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11 とりのむすめ


「あの、お姉さん」


 恐る恐るリンダに声をかけると、不機嫌そうな視線がこちらへ向く。俺を見て一瞬戸惑ったような顔を見せるが、すぐに何事もなかったかのように不機嫌そうな表情に戻ってしまった。


「……何かご用?」


 刺々しくはあるが、その声はロディへ向けるものよりも幾分優しい。流石に俺にまでロディのように、視線で射殺せそうな目を向けられては堪らない。リンダの気が変わらないうちになんとか弁解をしよう。


「あの、ロディさんが遅れたのは僕のせいなんです。僕が道に迷ってたら、ロディさんが助けてくれて……ロディさんがいなかったらここには来れませんでした」


 なるべく申し訳なさそうに、上目遣いでリンダにロディに助けてもらった事を告げる。十九歳だった俺ならゲロを吐きそうな仕草でも、十二、三歳の体ならばまだ許される筈だ。それにロディが遅れた原因は確かに俺だ。彼がそれでリンダに怒りを買うのはお門違いだろう。

 リンダは俺の言葉に再び戸惑うような表情を見せ、ロディにそれが事実なのかを問いだした。


「そうなの? ロディさん」

「あ、ああ、困っていた様だったからな。流石にそんな子供を放っておくわけにはいかないだろう」


 ロディはリンダの問いに答えながら戸惑ったようにこちらを見た。俺が助け舟を出したことへの戸惑いだろうか? 別に俺はそこまで薄情なつもりはない。与えられた恩には同等のものを返すべきだと思っている。


「本当なんです。ロディさんのこと許してあげてくれませんか?」


 待ち合わせ場所に遅れた件は、だけれどな。ロディの言葉に続くようにリンダに懇願すると、リンダは両腕を組みながら、少しばかり悩むような仕草を見せた。


「……わかりました。その件に関しては許してあげる。けれど、さっきのはどう説明するつもり?」

「あー……」

「希望だとか、男として、だとか。聞き間違いですかねー」

「……そ、それはだなあ」


 言い淀むロディにリンダが腕を組んだまま睨みを効かせている。流石に下着の件については無理だ。擁護しようがない。ロディお前はもう駄目だ。短い旅だったがお前のことは決して忘れることはないだろう。死んでこい。……こう見ると結構薄情かもな。与えられたものにしか返さないって。

 えーと、など口走りながら微妙に焦った様子のイグアナ頭は、まごつきながらもなんとか弁解を試みようとしているらしい。が、別段案があるようでもなくただただ時間が過ぎる。リンダはリンダで目をつむりながらロディの弁解を待っているようだ。眉間にしわが寄ってるなーなんて思いながら見ていると、眉間を急に緩め、困ったような八の字眉になった。


「…………はあ。いいわ。許してあげます」

「え?」


 なん、だと?! リンダはため息をつくと、ちょっと諦めたような表情でロディにそう告げた。一体何の心境の変化があったというのか。


「その子を助けた、ということに免じて許してあげます。どうせロディさんのスケベは治らないでしょうからね~」

「う、ぐ」


 リンダの嫌味が篭っているであろう言葉に、ロディは狼狽えながらもすまん、と頭を下げた。スケベなことは素直に認めるんだな……。リンダはリンダで顔を背けながらむっと膨れ顔になっている。ちょっと可愛いかもしれない。

 なんてのは置いておいて、本当に俺が理由って訳はないだろうな、多分。何かしら別のところで彼女の考えを変えることがあったんだろう。それが何かは知らないが。


「ごめんね。変なこと巻き込んじゃって。さあ行きましょロディさん。奢ってよね!」


 先ほどまでの不機嫌さは消え、苦笑いで俺に謝罪の言葉をかけてきた。かと思うとすぐさま背を向けロディに言葉を投げ、先に行ってしまった。その時少し、黒かあ……なんて言う呟きが聞こえた気がした。


