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14 さがすひと

 件の酒場に向かう為、通って来た道筋をルフィノと共に歩く。雲行きは先ほどよりも怪しく、風が強いのか黒い雲が頭上まで流れてきている。雨に濡れたくはないと二人揃って早足気味だが、ルフィノに至っては毛が濡れると乾くまで大変だから、と面倒くさそうな声色で言われた。羊毛は分泌される脂である程度の水は弾くらしいが、やはり限度はあるのか。水を吸ったら重そうだもんな、その毛。

 ぽつぽつと二人で会話を交わしながら歩いていると、前方から聞き慣れた声が聞こえた。アユム、と遠めに聞こえるその声の主は、大分離れているが見慣れた虎頭で、返事の代わりに大きく手を振り返した。


「そういや俺、カウンター壊したんだった……やべ、どうしよ」

「ああ、そういえば」


 ジェスラの説得…と言っていいのかわからないあれにキレて、カウンター席のテーブルを壊したんだったか。ルフィノを追いかける時に弁償という単語が聞こえてきていたし、考えるまでもなくジェスラが弁償したのだろう。ルフィノも多分その事について言っているのだろうが、そのくらいで怒るような人物でもないし、大丈夫だろう。その事をルフィノに伝えるが、不安そうな声で返事をするだけだった。


「アユムすまんな、追いかけてもらって」

「ううん」


 一分もかからずに合流し、ジェスラから言葉をかけられる。何かがなかったわけではないが、ルフィノは割とあっさりとついて来てくれたので大変でもなかった。結局、きっかけが必要なだけだったのかもしれない。


「ルフィノ、さっきはすまなかった。余計なことまで言っちまって」

「いえ、その、俺の方こそすみませんでした。わざわざ来てもらってあんなことしてしまって」


 ルフィノは酒場での態度が嘘のよう、素直に謝っている。やっぱり無理をしてキャラ作ってたんだろうか。ジェスラはルフィノの言葉を聞くと頭をかいて苦笑いを浮かべている。流石に気まずさはあるようで、ルフィノの表情にも同様に苦笑いが浮かんだ。


「いやいいさ、俺が悪かったからな。それはともかく、アユムと戻って来たって事は少しは考えてくれたか?」

「はい。俺戻ります。家に」

「そうか、そりゃあよかった」


 ジェスラは安心したよう笑顔に変わる。なんだかんだ優しいおっさんだよなあジェスラは。俺の面倒も理由はあるとは言え、嫌がるそぶりもなく見てくれているし、俺の記憶を無くしたという嘘にも付き合ってくれ、街々に行く度に記憶にないのかと聞いてくれる。嘘をつくのはやはり良心が咎めるが、被った恩はいつか返せればいいと思う。


「それじゃあちゃっちゃと仕事済まして帰るかー」

「あれ? 仕事まだあったの?」


 仕事が残っていたのは初耳で、てっきりルフィノの件が最後だと思っていた。思わず聞き返すと、最後のひとつだと言う。


「ルフィノ、お前も手伝ってくれ」

「俺、ですか?」

「ああ、それでカウンター弁償代タダだ」

「やらせていただきます!!」


 一応根に持ってはいたのか……。いい笑顔でルフィノにそう言うと、ルフィノは間髪おかずに返事を返した。直角九十度、すごい礼をしながら。

 あははと声を上げながら笑うジェスラは、行くぞと声を掛け、ジェスラが元来た道へ進み出す。俺とルフィノは顔を見合わせ、追いかけるように歩き出した。







「結構、重いっすねこれ」

「ああ、俺一人じゃちょっとキツイんでな。落とすなよー。落としたらどうなるか」

「き、気を付けます」


 梱包された荷物を持つふたりは何度か店と車とを行き来しながら運んでいる。いつもより荷物が少ないと思ったのはこのためだったようだ。

 かなり重量があるのかルフィノは少しフラフラと危なっかしい。ジェスラこれやらせるために先にルフィノを探したのか。いいおっさんだと思うが、やはり少々の打算は持ち合わせてはいるんだろうな、と荷物を運ぶふたりを眺めながらそう思う。

