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22 朝焼けに

 風景がゆっくりと流れていく。俺の左手を取って走るのは銀色の髪の女の子。長い髪が風に流れてサラサラと宙を舞う。彼女の顔が見たくて、もっと前へと走ろうとするが、全く追い越すことは出来なくて。ただただ彼女を追いかけるだけだ。彼女の名前を呼ぶ。彼女が振り返ると満面の笑みではにかんでいる。それが見れただけでひどく安心した。

 手を握り返すと握り返される。風景がゆっくりと流れていく。そこにはただ二人の世界が広がっているだけだった。








「……夢、か」


 夢の中で女の子と一緒に走っていた。女の子、セレーブロと。夢の中で俺はセレーブロのことを何と呼んだ? 思い出せない。あれは実際にあった出来事なんだろうか。

 ぼやけた頭であれこれ考えるが、答えは見つかりそうに無い。覚醒すればするほど夢の内容を忘れていく。

 目が冴えてどうも寝ることが出来なくてなってしまった。ジェスラが寝ているテントを抜け出しキャンプファイアーの方へいく。

 ここは商隊がよく利用するキャンプ地らしく、多くの人が利用している。もう夜中だがパラパラと人が起きており、火の番をしていたり、緩やかなギターを奏でたりと様々だ。


「お? どうしたの?」

「いや、なんか眠れなくなっちゃって」


 声をかけて来たのは全く知らない人だが害があるわけでは無さそうなので普通に返す。


「そうかそうか、そういう時もあるよねえ。君名前は?」

「アユムです」

「アユムくんかあ。僕はチコ。眠れないなら何か話しでもしようか」

「はい、いいですよ」


 チコは見たところ二十代半ばというところだろうか。カチャカチャと銃を解体し手入れしているところらしかった。


「ご出身はどこなんです?」

「僕はねえ。カルファスって言う街の出身なんだー。大きな研究施設が多くて科学街何て呼ばれてるんだ」

「へえ、科学街かあ。どんな街なんです?」

「兎に角研究者が一杯なんだよねー。地下に政府の機密研究所があるとか噂にあるけれど、どうなんだろう?」

「なんか面白そうな街なんですね。いつか行ってみたいなあ」

「ぜひ来てよ。あ、でも君ファーリィ(獣人)の人と一緒にいたよね。あんまりその人は行かない方がいいかもしれない」

「何故ですか?」

「表立ってはあまり無いんだけれど、ファーリィとかみたいな獣人差別が酷いところがあるんだ……。だから行かない方がいいと思うよ」

「獣人差別……やっぱりそういうのあるんですね」

「僕も差別は嫌なんだけれどね。それも理由の一つであの街を離れたんだー。便利な街ではあるんだけれどねえ」


 獣人差別か。ジェスラと出会った時に言われたが、本当にそんな人たちがいるものなんだな。元の世界だって肌の色による差別はあったし、何ら不思議では無いのだけれど、それでも聞いていてあまり気持ちのいいものでは無い。

 チコの手元をじっと見ていると組み立てに入ったようであった。ばらばらのパーツが見慣れた形に整っていくのは見ていて不思議だ。

 ふと、遠くで人の叫び声が上がった。一体なんだろうと音のした方を見るが何があるわけでも無い。


「チコさん。あの、人の叫び声聞こえませんでした?」

「え、そうかな。僕には聞こえなかったけれど」


 チコには分からなかったらしいが、空耳だっただろうか?