「ああおい、ちょっと待てよ。いや、すまん助かったよ本当に」


 ロディは先に行くリンダに声をかけると、俺に礼を言ってきた。なんとなく恥ずかしくなり、ただ恩を返しただけだというと、そう謙遜するなと笑われた。


「いやー、本当はお前にあった時すでに遅刻確定だったんだけどな。助かった」

「え」

「そうそう、お前の目的の店。この店の角を曲がった先だよ。じゃあ、ありがとうな」


 はははと笑うロディにとんでもないことを言われた気がする。ロディよ、お前俺のせいで遅れたんじゃなかったのか。

 先にいるリンダに呼ばれるロディは返事を返し、俺に一言残すとすぐにリンダの後を追っていった。いつの間にか野次馬のような人々も消え、ふたりは人の流れに消えて行く。

 ……上手いように利用された気がする。遠ざかるイグアナ頭と尻尾に、ちょっとだけ助けなければ良かったかな、なんて思った。




 ロディに教えてもらった地図の目印にあった店を曲がる。白塗りの外壁が多く、二十三番通りの本通りに比べて人通りは落ち着いている感じがする。最も人が多いというのは変わらないが。


「と、ここかな?」


 店の前に来ると、扉の上あたりに道の方へと突き出した飾り看板がついている。日本らしい安っぽい看板なんてものはこの街にも、他の街にもあまり見えず、こういった細かな細工がある鉄製やら何やらの看板が多い。こういう細かいところから洒落ているのが、なんだか外国っぽいよなあ。


 看板には"Incienso"と書かれている。インシエンソ、意味は分からないが読めはする。

 これは何語なのだろう。自分の中で綴りから読みや意味を理解できるのがずっと不思議だった。

 英語のような響きもあるが、全く聞き覚えのない違う響きの言葉のほうが多く感じる。これはあれか、特典とか言う奴なのだろうか。詳しくは知らないが、日本語という母語しか話せない俺が他言語をいつの間にか習得するなんて、無理にも程がある。何故かなんて考えるだけ無駄なのだろうと、考察はとうの昔に諦めた。


 扉には定休日を示す小さな掛け看板がかかっている。今日は休みのようだが、人はいるのだろうか? 赤茶の扉の取っ手に手をかけゆっくりと押すと、鍵が掛かっている感覚はなく、すんなりと開いた。

 ちりちりん、と扉に付けられていたのであろう鈴がなる。店内は窓から入る光だけでは薄暗く、人の気配はしない。店の中へ入り後ろ手で扉を閉めると、外の喧騒さと陽の暖かさから遠ざかり、茶葉だろうか? 様々な匂いが混じりあっているような、それでも不快ではない、いい匂いが鼻腔をつく。


 扉が開いて居たから留守と言うわけではないのだろうが、少し不用心な気がする。黒く大きめのタイル張りの床を歩き店の真ん中あたりまで歩みを進める。カウンターは広めで、その奥の壁には天井までの高さの棚が、一面大きめの缶で埋まっていた。缶の中は何なのだろう? ジェスラが茶葉の専門店と言っていたから、ここにある缶の全てに茶葉が入っているのだろうか?

 店の只中には広めのテーブルが置かれており、そこには俺でも見たことがある、小さめの四角い缶が低く積み重ねられている。様々な色とデザインでひとつを手にとって眺めていると、店内の電気が付き、暖色の光が店内に溢れる。驚いていると突然カウンターの方から声が聞こえた。


「あら、鍵は閉めていたはずなのだけれど……」


 女性の低めで落ち着きのある声。ゆったりとした口調のその人は、鳥の頭を持っていた。白いくちばしと灰色がかった羽、黒々とした大きな目の周りは橙色の肌が露出し、頭の後ろから十本ほど長く黒い羽根が伸びている。鳥の美醜などは分からないが、素直に綺麗な人だと感じた。


「ごめんなさいね。今日はお休みなのよ」


 そのエイビー(鳥人)の女性は少し困ったような仕草をすると、俺に申し訳なさそうにそう話しかけてきた。この女性がカリダートさんだろうか? 慌てて持っていた缶を元の場所に戻し、カウンターの彼女の前へ行く。


