051 正体不明魔物討伐依頼
「書類整理終わりっ、と! んーっ! ようやく休憩できるわね」
ポ〜イと羽ペンを放り出した朱音は、凝り固まった体をほぐすためにぐっと背伸びをしてふぅと吐息した。
朝に書類整理を開始して大体3時間が経過しており、すっかり日も高くなってしまっている時刻だ。
我ながらよくこんな面倒な作業が続けられるものだ、と朱音は自分自身の集中力を他人事のように賞賛する。
元々朱音はスポーツバカと周囲に言われるほどの運動好きだ。地球に居た時もいくつかの体育会系の部活を掛け持ちし、毎日早朝に起きてランニングを行うのが日課だった。だからと言って脳筋というわけではなく、勉強もそこそこ得意で、クラスメイトへの気遣いも出来たため中学時代はクラス委員を受け持っていたこともある。
しかし、やはり根っから体育会系なのか、事務作業よりも体を動かしている方が朱音自身性に合ってると思っている。それでも頑張れるのは、ひとえに自分を信頼して《クロス・ホープ》の仕事を手伝ってくれる、涼子や夏海のような存在があるからだろう。
書類を1つに纏め机の引き出しの中へと仕舞い込み、朱音は3人にも声を掛けた。
「みんなご苦労様。貴女達も休憩にして良いわよ」
「よっしゃ! それやあええ時間やしご飯にしよか!」
「鈴子。あんたは依頼書の確認だけなんだから別に休憩しなくて良いわよ。そのまま働いてなさい」
「酷ッ!? そらあんまりや!?」
鈴子の慌てっぷりに涼子と夏海の2人もクスクスと笑みを漏らし、朱音はふふんと鼻を鳴らしてからかうように笑った。
「ふふっ、冗談よ。早速食べに行きましょ」
「朱音っちも意地が悪いわぁ……まあええか。騎士の人に美味しい食べ物屋はんがあるって聞いたんやけど、そこ行かへん?」
「高級レストラン?」
「いや、ちゃうで。どちらかと言うと大衆食堂に近いお店や。教えてくれた人も騎士言うても庶民上がりやし、そもそも高級料理ってあんまお腹一杯食べられる気がせぇへんやん?」
「確かに。あたしとしても庶民的な料理の方が好ましいわ。ジョギングの後のラーメンとか最高なんだけど、この世界にはラーメン無いのよねぇ……」
「ジョギングの後のラーメン……気持ち悪くなりそうです」
「そう? あたしは全然平気なんだけど?」
「そら朱音っちの胃袋が獣並みに丈夫やからやろ」
「あぁ? それを言ったらあんたなんて大食いじゃない。胃袋の丈夫さで言ったら獣通り越してブラックホールよ? ホント、よく太らないわよね」
鈴子は普通の人よりもよく食べる。一食の量は大体3人前ほどであり、それを1人でペロリと平らげてしまうほどだ。にもかかわらず鈴子の体型にはほとんど変化が無く、非常にほっそりとしている。
「ふふ〜ん♪ ウチは食べた分だけ脂肪が胸にいくから、そないなに食べる量を気にしたことは無いんよ」
と、自信満々に胸を張って言う鈴子。朱音は不快なものでも見るかのようにジトッとした目でそれなりに膨らんでいる2つの果実を睨み付け、不機嫌そうに低い声音でこう返した。
「あんたそれ、遥の前でも同じこと言えるの?」
「すんません調子こきましたぁ!」
先ほどまでの余裕はどこへやら、鈴子は即行で手の平を返して体を90度に曲げて全力で謝った。
鈴子の胸はあるとは言ってもそこそこ。小さくはないが決して巨乳と呼べるほど大きくはない。敢えて評価を付けるとするのなら、均整の取れたスレンダーな体格をより美しく際立たせる美乳と言ったところだろう。
