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12 さがしびと

 あけましておめでとうございます。

「…………あれ」


 家だ。俺が十九年過ごしてきた、とうの昔に見飽きたリビング。間違うはずなどない、妙な懐かしさを感じる自分の家。

 俺は何をしていたんだったか。確かジェスラと……


「歩、そんなところ突っ立ってどうしたんだ?」


 いつの間にそこに居たのか。こちらに背を向けソファに座っていた父は、リビングの入り口に立ち尽くし、呆然としている俺に気が付くと声をかけてきた。久しぶりに聴いたその声に、恐る恐る部屋の中に入り込み、父の座るソファに近付く。


「おはよう、歩」

「……おはよう、父さん」

「休みなのに今日は早いんだな。バイトでもあるのか?」

「……」


 俺が挨拶を返すと再び新聞に目を向け、話題に目を通し始めた。その姿がどうにも酷く懐かしく感じる。まだひと月やそこらしか経っていないはずなのに。

 父の横顔をじっと見る。父は、こんな顔だっただろうか。あまり意識していなかったが、細かなしわを刻んだその顔に、随分と老けた気がする。俺の小さな頃よりずっと。記憶の中では父はもっと若々しい気がしていた。


「どうした? さっきからぼうっとして。あんまり早く起きたもんだから寝ぼけてるのか?」

「いやあ、その。父さん老けたなって、思ってさ」


 俺がそう言うと、父は、心底可笑しそうにはははと笑い始め、あまり見ない父の姿に驚く。


「そりゃあそうだ。なんたってお前や姉さんが生まれて、もう二十年以上も経ってるんだから」


 当たり前だろう。


 そう当たり前。人間なんてどんどん老いていくものだ。時間を止められる訳なんてない。これからも父は老いていく。そして俺も。


 窓の外に目を向けると、空は奇妙な色をしていた。赤に染まるところもあれば、緑や黄色で染まる場所もある。見慣れた青い空はどこにも見えない。

 夢か。


「なあ、歩」

「なに」


 窓の外に目を向けたまま、父に答える。ぐんにゃりと、何もかもゆがんでいくような感覚に襲われる。


「お前は俺たちの事、う」


ブツン









「おい、アユム。着いたぞ」


 ゆさゆさと体を揺らされ、ゆっくりと意識が覚醒していく。顔を上げると虎の顔がこちらを見ている。ジェスラだ。


「……ああ、うん」


 助手席に座ったまま眠っていたらしい。俺が起きたのを確認するとジェスラは運転席側のドアから外に出ていった。

 固まった身体のまま、車のドアを開けて外に出る。グッと伸びをするとパキパキと軽い音が鳴りながらも、気持ちいいと感じる。頭上に広がる空は正常な青だ。

 夢の中の空は気持ちの悪い色だった。父の夢は、電源でも落としたようにブツリと消えた。一体何を言おうとしていたんだろう。まあ、いつぞやに見たバルパドに追われる夢じゃなくてよかったとは思うが、少し続きが気になる。

 ひと月と少し過ぎたが、未だに帰る方法は見つかっていないし、俺はいつ帰れるんだろうか。まあ、ひと月程度で落ち込むなんて焦りすぎだろうし、気長に探すしかないが。


「頭起きたか」

「うん。ジェスラ、ここって」

「ラヘンテミーレだ」


 バンと後部のドアを占め、ジェスラがこちらにやって来る。ラヘンテミーレかあ。周りを見回すと、白壁の家やレンガ造りの家、それに石畳みの道。人通りは少ない場所なのかあまり人は見えないが、街の雰囲気はマルディヒエロのような雰囲気に近い気がする。ただ、あの街よりも子綺麗に見えるが、普通の街なのだろうな。


「いつもみたいになんか運び込むの?それとも届け物?」

「いいや、人探しだ」

「人探し?」


 なんで人探し? 思わずジェスラを見ると、肩を竦めるような動作をし苦笑いのようなものを浮かべている。


「言いたいことは分かるさアユム。なんで運び屋なのに人探しなんだって思ってるんだろ?」

「うん」

「運び屋と言っても、俺が運ぶのは"物"だけじゃあないからな。運べるものなら何でも運ぶ、が俺の信条だ」


 運べるなら人でもいいと、でもそれって、


「……運び屋じゃなくてただの何でも屋って感じが」

「……細かいことは気にするな」


 どうやら一応自覚はあるようで、微妙な沈黙の後、言葉が紡がれた。引き受けまくって、もうどうでも良くなったとかそんなだろうか。いや、流石にそれだったらもういっそのこと何でも屋と名乗ってそうだな。ジェスラは。

 適当にふーんと返し、今回の仕事について詳しく聞く聞くことにした。


「誰を探すの?」

「こいつだ」


 ジェスラが上着の内ポケットから取り出したのは、一枚の写真だった。写真に写っているのは、ヒューマ(人間)の女性と羊のファーリィ(獣人)だ。


「羊の人? 女の人?」

「羊だよ。なんでも、家出らしくてなあ。ここに居るってのは分かってはいるらしいが、連れ戻すのは自分じゃあ出来ないとかで、お袋さんに頼まれたんだよ」


 ジェスラから写真を受け取り、写真をじっくりと見る。家出というならばわりと若い人だろうか。このファーリィの歳のくらいだとか、男性か女性かは、写真だと良くわからないのだが。