「すみません、勝手に入ってしまって。あの、カリダートさんでしょうか?」

「ええ、そうだけれど」

「お届け物です」

「届け物?……ああ、それいつもジェスラに頼んでた。じゃあもしかして、あなたがアユムくんかしら」


 困惑していた雰囲気が和らいだ事に安心すると同時に、俺の名前を知っていた事に驚く。


「はい、アユムと申します」

「ああ、やっぱり。ジェスラから聞いてるわ。礼儀正しくていい子だって。ありがとう、重くなかったかしら?」

「いえ、大丈夫です」


 まあ、見た目子供でも中身は成人前でしたから……。ちょっと複雑になりながら、カウンターへと荷物を上げる。


「すみません、サイン頂けますか?」

「ええ、いいわよ」


 バックを漁りペンと手帳を出しサインを求める。ジェスラは別に要らないなんて言っていたけれど、一応証明になるし、もらっておくべきだろう。信用は大事だ。

 スラスラとサインを書いてもらい、手帳とペンを受け取り、バックに仕舞う。


「それじゃあ、これで失礼します」

「ああ、ちょっと待って」

「あ、はい」

「いつもジェスラに渡しているものがあるの。取って来るから、少しだけ待っていてくれないかしら?」


 カリダートの申し出に構わないと告げると、待っててね。と店の奥に下がって行った。

 受け取るものがあるのなら、ジェスラ言ってくれれば良かったのになあ。なんとなく手持ち無沙汰になり、キョロキョロと店内を見回す。全体的に落ち着いた印象を受けるが、俺にとってはどうも落ち着かない。 こういうシッカリした店って結構緊張するんだよなあ。敷居が高く感じてしまうというか。俺みたいなのが来る店ではないなと感じてしまう。

 置いてある缶だったり、茶葉が詰められたパックだったり、カウンターに置いてあるものを眺めていると、後ろから、ちりちりりん、と扉が開けられた音がした。


「お母さん! 聞いて聞いて聞いて! 最新情報! この前の猫のあの人ねえ! ……て、あれ?お客さん?」


 騒がしく店に入って来たのはヒューマ(人間)の女の子だった。大体十六、七歳くらいだろうか。店内の光で薄っすらと橙色がかって見える金色の髪は、少し短めのショートヘア。ボーイッシュに見えるが、パッチリと開いた淡褐色の瞳に、可愛らしい印象を受ける顔立ちをしている。

 驚きをなんとか隠し、店内に慌ただしく入ってきたその女の子に、どうもと会釈をする。俺を認めてから一瞬止まっていた彼女は、突然笑顔になったかと思うと、つかつかとこちらにやって来て、いきなりまくし立てる様に話し始めた。


「わああああ! 珍しいなあ、うちの店にこんなちっちゃい子が来るなんて!」

「ち、ちっちゃ……」

「君どこの子? うちのお店に来るの初めてだよねー見たことないし。ねえねえ、名前なんて言うの?」

「あの」

「なになに? お使いかなんかに来たの? あ、でもうち今日お休みなんだよねー。お母さんに入れてもらったの?」

「……」

「お母さん、店の明かりがついてるから居ると思ったんだけどなー。家の方行ったのかなあ」


 女の子は言うだけ言うとうーん、と言いながらカウンターの方を見ている。お母さん、というのはカリダートさんの事だろうか?

 この子は誰なんだろう……大分失礼な事を言われたような気がするが、仕方ないじゃないか。こっちだって好きで小さくなった訳では無い。多分今の俺は、この歳の平均身長より少し小さめかもしれない。彼女とは頭ひとつ分ほどの身長差がある。彼女からしたら俺は"ちっちゃい"のだろう。少し悔しい。というかやけに馴れ馴れしいな。


 ぽんぽんと俺の頭を叩きはじめ、可愛いなーなどというこの女の子は本当になんなんだ……。初対面にするかそんなこと。手で払っても追ってくるため、後ろへ後退るように避ける。が、諦める気はないのかそれでもにじり寄って来る。完全に遊べる対象になってないかこれ。

