでもいらっしゃいな。気をつけて帰るのよ」

「うん、ありがとう。それじゃ!」


 ベルパドの店を後にし、これからどうしようかと考える。家に帰ってもいいのだが、なんとなくこのまま帰るのもなんだかなあと思い、確か今日は休みだったはずだとガンリの家へ行ってみることにした。卵型になったアルマをバッグにしまいながらガンリの家へと足を進めた。


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