表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
識~叡智の賢者~  作者: ニコカメン
第Ⅰ章 旅立ちの黎明
7/54

007 箱庭

とある三月の訓練風景。と、女子3人のちょっと変態チックな一場面。

「さて、これで完成だ」

 久々に自室へと戻って来て何やら作業を行っていた三月は、瓶のような物をテーブルに置きそう呟いた。

 瓶の中には波打つ水の中心に緑溢れる絶海の孤島のミニチュアが存在している。

 これは《箱庭》と呼ばれる魔導具であり、巷でもそれなりに有名な道具だ。瓶の内部は魔法的な細工が施されているため、現在は常夏の孤島となっており、調節をする事であらゆる環境に変化させる事も出来る。物の配置なども自由自在で大人から子供まで幅広い人気を誇る。

 しかし、値が張るため小型の物でも庶民には手に入れるのは困難とされているのだが、三月は女王に頼み城に保管してある物があるのでいくつか譲って貰ったのだ。

「さ、ちゃんと改良されているかどうかチェックしないとな」

 【識】を使用しながら《箱庭》の状態を確認を開始する。

「魔物の配置、クリア。不死属性の効果も付与、クリア。環境設定は常夏、クリア。ランダムでの天候変化、クリア……よし、完璧だ。俺が追加した機能は作動してる」

 チェックを終え、自らの作業に満足気に頷く三月。

 朱音との試合から既に数日が経過しており、三月の自己流の訓練も新たな領域へと突入していた。

 先日の試合を経て三月の【識】は新たなる能力を発現させた。それは[表示]と呼ばれる能力で、まるで視界がパソコンのディスプレイになったかのようにあらゆる情報を視界に表示する能力だ。普段[解析]を使用している時はその情報が頭の中に直接流れ込んでくるのだが、この[表示]を使用するとその情報を視界に映す事も出来る。いちいち情報を整理するのに[目録]の記録を漁らなくとも、見たいと思えば一瞬の内に視界に表示する事が出来るのだ。

 [表示]の能力はそれだけではなく、今までは[解析]により相手の攻撃を解析した場合、分析された結果が頭の中に流れ込み、その結果を元に動いて避けるしかなかった。だが、[表示]は[解析]により得た結果から攻撃の軌道を視界に赤いラインとして映し出す事が出来る。三月はこれを表示ガイドと呼ぶ事にした。これによりいちいち結果を見直すよりも素早い回避を行える。更に相手の軌道が見えるようになっただけでなく、誰かが物陰に隠れていた場合は壁越しに黄色い円で表示ガイドされる。

 更に更に、[解析]と併用する事で見た物の構造を表示する事も出来る。城などの巨大な物は流石に無理だったが《箱庭》程度の小型な物ならば魔法構造まで表示する事が出来た。

 なのでこの能力を使い三月は女王から貰った《箱庭》の改造を行った。

「《箱庭》のチェックは完了っと。えー、次は……」

 そう呟き、[目録]から必要な知識を[表示]する。そして【魔力収束】で指先に魔力を集中させると、何やら魔法陣のようなものを床に描き始めた。

「ま、ざっとこんなもんか」

 床に描いた魔法陣を見下ろしながらそう言うと、トンッと指先で叩いて魔法陣を起動させる。起動した魔法陣は淡い輝きを放ち始めその場でゆっくりと回転し始めた。

「さて、行くか」

 そう呟き、魔法陣の上に足を載せると、淡い輝きを放っていた魔法陣が眩いばかりの輝きを放ち始め三月の部屋を真っ白に染め上げる。そして輝きが治まると、三月の姿は部屋の中から消えていた……。


    ◆◇◆◇◆


「よっと。ふぃ〜……どうやら成功のようだな」

 周囲を見回した後、胸を撫で下ろしホッとした表情を浮かべる三月。

 魔法陣に乗った三月がやって来たのは海に囲まれた絶海の孤島。現在は真っ白な砂浜の上に立ち、どこまでも広がっているように見える壮大な海に向かって立っている。

「ふむ……暑いな」

 全身真っ黒な服に身を包んでいるため額に大粒の汗を浮かべながらそう呟く。

「環境の設定は正常。配置した魔物は……ちゃんと島の中を動き回っているようだな」

 【識】を発動して島の状況を確認する三月。まるでこの島自体を自分で設定したかのような発言だが、その通りである。

 この孤島こそ、三月が改良した《箱庭》、その内部である。

 元来《箱庭》は多忙な貴族などが旅行を擬似的に体験するために作られた、所謂シミュレータのような物とされている。特別な魔法陣を描く事で《箱庭》内部へと転移する事が出来、最近ではバカンスなども《箱庭》で済ませてしまう貴族もいるらしい。