だがしかし、遥の胸は美乳などと中途半端な大きさではない。その大きく豊満に膨らんだ2つの果実は世の男共を魅了する。服でも隠しきれないほどの大きな胸は決して垂れることはなく、ツンと前を向いている。その膨らみに自らの手を埋めたい衝動に駆られた者は数知れず、しかし決して触れることの叶わない禁断の果実。小柄な体格はその2つの膨らみをより一層際立たせ、まさに完璧な巨乳と言っても過言ではない。
「はぁ……そんなことはどうでも良いからさっさとご飯食べに行きましょ? 鈴子も、いつまでも頭下げてないでとっとと案内しなさいよ」
「合点承知や!」
そうして4人は書庫を出て行った。
◆◇◆◇◆
「ふぅ〜ん、確かにこの店中々イケてるわね。店員も結構気さくだし、内装も素朴だけど清潔。この定食もランチにぴったりなボリュームで申し分ないわ」
「せやろ?」
「凄く、美味しいです」
「うん、とっても美味しいね」
鈴子に案内され、騎士の人に教えてもらったという大衆食堂へとやって来た《クロス・ホープ》の面々は料理を口に運び、各々の感想を述べながら昼食の一時を過ごしていた。
朱音もテキトーにパスタ定食とやらを注文し、「どうせならお米が食べたいなー」などということを鈴子と話しながらその一時を堪能した。
しばらくして昼食を終えた4人は食後の余韻に浸りながら、午後の予定はどうするかを話し始めた。
「さて、午後はどうましょうか? もう書類整理も終わっちゃったし、だからと言って何もしないのも嫌よね?」
朱音がそう切り出すとまずそれに答えたのは夏海だった。
「五十嵐ちゃんのことだから訓練でもすると思ったんだけど、それじゃ駄目なの?」
「訓練って言ってもいつも通りの模擬戦でしょ? 最近マンネリ気味だしちょっと飽きてきたわ」
「そのいつも通りの積み重ねが大事だと思うんだけどね……」
「そうは言っても、対戦相手が限られてるんじゃ積み重ねようがないわよ。訓練の内容に少しずつ工夫を加えていかないと、いつまで経っても成長なんて出来ない。それは貴女も理解しているわよね、夏海さん?」
「まあ……うん、確かにそれは理解してるけど、結局これからどうするの?」
「それはあたしも分からない」
きっぱりと真顔でそう言い切る朱音に、夏海は肩を落として脱力し、若干の呆れを孕んだ溜め息を吐いた。
すると、涼子がちょこんと控えめに手を挙げて口を開いた。
「あの……それじゃあ街の巡回とかどうでしょう? 鈴子さんに負けた腹いせにまた虎坂君達が何か悪いことしているかも」
「却下よ。巡回にはもう何人か《クロス・ホープ》のメンバーを割り当ててるし、元々街の巡回は騎士の仕事よ。虎坂がバカやらかした時のために何人か手伝わせてるけど、これ以上騎士団の仕事を横取りするわけにはいかないわ」
「あぅ……そうでした」
バッサリと意見を切り捨てられ、しゅんとほんの少しだけ落ち込みながら涼子は引き下がった。
「で? 鈴子は何か意見無いの? てか出せ」
「ん〜、そうやなぁ……」
鈴子は顎に人差し指を当てながらうーんと小首を傾げる。そして不意に何かを思い出したのか、ポケットの中から何やら折り畳まれた1枚の紙切れを取り出してテーブルに広げた。
「これ、冒険者ギルドから騎士団を通してウチらに回された依頼なんやけど、暇を潰すんには丁度ええんちゃう? 中々興味深い内容やで、ちょう見てみぃ」
そう促され依頼書を手に取って内容に目を通していく朱音。
最初はあまり依頼書の内容に興味を抱いていなかった朱音だったが、依頼書の内容に何やら引っ掛かる点を発見したのか、一瞬だけ驚いたように目を見開くと眉根を寄せながら難しい顔で依頼書を読み進めていった。
やがて依頼書を読み終え、それをテーブルの上にポンと置くと、腕を組みながら深い溜め息を吐いた。