 俺は特にすることも無く、ふたりのことを眺めていた。ひとつだけ荷物を持ってみようとしたが、運ぶどころか持ち上げる事も出来ないほど重く、今回は休みだ。ラッキーだとも思うが、子供の体では出来ることの範囲が狭まることが不便だなとも思う。まあ、元の年齢に戻っても運べるかどうか怪しいところだが。


「ルフィノ頑張れよー」

「お前はいいなあ気楽で」


 小さく文句を言ってくるルフィノにへらへらと笑って返す。なんだかんだ運んでいるのを見ると、やはり力が強いのだと感じる。酒場での件もそうだったが、ヒューマ以外の種族はヒューマに比べて力が強いらしく、彼も類にもれずそうなのだろう。ルフィノは少々重そうだが、ジェスラに至っては軽々と運んでいる。


「っと」


 ルフィノ達を見ていて通行人とぶつかりそうになる。この体になってから自分の不注意でよくぶつかっているような気がするので、つい過剰によけてしまったがその人は気にする様子もなく通り過ぎて行った。道の端にでも避けていようと足を踏み出した時、足元で何か音がした。


「ん?」


 こん、と何かを蹴飛ばしたような音に足元を見ると、円筒形の何かが転がっていた。拾い上げてみると片手で包み込めるくらいの大きさで、微かに中に液体でも入っているような感覚がする。


「なんだろうこれ」


 今まで足元を気にして見てはいなかったが、ざっと見た感じこんなものは転がっていなかったと思う。一体どこから来たのだろう。


「あ、もしかしてさっきの人の」


 落し物、だろうか。今し方通っていった通行人を見ると、少し遠くに姿を確認出来る。走れば充分間に合う距離だろう。


「ジェスラー。落し物届けてくるー」

「ああー? もうそろそろ終わるから早く戻って来いよー」

「うん!」


 落し物の主と思われるその人を追いかけるべく走り出すと、ぽつ、と顔に冷たいものが当たるのがわかった。


「やべ降って来た」


 雨が降り始め、ぽつぽつと地面を濡らしていく。雨足はまだ弱いが、風が強くなっているように感じるし、そのうち土砂降りになるかもしれない。暗くなり始める空に足を早めると、その人は横道に入っていくのが見えた。


「すみません!」


 横道の入り口に辿り着くと、そこは細い路地だった。入り口から声を掛けるが聞こえていないのか反応はない。


「待って! 落し物だよ!」

「…………」


 すぐさま路地に走り込み、外套掴み引き止める。その人は足を止めたが反応は無く、振り返ることもない。ふと、その人の姿に見覚えのあることに気が付く。何処かで会っただろうか。


「あ、すみません。あの、これあなたの落し物ですか?」


 一瞬ぼうっとしてしまい、慌てて外套はなして少し離れて落し物を差し出す。

 その人は振り返ると外套のフードを脱ぎ去った。はらりと落ちたのは長い銀色の髪。肌は褐色で、一瞬ドキリとしたが、別にここでは珍しくもなんともない。自分よりも高い位置にある、つり目気味の深い琥珀色の瞳がこちらを見つめている。少し気恥ずかしさを覚え目が泳いでしまい、俯きぎみになる。綺麗な女の子だなあと素直な感想が頭に浮かんだ。


「……あの?」

「なにも、……ぇてないのね」

「え?」


 呟くように何かを言った彼女に聞き返すが、なんでもないと言うだけで、綺麗な笑顔を浮かべ始めた。


「ありがとう、私のものなの」

「あ、じゃ、いっ!」


 突然、落し物を差し出した右腕に痛みを感じる。ギリギリと締め上げられるような痛みで、落し物を手から落としてしまった。驚いて掴まれた腕に目を向けると、右腕は彼女の右腕に掴まれていた。彼女の右腕は、ヒューマのものではない鱗状包まれた腕だった。