 それを改造し、三月は絶海の『孤島における魔物との戦闘を想定したシミュレータ』へと作り変えたのだ。

 通常《箱庭》内部には魔物は存在しない。《箱庭》の中でも怪我はするし危険もあるのだ。だが三月は、あえて魔物が出現するように魔法的改良を施した。いずれ魔物と対峙する事になった場合、それに対処するための訓練を行うためだ。

 しかし、本物の魔物では無いとは言え下手をすれば殺されてしまう事もあるだろう。魔物は三月が書斎で調べた図鑑から【識】による[解析]で本物と遜色ない動きをするように設定されている。

 実戦を想定した訓練ではあるが死んでしまっては流石に元も子もない。なので三月はもう1つ設定を施してある。それが《箱庭》内部における不死属性の付与である。

 この不死属性を施す事でこの《箱庭》内部ならば何があろうともこの砂浜で復活するように出来ている。だが、魔物に殺されたり崖から落ちたりした場合はその痛みは感じるように出来ているため、過酷な訓練になる事は容易に想像出来る。

 更に三月はより実戦に近い訓練となるように天候がランダムで変化するように設定した。実戦ではいつ天候が崩れてもおかしくない。それに対処出来るようにならなければこの《エタニティ》を生き抜く事は出来ない。三月はそう思っている。

「さて、行くか」

 カチリと刀を鳴らすと、三月は魔物が闊歩する島の中へ足を踏み入れた。


    ◆◇◆◇◆


 10分後。

「ぉぉぉおおおおおおッ!! わあああああああああああぁぁぁッ!!」

 絶賛三月は逃走中だった。

 背後に大量の魔物を引き連れながら全力で森の中を疾走する。

「チッ! まさか初っ端から魔物の密集地に出くわすなんて冗談じゃねぇぞ! どんだけ運が無いんだよ!」

『Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaッ!!』

「うお!? 前からも! 仕方ないっ」

 三月は全力で駆けながらも刀の柄に手を掛け目の前の魔物へと一直線に突っ込む。そして魔物と接触する瞬間、鯉口を切って刀身を抜き放った。

 シュパンッ! と弾けるような音と共に【居合】が炸裂し、目の前の魔物が真っ二つに斬り裂かれる。そしてそのまま魔物の死を確認する事無く通り過ぎて行く。

「クソッ。いつまでも逃げてるだけじゃ埒が明かない。いっその事突っ込んで全滅させちまうか」

 そう呟くと、三月はダンッと地面を蹴り付け後方の魔物の集団へと身を投じた。

 三月は【魔斬り】により周囲の魔物を一瞬で殲滅すると、自分を取り囲むように円を組んだ魔物を警戒しながら柄に手を掛ける。

 [表示]を使用しつつ、背後からの奇襲にも最大限の警戒を置き、魔物が襲い掛かって来るのをじっと待つ。

「っ!」

 視界に映し出されたのは背後からの奇襲攻撃の赤いライン。三月は素早く後方を振り返り、振り返りざまに【居合】を放ち今まさに三月へと飛び掛って来ていた魔物を真っ二つに斬り裂いた。

 それを皮切りに他の魔物も触発されたように三月へと飛び掛って行く。

「ああ面倒くせぇ! 全員まとめて掛かって来い!」


    ◆◇◆◇◆


 30分後。満身創痍の体で三月は砂浜に寝転がっていた。

「はぁ……はぁ……クソッ。まともに運動をしていなかったツケが来たな。もう動きたくない……」

 大量の魔物を全滅させた三月だったが、日頃の運動不足が祟り全身に疲労感が圧し掛かっていた。不死属性のお陰で負った怪我は既に回復しているのだが、疲労感までは流石に不死属性でも取り除く事は出来ない。むしろこれは訓練なのだから、どの程度動けば疲労するのかも覚えなければ意味がない。

