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16 たまごのなかみ

 まっさらな思考に音が加えられてゆく。鳥の鳴き声が聞こえ始め、かすかな人の声。閉じられた瞼に日の暖かさと赤々とした色を感じ始め、鬱陶しさを感じながら目を開ければカーテンの隙間から日差しが差し込み、顔を照らしていた。


 枕元にぞんざいに置かれた時計に目をやれば針は6時半を示しており、あともう少しだけと布団を頭に被り二度寝を決め込む。ジェスラはもう起きているかもしれないが、ベッドの心地よい柔らかさに勝てず、そのまま身を預けまどろみに沈む。


 しかし、うとうとと再び真っさらに戻ろうとしていた思考は大きな物音に引き戻された。無視して眠りにつこうとすれば続けざまに何かが擦れるような音とがたばたと固いものが打ち付けるような音が聞こえる。ネズミでもどこからか入ったのだろうかと面倒臭く布団から顔を出し音の方向へ顔を向ければ、床でのたうち回るバッグが目に入った。


「んぁ?」


 ぼんやりとしていた思考が先ほどよりも覚醒していくのを感じながら、目の前の光景の理解に徹する。自分のボディバッグがまるで生きているかのように蠢く光景はやはり異常で、思考が完全に覚醒するのにはそれほど時間はかからなかった。


 ばっ、と思い切り布団を蹴り上げ起き上がるとバッグは蠢くことをやめ、まるで何事もなかったかのように静かに床の上に存在している。


 一瞬寝ぼけて見間違いでもしたのかと思ったが、あそこまで派手に動かれると見間違い以前の問題だとその考えは切り捨てる。ベッドから降り、ゆっくりとバッグの元まで近づくとそのバッグを注視しながらやはりネズミでも中に入ったのだろうかと考えた。


 バッグは壁の掛け具に吊るしてあったし、相当動かなければ外れるなんてことはしないはずだ。本当にネズミだったら嫌だなあ。なんて考えながら足元のバッグを恐る恐る足で小突いてみると柔らかな感覚はせず、代わりに固い何かがバッグ越しに足に当たる。


「ん…? ネズミじゃない?」


 続けて足で形を確かめるようにしてみると、先ほどのように蠢く様子もなく、ゆるく丸を描くようなラインを足の裏に感じる。屈んでまじまじと確かめると、別にバッグは開いておらず、ジッパーはきっちりと閉じている。穴も開いている様子はない。


 この状態で何かが中に入る、ましてや開けるなんて芸当はネズミになんてどこかでとっとこ言っていそうなネズミほどでなければ出来る訳もなく、本当に夢でも見て寝ぼけていたのだろうかという考えに至る。


 だが、自分はそこまで馬鹿ではないと必死に言い訳を考えながら、一応中の確認をとバッグを開ける。するとそこには見覚えのないものが入っていた。


「なんだろうこれ……、卵、みたいな」


 中に入っていたのは子供の両の手に少し余るほどの大きな卵型の塊だった。色は少しくすんだような金色。真鍮色とでもいうのか。表面の色々なところにまるで立体パズルのようにパーツごと別れているようなラインが入っている。外してみようかと力を込めてみるが外れる様子は全くなく早々に諦める。


 これが妙なものの正体かとじっと大きな卵型の塊を見つめるが動く様子はなく、手のひらの上で鈍く光を反射しているだけだ。ずっしりとした重さを感じる見覚えのないこの塊は、いつどこで自分のバッグに入り込んできたのだろうか。ジェスラに確認してもらうべきかと時計に目を向けると前に確認した時より五分ほど過ぎただけだった。この時間ならおそらく起きている頃だろうと卵のような塊を持ってリビングへと向かう。


 そういえばと昨日のことを思い起こすと、ガンリの家からの帰り道でバッグが随分と重く感じたのだった。その時は疲労が溜まっていたからだと言い訳をしていたが、どうやらその正体はこの奇妙なまあるい塊だったようだ。


 家に着いてからは特に中身を確認することもなく、昨日はそのまま寝たため、こんなものが自分のバッグに紛れ込んでいるだなんて気付きもしなかった。


 しかも、それ以前にバッグを弄ったのはいつだったか。色々と問題が重なったためにバッグをいじるなんてこともせず、その結果車の荷台になおざりに置かれていたのを発見したのだった。結局色々と行動を思い出し辿ってみても、いつ紛れ込んだのかなどわかるわけもなく、わかっているのはラヘンテミーレに着いた時点ではこの塊は存在しなかったということだけだった。