「息子さんだと」

「あ、うん」


 俺の考えていたことが表情にでも出て居たのか、ジェスラが写真の説明をしてくれる。隣の女性は今回の依頼主で、この写真のファーリィの母親だそうだ。大体四十歳前後くらいだろうか。なら、この羊もやはり年若い子なんだろう。実際の俺よりも若いかもしれない。


「どうやって探す? 地道に聴き取り?」

「まあそうだな。家出したのは結構最近らしいから、聴いていけば結構直ぐに辿り着けるんじゃないか?」


 羊だし。

 ジェスラの言う通り、人の顔だったら細かな造形など、興味が向かなければ覚える事は無いが、ファーリィなどは顔だけでなく身体全てで自己主張しているようなものだから、割と人探しでは分かり易い人種なのかもしれない。ひとつどころに同じ種類のファーリィがまとまっていなければの話だが。


「手分けしようよ。その方が早く見つかるんじゃないかな」

「いや、お前迷子になりそうだからなあ……」


 疑わしそうに視線を向けてくるジェスラは、恐らく以前ルービアプラタで勝手にいなくなった事でも思い出しているのだろうか。それだけでなく迷子未遂があった事があるが、いやあの時は知的好奇心がまだ盛んな時期だったから仕方ないんだって。今は、大丈夫だ。……多分。


「だ、大丈夫だって、手数が多い方が後々いい楽だろうし」

「んー……知っている街ならいいんだが、お前この街は初めてだからなあ。それに、治安が危ない場所もあるからな、今回は駄目だ」

「ちぇー」


 結局ジェスラと探すことになるか。まあ困ることでもないし、治安が悪いというのならジェスラと共に居た方が安全だろう。流石に子供の体でそういう目に遭遇して、ひとりで対処できるとは思わないし、俺も死にたくはない。本当に死ぬような目に会うかはどうかはさておき。


「まあ、相手はまだ子供だ。流石に子供相手探すのに手間取るなんて事はないから安心しろ」

「うん。……この羊の人の名前は?」

「ルフィノだ。裏に書いてある」


 ぺら、と写真の裏を見ると、ジェスラに言われたとおり、Rufino、ルフィノと書かれている。


「さて、早速探しに行くか。準備は?」

「うん、あ、ちょっと待って。帽子」


 先に行こうとしていたジェスラに車の鍵を開けてもらい、再び中に入る。別におしゃれ目的で買ったわけではなく、まあ、頭の縫合跡及び周辺の禿げた部分を隠したいから買ったものだ。主に隠す目的としては後者を隠したくて……。

 なんでこんな悲しい気持ちになっているんだろう俺。帽子を見つけ外に出てドアを閉めると、遠隔操作でガチャンと鍵が掛かる。ジェスラの元へ行こうと足を動かすと進行方向から人が歩いてくる。こんな昼間に、腰元あたりまでの外套を羽織り、フードを目深に被った人が。

 フードから見える口元に女性のような印象を受ける。肩に金色の、鳥の形をした何かを乗せている。それはくちばしで羽裏を羽繕いをして、本物の鳥のような違和感の無い動きをしていて思わず見惚れる。全体的に金色を基調としているが、機械的な無機質さと一部金細工のような繊細さで嫌味は感じさせない。あれはなんなのだろうか。


「珍しいな。ああいうのは」


 フードの人が通り過ぎた後も、後ろ姿に遠ざかるその姿を見続ける。見えなくなるまで見続け、道角に消えたかと思うと、いつの間にかジェスラが隣に立っていた。


「ジェスラ、あれはなに?」

「多分、個人で作ったAIが入ってるんだと思うが、ああいった細かい細工のは初めて見たな」

「nAIとは違うの?」

「お前nAI知ってたのか」

「この前お使い行った時、ろ……街の人に聞いた」


 思わずロディと言いそうになり、言い直す。あの日街であったことは面白おかしく話させて頂いたが、ロディのことは彼の名誉のためにぼんやりとぼかしておいたのだ。やばいなと思いながらも、ジェスラは特に気にする様子もなくホッと息をつく。


「そうか。nAIは政府所有っていうのは知ってるか? 開発も運用もな。個人じゃあなかなか持てないってんで、ああやって作ってる奴がいるんだよ。性能は千差万別で、政府のものと遜色ない性能のもあれば、がったがたのポンコツもいる。uAIとか、言われてたかな」

「uAI……」

「uは未熟とかいう意味だったかな。皮肉で言ってんだろうなあ。ああいうのは俺は詳しくないから、帰ったらガンリにでも聞いてみるといい」


 uAIか、ガンリなら詳しいということだから、後で尋ねてみよう。あそこに行くたびに、おっさんに頭を撫で回されぐしゃぐしゃにされるのは嫌だが、情報を得られるなら安いもんだろう。少しうんざりとしながら、帰った後の予定にそれを加える。


「さあ、行くか。ルフィノをとっ捕まえて、依頼人に返さないとな」

「え、説得とかじゃないの?」

「説得で上手くいった試しがないからなあ。この手の依頼は」


 ははははは、と笑い始めるジェスラのその言葉に、少し不安な人探しを始めることになった。

 干支を意識した訳ではなかったはずなのですが羊です。今年もこのお話にお付き合い頂けたなら有難いです。


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