そんな朱音の態度が涼子と夏海の2人も気になったのか、置かれた依頼書を覗き込み内容に目を通していく。
「えーと……【正体不明魔物討伐依頼】?」
「『ステラ城下町の北方に位置する《涼風の森》にて現れた正体不明の魔物の討伐依頼。数日前に突如として出現した謎の魔物が旅人や冒険者を襲う被害が続出。討伐へと派遣した冒険者もその時に着用していた衣服と装備のみを残し行方を眩ませた。恐らく討伐対象の魔物が何らかの特殊能力を持っていたものと思われる。至急この魔物を討伐し森に平穏を取り戻して頂きたい』。……んー、正体不明の魔物か。確かに中々興味深い内容だね」
「せやろ? 巷を騒がす正体不明の魔物。その正体をウチらが暴く! ……てぇ、考えるとなんやワクワクせぇへんか?」
「少し、興味は湧きますね」
「やったら、この後一緒に《涼風の森》へ行ってみぃへんか?」
「で、でも……危険なんじゃないですか? この魔物、相当強いみたいですし、そもそも情報がほとんど無いのに討伐なんて……」
「うん、私も同じこと考えてた。もしこの依頼書にあるように魔物が何か特殊な能力を持っていた場合、私達だけで対処できるのかな?」
「それはウチにも分かりまへん。でも、なんぼなんでも情報はゼロやない。まるっきし対処が出来ないわけやないはずや」
鈴子の説明に涼子と夏海は「どういうこと?」と言いたげに首を傾げた。
「まず、この魔物は正体不明ではあるけどどんくらい強いのかは分かる。正体が分からんってことはこの魔物に遭遇した人はみんな殺されてるっちゅうことや。つまり、ベテランの冒険者をものともしないくらいに強い。
ほんで特殊能力について。依頼書には冒険者は装備品を残して行方を眩ませたって書いてある。でも何故装備品だけが残っとるのか。それはこの魔物の特殊能力が生物にのみ有効やからなんやないかとウチは考えてんねん。生物を跡形も無く消滅させる能力。それがどないなものなのかは知らんけど、実際に魔物にあってみれば対処法は自ずと分かると思うんや」
「ふむ、魔物は有している特殊能力に応じてその特徴が見た目に表れる。つまり、実際に見てみればどう対処すべきか分かるってことだね?」
「せや。だからこの依頼、ウチは受けても良いと思っとる。もし本当に危険だと思うたら逃げればええしな」
パチンとウィンクしながらそう言う鈴子に、涼子と夏海の2人は少し安心したように微笑を浮かべたが、ただ1人、朱音だけは仏頂面を崩さずこう口を開いた。
「あたしは反対よ。この依頼はそんな軽い気持ちで受けて良いもんじゃないわ」
「朱音っち?」
朱音は厳しい視線を鈴子に向け、鈴子は不思議そうに朱音を見返した。
「鈴子、あんた分かってるの? この依頼は明らかに普通じゃない、異常よ。ベテランの冒険者が何人も殺されてる。あたし達異世界人は普通ではないけど、完璧じゃない。心臓を貫かれれば当然死ぬし、ゲームみたいに蘇りの呪文なんて都合の良いものも存在しない。1歩でも間違えれば死ぬの」
朱音は鋭い目付きで鈴子を睨み付ける。しかし、鈴子は至極真面目な顔で物怖じることなくこう返した。
「暇潰しでこの依頼を提案したのは悪かったと思ってんねん。ごめん。でも、この依頼が普通やないことくらいウチも理解しとるよ。危険なこともきっとあると思う」
「だったら……!」
「朱音っちが言いたいことは分かっとるつもりや。この依頼は明らかに異常やし、誰かがウチら《クロス・ホープ》に責任を押し付けようとしていることも重々承知してんねん。でもなウチ、ちーとばかしワクワクしてんねん」
「ワクワクってあんた……」