「魔物の動きに大分反応出来るようになってきたな。人型じゃないから攻撃を見極めるのが大変だが、【識】を使えば辛うじて避けられる。これなら本物の魔物とも十分戦えるだろ……まあ、もう少し体を鍛えなければいけないがな」

 そう呟くと、ミシミシと軋む筋肉を酷使して立ち上がり砂浜の上に描かれている魔法陣を踏む。すると三月の姿は砂浜から消え、一瞬の内に《箱庭》の外の自室へと転移した。

 ふらふらと覚束ない様子で歩き、そのままベッドにドサリと倒れこむと黒ローブを脱ぐ暇もなく眠気が襲って来た。

「訓練の続きは……明日……だ、な……」

 そう一言だけ発すると、三月の意識はホワイトアウトしていった。


   ◆◇◆◇◆


 トン、トンッ。

 慎ましやかなノックをするのは三月の幼馴染である二遥である。

「三月君、居ないの?」

 三月の部屋のドアを再度トントンと叩くが中から反応が帰ってくる様子は無い。

「どうせまた書斎に居るんじゃないの?」

 そう言ったのは遥の後ろに控えていた朱音だ。

 先日三月から受けた怪我は遥の治癒魔法により既に回復している。

「ううん。さっき書斎には行ってみたけど居なかったよ」

「ほんならやっぱ部屋の中に居るんやない? ほら、何かに集中してノックが聞こえへんとか、疲れて寝とるとか。ヤッシーってやりたい事ドバーってやって、疲れたら寝る癖があるやん? 今回もそんなんとちゃうか?」

 そう言ったのは腰に刀を携えている黒髪ポニーテールの関西娘、一鈴子だ。

「え? あー、確かにそうだった……気もする」

 どことなく自信の無い遥を見て、朱音はどこか訝しげに眉を顰めて鈴子を見る。

「遥が知らない事を何であんたが知ってるのよ?」

「えっ? い、にゃ、にゃはははは……何でやろなぁ?」

 いつも何か都合の悪い事があると盛大に笑うか、別の話題を振って話を逸らす鈴子にしては珍しく、どこか気まずそうな表情を浮かべて朱音から顔を逸らした。

 まるで三月と親しい関係であるかのような鈴子の発言に訝しげに首を傾げる朱音だったが、それは後で問い詰める事にして遥へと向き直る。

「それで、どうするのよ遥? 夜白の奴に聞きたい事があったんでしょ?」

「う、うん。あるんだけど……」

 遥はチラと三月の部屋のドアを一瞥し、どうしようと迷うように朱音に視線を向ける。朱音はどこか面倒くさそうに目を細めると、ドアノブをがしっと掴み一気に開け放った。

「あ、朱音ちゃん!?」

「面倒くさいわ。あんた幼馴染なんだから堂々と入れば良いのよ」

「で、でも……あ、ちょっと朱音ちゃん!」

 ズカズカと部屋の中に入って行こうとする朱音を制止する遥だったが、朱音は無視して部屋の中へと足を踏み入れた。

「にゃははは、流石朱音っちや。ハルちん、朱音っちの言う通り幼馴染なんやからそんな畏縮する必要あらへんよ。もっと堂々とヤッシーの前に立てばええねん」

 鈴子もそう言い残し三月の部屋へと入って行った。

 遥はどうしようかと迷ったように俯くが、やがて決心したのか自らも部屋の中に足を踏み入れた。

 部屋の中へと入った女子3人がまず発見したのは、テーブルの上に置かれた小さな瓶だった。中には小さな島のミニチュアが入っており、島の周りを囲む海はまるで本物のように波立っている。そして次に見たのは部屋中に積み上げられた、書斎から持って来たと思われる本の山。図鑑のようなありきたりな物から表紙を見た限りでは一体何の本なのかよく分からないものまで様々だ。