 誰か助けてくれと思っていると、カウンターの方から待ち侘びた救いの声が聞こえてきた。


「こらロシオ、困ってるじゃない。あなたの声、家の奥まで聞こえるわよ。それにそういう話は場所を選ばず、むやみやたらにするものではないわ」

「あ、お母さん!」


 咎めるように少しだけ語気を強めたカリダートにそう言われると、ロシオと呼ばれたその女の子は俺にちょっかいをかけるのを辞め、少し照れたように頬をかいている。


「ごめんなさいね、騒がしくて。この子、私の娘でロシオと言うの」

「えへへ、ごめんねー。はじめまして、この店の看板娘といえばこのロシオちゃんよ! よろしくぅ!」


 さっ、と勢いよく右手を差し出してくるロシオ。これは握手しようと言うことか。彼女の先ほどまでの行動は別に悪気があったわけではないのだろうが、少しだけ怯む。


「お、俺はアユム。よろしく」


 恐る恐る右手を差し出すとばっと掴まれ、ぶんぶんと思い切り振られる。なんというか、元気が有り余っている子だな。


「うんよろしくね! あたしのことはロシオお姉ちゃんとでも呼ぶといいわ。あれアユムくん右手黒いねー。日焼け?」

「そ、そんな感じかなあ?」

「変な昼寝の仕方でもしたの? アユムくんおっちょこちょいなんだねー」


 普段は長袖を着て腕を隠しているが、明らかに違う見てくれの手に日焼け程度で済ませるとはどうなのだろうか。馬鹿なのか恐ろしいほどの能天気さなのか分からなくなってくる。ぶんぶんと腕を振られ続けているとカリダートが注意するように彼女の名を呼び、ようやく止まる。少しだけ腕が痛い。


「ジェスラが今預かってる遠縁の子なんですって」

「へええ、ジェスラさんが。ふむ、それにしては虎成分が全くない」

「……ロシオ、さんだって似たようなものだと思うけど」

「えー、あたしお母さんに似てない? こう、漂う色香、と、か」


 流し目のつもりなのだろうか。目を細め、顔を少しだけ逸らすように俺を見る。悩ましい表情をしているつもりなのだろうが、残念ながら色っぽくも見えないし、ヒューマとエイビーじゃあ何処が似ているのか全くわからない。少なくともまだこの世界で目覚め、ひと月程しか経っていない俺には。


「似てない」

「ひっどーい! お母さんこの子酷いよー」

「あなたは父さん似だもの。私に似てるって言うのは無理があるわね……」


 カリダートの答えにお母さんまでー! と嘆きながらカウンター越しに縋り付いている。

 一見して別の種族だが、この世界の人たちは親と子で種族が違うというのは普通らしい。まあどちらも"人間"であることは違いないようだから、見た目が違ってもここの人々にとっては対した問題でもないのかもしれない。


「というか、アユムくんお姉さんって呼んでよお。あたし弟に憧れてるんだから」


 考えごとをしていると、嘆きから立ち直ったロシオは俺にそう嘆願してきた。実際の年齢がロシオよりも上な事を考えると姉と呼ぶのは抵抗がある。というか呼んだら最後、変に連れ回されそうな気がする。


「うーん、お姉さんって感じじゃあないし」

「何それ、あたしが子供っぽいってことー?」

「ええ、うーん」

「そこ悩まないでよー!」

「ロシオ、アユムくんを困らせちゃ駄目よ。アユムくん、これをジェスラに渡して欲しいの。あと、はいこれ」


 カリダートから小さめの紙袋ともうひとつ、その紙袋とは別の袋が渡される。これはなんだろう?


「これは?」

「紅茶のクッキーと紅茶の茶葉。わたしのおすすめだから、是非飲んでみて」

「でも、俺淹れるの下手だし」

「淹れ方を書いた紙も入ってあるから、その通りに淹れてみて。美味しく出来るはずだから」

「あ、クッキー焼いたんだー。あたしも食べよー」


 アユムくんじゃあねーと言うと、ロシオはカウンターの入り口から奥の部屋へと消えて行った。なんというか、どこまでも自由な子だな。ぴーちくぱーちく、囀って落ち着きがない。あの子の方が鳥みたいだ。


「ごめんね、長く引き留めちゃって」

「いいえ、そんな」

「暇な時にでも遊びに来て。それじゃあ、ジェスラによろしくね」

「はい、失礼しました」


 紙袋はまとめてバックに仕舞い、扉の方へと向かう。扉に手を掛け、店を出る前にカウンターの方を見ると、カリダートさんが手を振ってくれた。会釈をして外に出ると、店の橙色がかった明かりから、白い太陽の明かりへと変わる。眩しさに目をしかめたが、そのまま二十三番通りに向かい歩き出す。

 なんだか数時間しか経っていないというのに大分疲れた。だが、これからはジェスラに自由にしていいと言われていたので、ここら辺を散策してみよう。俺はわくわくとしながら、街の喧騒に飛び込んだ。

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