「確かに不謹慎なのは分かっとる。でも、見たこともない強い相手と戦ってみたい。そないな好奇心が止められへんのや。もちろんそれだけの理由やなくて、《クロス・ホープ》として困ってる人のために戦いたいっていう使命感もあるんやけどな」
「……」
そう言って薄っすらと微笑を浮かべる鈴子の顔を、朱音は真剣な顔でじっと見つめていた。
そして、どこか鈴子の顔が三月の顔とダブって見え、ふっと小さく微笑を漏らした。
(そっか……あんたも、あいつの背中を追って前へ進もうとしているのね)
確かに三月ならばこの依頼は絶対受けるだろうな、と朱音も何となく予想できた。
自分の思うまま、好奇心が赴くままに生きている少年。そんな彼の姿を追い求め、鈴子もまた四郎や遥と同じように前へと歩みを進めようとしている。どんなに危険な依頼であろうと全力で楽しもうとしている。この世界を好きになり、そして知ろうとしている。そんな鈴子の表情にはこの世界をゲームのように捉える愚かさや、異世界人の力を過信する慢心など微塵にも含まれていなかった。
朱音は少しだけ考えるように瞑目すると、やがて呆れたように肩を竦め、溜め息を吐いた後こう言った。
「はぁ……まったくあんたって奴は、どこまで行ってもお気楽能天気なのね」
「せやな。でも、それがウチやからしょうがあらへんねん」
「あんたの気持ちは何となく分かったわ。しょうがないからあたしもこの依頼に賛成してあげる。いずれにせよ、いつかは解決しなきゃいけない問題ですものね。それが《クロス・ホープ》の役目でもあるし」
「うん、ありがとう。朱音っち」
「でも、もしもの時の判断はあたしがするわ。もし本当に危険だと判断したら即時撤退。それだけは覚えておきなさい。2人も良いわね?」
「りょーかいや♪」
「は、はいっ!」
「うん、理解した」
「んじゃ! 時間も勿体無いしとっとと準備して出発するわよ!」
「「「はい!」」」
◆◇◆◇◆
3時間後。朱音達《クロス・ホープ》の4人は《涼風の森》の入口部分へと到着していた。
朱音は移動用の馬車から降りると、雇った御者に指定した時間にこの場所に戻ってくるように告げ、鬱蒼と茂った森を見渡して気分が悪そうに顔を顰めた。
「確かに、いやぁ〜な気配が漂ってるわね。何だかここに居るだけで気分が悪くなりそうだわ……」
「せやな。朱音っちの言う通り肌を撫でられるような感覚があるけど……それだけやない。周囲に魔力が漂っとる。多分、魔物が原因やと思うんやけど……」
「そ、それだけではないです。何だか妙に森全体が静まり返っているような気がします。凄く、不気味です……」
「件の魔物が他の魔物を襲っているのかもしれないね。だから目的の魔物以外はみんな逃げてしまったんじゃないかな?」
「でしょうね。この森の魔物は、元々駆け出し冒険者でも倒せる程度の弱い魔物しか生息していないもの。ベテランの冒険者すら殺す魔物が暴れてたらそりゃ逃げ出すわ」
「それでどうします? ここにいつまでも立ち尽くしていても意味はないと思うんですが」
涼子の言葉に、朱音はしばし顎に手を当てて考えると、こう口を開いた。
「青海さんの言う通りね。まずは目的の魔物を見つけないことには始まらないわ。早速森に入って調査を開始しましょう。何度も言うようだけど目的の魔物は相当強力な力を持っていることは確実よ。だから細心の注意を払うために隊列を組んで進んで行きましょう。
まず、あたしが先頭で前方の状況を確かめながら道を示すわ。その後ろに青海さんと夏海さんが並んで周囲の警戒をして頂戴。なるべく視野を広く、全体を見るような感じでお願いするわね?」