「い、痛い痛いっ」


 痛いと声を上げ彼女を見ると、笑顔は変わらず、貼り付けられたような不気味さを感じ、いきなりの事に意味が分からず恐ろしくなる。

 彼女は笑顔を貼り付けたまま、俺の耳元に口を近付け、うっとりと、恋人に睦言でも囁くように、言葉を紡いだ。




「ねえ、私の腕の使い心地、いかがかしら」


 え、と言葉を発する間も無く首を締め上げられる。苦しい。


「があっ、っは」

「私は忘れたくても忘れられないのに」


 くるしい。何を言っているんだ。どうして。


「お前は全て忘れてのうのうと生きるのか」


 息が、できない。掴まれる腕に力を込めてもびくともしない。口がぱくぱくと開くだけで、求めている酸素は入って来ない。


「醜い腕を付けられて」

「、あ、ぅうっ」


 頭に血が溜まり圧迫される。脈が早くなり、全身に響くようだ。


「っぐ、ぅうっ」

「人で有ることも出来なくなって」


 足が地面に着かない。ばたばたと空をかくばかりで何もできない。


「っ、ぁ」

「全部お前のせいだ」


 宙に浮いたまま壁に押し付けられ、余計首を締められ息が入らない。手足が痺れ、上手く力が入らなくなってきた。


「お前さえいなければっ…、私は私でいれたのに」

「………ぅ」

 視界が歪んでいく。端からじわじわと黒に侵食されて行くように狭まってきて、耳鳴りが鳴り響く。


「……お前を殺してその右腕、返してもらうぞ」









ドンッ!!!

「っ、あっ、ぐ、がほげほっ」


 体に衝撃が走ったと思うと地面に放り出される。受け身も取れずに地面に落ち、身体中が痛い。首の圧迫感が無くなり、空気が入ってくるが、うまく吸い込めずに咳き込んでしまう。聞き覚えのある声が聞こえたが、ひどい耳鳴りのせいで良く聞こえない。腕を掴まれるそちらに視線だけ向けると、ジェスラが居た。焦ったような表情で何かを言っている。立てと言っているのだと気が付くが、手足が痺れたままで、上手く力が入らない。こちらの様子に気が付いたのか、ジェスラは俺を俵持ちのように肩に担ぎ、走り出した。


「っ待てっ!!」


 薄れていく耳鳴りの中に叫ぶような声とうるさいほどの雨音が聞こえる。ぶらぶらと力の入らない手が視界に揺れ、地面が流れていく。気が付かないうちに雨足は強くなっていたのか、地面が濡れて、ジェスラが走るたびに、バシャバシャと水音を響かせている。

 ガチャッと音がしたかと思うと放り投げられたが痛みは訪れず、代わりに何か温かなものの上に乗った。


「ジェスラさん、アユムいましたかあってえええっ!?」


 頭にガンガンと響く声に顔を顰める。どうやら車の中に入ったらしく、体を濡らす雨が止んだ。声からルフィノが受け止めてくれたようだが、どうかもう少し小さく話してくれ。


「ぐ、ごほっ、ごはっ」

「押さえてろ!」

「は、はいっ!」


 相変わらず上手く息が出来ないまま、力無くルフィノに支えられたままになっていると、エンジンをかける音がする。急発進もいいところで体にGを感じ、気持ちが悪くなる。


「だ、誰か追ってきてますけど! 速っ」

「あいつ…………」

「な、なんなんすか一体!?」

「…………」


 頭が痛い、ガンガンする。気持ちが悪い。視界が揺れる感じが再び戻ってきて、体を動かすこともままならない。ふたりの話し合う声が遠退くのを感じ、俺は今度こそ意識を失った。

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