 リビングに着くと台所の方からコーヒーの香りが漂ってくる。どうやら起きているようだとホッと息を吐きながらジェスラの名を呼ぶ。


「ジェスラ。ちょっといい?」

「ん?どうした…なんだ、それは」


 台所に向かうといつもながらの休日のお父さんスタイルのジェスラがいた。こちらを確認すると手に持っている塊にすぐさま気が付いたようで問いが返される。


「バッグの中にいつのまにか入ってたんだけれど何か知らない?」

「いいや、わからんが、…卵かなにかか?」

「わからない…バッグの中で動いてたんだよそれ」

「食べてみるか?」

「僕は食べ物じゃあない」

「冗談だよ冗だ…ん?」


 声が聞こえた。その声は昨日聞いたあの声にそっくりで、その発生源はもしかしなくてもこのまあるい塊なのだろう。驚きつつ様子を見ているとまあるい塊がまるで花開くかのように展開していく。


「お前、ラヘンテミーレでみた…」


 声を上げたその真鍮色の塊はいつの間にか美しい機械仕掛けの鳥へと変貌を遂げていた。見覚えのあるそれに、あ、などと間抜けた声を出せばふんと小馬鹿にしたような反応が返ってくる。


 その姿はラヘンテミーレで見た鳥の姿をしたuAIで、透し彫りされた金の装飾は美しく、毅然とした姿で机の上に現れる。全体的に金色を基調としているが、機械的な無機質さと一部金細工のような繊細さで嫌味は感じさせない美術品のようなそれは、こちらの唖然とした様子を見ると興味は無いとでも言うように、まるで本物の鳥のように羽繕いを始めた。


 それは間違いなくあの街に到着した時に見た鳥で、一度見れば決して忘れることはないだろうと見事な様相をしていた。


「覚えてたんだね。君のことだからすれ違った程度の事なんて忘れていると思ってたよ」


 こちらを気にする様子もなく羽繕いを続けるその真鍮色の鳥は、ますます馬鹿にしたような口調で言葉を返してくる。少しムッとなりながら何故ここにいるのかと問うてみた。


「雨宿りの場所を探していたんだ。君のバッグ、丁度良くて入ったら随分寝てしまってね。君が気付かないからずっと入りっぱなしだったんだからね」


 勝手に人のバッグに入った挙句、居眠りまでしていたのかと驚きとともに自分を知っている風の言い草が妙に気になった。そのことについても問いを投げたが素知らぬふりで羽繕いを続けるだけだった。


 雨が降り始めたのは、あの街を出る数十分前、つまり己があの少女に襲われるほぼ直後の出来事だった。バッグはジェスラの車の荷台に置きっ放しになっていて、その時この鳥は己のバッグに雨から逃れるために逃げ込んだのだろう。


 偶然とはいえ他人の所有物であるuAIを連れてきてしまったことに少しの焦りを感じ、再びその鳥に問いかける。


「お前、持ち主は?!」

「僕に持ち主なんていないよ」

「あの街で人と歩いていただろう。あれは主人じゃないのか?」

「あの子とは縁を切った」

「縁を切ったって…」

「元々彼女とは契約関係だっただけさ。何もしなくても彼女の元は去るつもりだった。それが早まっただけさ」

「そうは言っても」

「君と話したかったからじゃ駄目かい?」


 見ず知らずの自分と話したかった? 本当にそれだけの理由だろうか。いや、そんなはずはない。訝しむように鳥をみてみるが答えは見つからない。


「防犯登録はしているか? それなら探せるんだが」

「僕は防犯登録はされていないよ。探すだけ無駄、そんなに彼女に返したいかい?」

「そりゃあ、もしかしたら困っているかもしれないし、返せるなら返したいよ」

「彼女が君を殺そうとした人間でもかい?」

「え…」


 瞬時にの頭に思い浮かぶのはあの光景。降り注ぐ雨のなか自分に向けられる憎悪の瞳。息が浅くなるのがわかる。自分にはかなわない、逃れられない力。冷や汗が流れるのがわかった。死を覚悟した。混乱のなか迫り来る死の影を垣間見た。あの瞬間は恐怖以外の何者でもなかった。


 想像以上にあの出来事が自分の精神にこたえていたらしく、こちらの異常に気が付いたジェスラは鳥を鷲掴み締め上げる。


「お前、何を知っている」

「あわわ、やめてよ! そんなに殺気出さないでよ! 怖いなあ。僕は非力なただのAIだって言うのに」

「……」

「僕は彼の味方だよ。教えられることは少ないけれどそれだけは確かだ」

「……ジェスラ離してやってよ」

「いいのかアユム」

「多分、大丈夫」


 この鳥は俺にとって重大な何かを知っている。それは確かだろう。自身の身に起きたことを知る手がかりにきっとなってくれるはずだ。彼女の言った全てを忘れてという意味も、わかる時が来るのだろうか。いや、きっとわからなければならないのだろう。この体もこの腕もこの世界も謎ばかりなのだから。


「僕の名前はアルマ。よろしくね。アユム」

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