 そして最後に見たのは本に囲まれ、傍らに刀が立て掛けてあるベッドに倒れ伏すように寝ている三月の姿だった。

 相当疲れているのか、黒ローブを着た状態でまともな武装解除をする事なく眠っている。

「これ……ホントに夜白?」

 朱音が三月の顔を覗き込みながらポツリと呟く。

 それもそのはずだ。先日朱音は完膚なきまでに三月に叩きのめされた経験があり、その時の三月は情け容赦の無い氷のように冷めた印象だった。しかし、今目の前で眠っている三月はすぅすぅと規則正しい寝息を立てており、その表情はさながら無邪気な子供のようであった。

「うん、そうだよ。……凄く疲れてるみたいだね」

「そうなの?」

「うん。三月君、いつもは寝てても誰か来るとすぐに起きちゃうから。でも疲れてる時は体を休めるために寝続けるの」

「何か殺し屋みたいね。殺気とか感じたら起きるのかしら?」

「多分起きるで。悪戯とかしようとするとパッと目ぇ覚ます。でも、物凄く機嫌が悪いんや。あんま起こさん方がええと思うで?」

「だからだから何であんたがそんな事知ってるのよ?」

「さぁ〜……? 何でやろなぁ?」

 露骨に視線を逸らして誤魔化す鈴子を朱音は訝しげに睨む。しかし鈴子は視線を合わせようとはしない。そんな鈴子の頬を一筋の汗がツーっと流れ落ちて行く。

「そ、それよりもヤッシーや! 随分と寝苦しそうな格好しとるやん? これ、着替えさせた方がええんちゃう?」

「誤魔化したわね……まあ、鈴子の言ってる事には一理あるわ。でもあたしは嫌よ。好きでもない男の着替えなんてしたくないわ」

「ほんならウチとハルちんでやるから、朱音っちはそこで見ててや。ほら、やるでハルちん?」

「え? あ、うん」

 ただ単に話をしに来ただけなのに何故こんな事に? と内心疑問に思いながら、遥は三月の黒ローブを脱がせる。

「……何で砂だらけなんだろ?」

 それは三月が《箱庭》内部の砂浜に寝転んだからなのだが、それを知らない遥は不思議に思いながら壁の上着掛けに黒ローブを掛ける。

「ちょ、ちょちょちょっと鈴子! 何してるのよ!?」

「何って……ヤッシー凄い汗やし、脱がせへんと風邪引いてしまうやん?」

 不思議そうに首を傾げる鈴子は三月のシャツを脱がし上半身を裸にする。

 まるで女性のように線の細い、白い柔肌が露わになり、それを直視してしまった遥と朱音は顔を赤くして顔を背けた。

 あまり筋肉の付いていない細い腕、無駄毛の全く無いツルツルとした胸、腹筋が割れていないが無駄な贅肉が一切付いていない腹。普段は目付きが悪いため気付かないが、無邪気に眠っている三月の顔は中性的であり、パッと見では女性のようにも見える。

 長く一纏めにされている黒髪を解けば、眠れる美女と言っても遜色ない美貌の持ち主が現れた。

 角度によっては男性にも女性にも見て取れる三月の顔。それが上半身裸で寝ているのを見て、女性陣3人は思わず生唾を飲み込んだ。

「こ、子供の頃見た事があったけど、改めて見ると凄い……」

「顔は整ってるのにイケメンに見えないって思ってたけど、まさかこんな秘密が……」

「我慢出来へん。食べてしまいたいわぁ……じゅる」

 若干1名危険な発言をしているが、それぞれ思う所があったのかじっくりと三月の肉体を見ながら考え込む。

 そこでハッと我に返った朱音は頭をぶんぶんと振って思考を切り替えた。

「ちょちょちょっと! こんな事してる場合じゃないでしょ!? さっさと着替えさせなさいよ! これじゃああたし達の方が変態みたいよ!?」

「せ、せやな。ほな、ちゃちゃっと着替えさせよか!」

「う、うん! そ、そそそうだね! 早く着替えさせないと風邪引いちゃうもんね! そうだ、私身体拭く物持って来るね!」

 半ば叫ぶように言う3人だが、三月が起きる気配は全く無い。3人に悪意が無いため起きる必要が無いと本能で判断しているのだろう。

 その後も、ドタバタとしたハプニングが色々とあったが、何とか三月を着替えさせる事に成功したのだった。

三月の顔は男女ともに見惚れるほどの美形です。パッと見女性ですが、骨格が男性のため角度によって捉え方に変化が出ます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