 再びチコの手元に目線を移すが、しばらくずると遠くで再び叫び声が上がった。今度は空耳なんかではなく、はっきりとした声だった。

 チコにも聞こえたらしく、組み立ての手を止める。


「チコさん」

「こりゃあなんかいるな。カミエント(停滞したもの)かな」


 チコが横に置いてあった別の銃を手に持つ。ショットガンの様だ。それをスライドを引いて玉を装填する。起きている周りの人もそれぞれ銃を持って様子を伺っているようだった。

 しばらく構えていると、暗闇の中に人のものでは無い輪郭が浮かび上がる。のそのそと大きな体。見た目は熊の様だが、所々爛れた様にべろりと皮が剥がれていたり、膿のような臭いが漂ってくる。


「でかいなあ。これ仕留められるかな」


 チコはカミエントを前にしても随分と落ち着いているようだ。すでに周り人が銃を打ち始める。だがカミエントはのそのそと歩くことをやめ、突進してきた。


「うわっ!」


 チコが随分引きつけたところでショットガンを撃つがすぐに跳ね飛ばされる。落ちる銃に遠くへと飛んでいくチコ。

 すぐさまその銃を拾いに行くが、カミエントが近くに再びやってくる。

 銃を構えて再装填し、トリガーを引く。が、何も起こらない。


「え! 嘘っ」


 まさかこんな時にジャムる(詰まる)とは、カミエントはもう目前に迫っていた。他の人々も銃を浴びせるが、ひるむ様子はない。食べられる! そう思い目を瞑るが、一向に牙がこちらへ向かってくる気配は無い。

 恐る恐る目を開けると、カミエントが匂いを嗅いでいるようだった。

 匂いを嗅ぐのに飽きたのか。ふいと顔をそらし、そのままのそのそと闇の中へ消えてゆこうかというところでようやくカミエントは倒れた。


「いててて、アユムくん大丈夫?」


 吹っ飛ばされていたチコが戻ってくる。一体あのカミエントはなんだったのだろうか?


「だ、大丈夫」

「今日はここから動かない方がいいね。まだいるかもしれないし、被害状況の確認は日が登ってからの方が良さそうだ」

「何があったんだ?!」

「あ、ジェスラ」


 ジェスラが起き出して来た。眠そうな顔をしているが、それも仕方ないだろう随分夜中だ。


「銃声が聞こえるもんだから起きて来たんだが、カミエントか?」

「ええ、そのようです。恐らく近くの森から来たのかと」

「被害は?」

「朝日が登ってから調べるつもりです。今下手に動くのは危険かと」

「そうだな。朝まで待とうか」


 チコが周りにいた人々と集まってその旨を伝える。人々は先ほどの銃声により起き出して来て火の回りは人で一杯になる。


 夜明けまで火のそばで大人しく待つ。日が登ればキャンプ地にはあの大きな熊のようなカミエントの死体だけが転がっていた。別の個体は居なかったようだ。

 あの時二つ聞こえた悲鳴の主はどうなっていたかというと、どちらも頭をかち割られ絶命していた。


「あちゃー、えぐいね。脳みそだけ食べられてるよ」


 二つの死体どちらとも脳みそだけ食べられていたらしい。検分について行ってみたが、見ない方がいいと薦められる。そんなにえぐいのだろうか。

 脳みそ……。セレーブロが思い浮かぶが今は関係ない。カミエントは何故俺のことは食べようとしなかったのだろう。ふと疑問が浮かんだ。カミエントの気まぐれで生かされたとしては少々不可解だ。匂いを嗅いでいたようだし、自分から何か変な匂いでもしだだろうか。

 そんなことないよなあなんて思いながら自身の匂いを嗅いでみる。特におかしな匂いはしないようだったが、自分自身の匂いは鼻が慣れてわからないものだろうか。


「ジェスラ、俺って変な匂いするかな?」

「匂い? いや、特にそんなことはないと思うが……」

「だよねえ」


 一体何だったのだろう。食べられそうになるのはこれで二度目だが、恐怖というものは慣れるものではないなと思う。

 カミエントとは一体何なのだろう。彼らはどうやって生まれて来たのだろうか? この世界に対しての疑問は尽きない。いついかなる時も不思議が俺を襲う。いつか全ての答えが分かる日は来るのだろうか?

 朝焼けに目を焼かれる。静けさとうすら寒さに包まれた朝にそう思った。

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