「「了解」」
「そして最後に鈴子。あんたは1番後ろで背後からの奇襲に備えて警戒してくれるかしら? あたし達の中で反射神経はあんたが1番良いはずだし、【抜刀】も発動速度は最速よ。頼めるわよね?」
「りょーかいや。皆の背中はウチに任せとき!」
そう意気込んで胸をポンと叩く鈴子の様子に満足したのか、朱音は笑みを浮かべてコクリと首を縦に振ると、森へと視線を戻してこう言った。
「さっ、出発するわよ! 各自自分の役割を全うするように心掛けなさい!」
「「「了解っ!」」」
◆◇◆◇◆
朱音達が《涼風の森》の探索を開始して30分が経過した頃、ふと先頭を歩く朱音が何かに気付いたように3人に手で制止を掛けた。
「みんな、ちょっと止まって」
「どしたん? 何か見つけたんか?」
「誰かが近付いてくる気配がするわ。大体……10人くらい」
朱音の言葉に一同は警戒を強め、息を潜めつつじっとその集団が近付いて来るのを待つ。
そして数秒後、前方から姿を現したのは全員が各々武器を携えている十数人にも及ぶ武装集団だった。
朱音はその集団を見て、1人1人が統一性のない格好をしていることから彼らが冒険者であることを理解する。装備している武具がそこそこ上質であることから、どうやら彼らはそれなりにランクの高い冒険者であることが窺える。
冒険者の中には弓使いや魔導師などの姿も見られ、バランスの取れたパーティーのようだ。
冒険者の集団は朱音達の姿を視界に留め、一瞬だけ警戒したように武器に手を伸ばそうとするが、リーダー格と思しき大剣を背負った重装の男がメンバーを手で制すると、1人こちらへと歩み寄って来てこう言った。
「俺達は《ステラ王国》の冒険者ギルドに所属している冒険者だ。見たところ同業者というわけでも無いようだが、女子供がこのような場所に一体何の用だ?」
そう問いを投げ掛けられ、朱音は代表して1歩前に歩み出ると身長190センチはあるであろう大男に物怖じることなくこう返答した。
「この森に出現したっていう正体不明の魔物を討伐しに来たのよ。あなた達も同じ理由でしょう?」
「ああそうだ。ギルドから依頼されてな。即刻魔物を退治せよとのことだ」
「あたし達も似たような理由よ。冒険者ギルドから出された魔物の討伐を騎士団を通して依頼されたわ。まあ、あたし達は冒険者ではないけどね」
朱音のその説明を聞いて、冒険者の男は何か合点がいったのか、「成る程」と呟きを漏らした。
「貴様らが最近噂となっている新興ギルド《クロス・ホープ》か。冒険者ギルドが放棄した依頼から、必要とあらば無報酬の依頼まで何でもこなす異世界人の集団。人々に平和をもたらし、救いを与えることを目的とし、勇者が設立したことから付けられた別称は《勇者ギルド》だったな。ふっ、とんだ物好き集団だな」
「ええそうね。あたし達は物好きの集まり。報酬額こそが全てとも言えるあなた達冒険者とは根本的に違う組織。そう思われても不思議じゃないわ」
「ふっ、そうか。だがな小娘、貴様は1つだけ間違っているぞ?」
「何かしら?」
「俺達冒険者は、別にただ報酬が欲しいからという理由だけで冒険者をやっているわけではない。中にはそういう輩もいないとは言い切れないが、俺達には俺達の信条がある。冒険者は金こそが全てなどと無粋な決めつけは撤回してもらおうか」
「……そうね、それは謝るわ。ごめんなさい」
「ふんっ。別に構わんさ。それが俺達冒険者に対する一般的な認識だ」
男はそう言って朱音に背を向けて腕を組む。
確かに冒険者ギルドと朱音達《クロス・ホープ》は本質的には全く違う組織だが、実質的にはやっていることに然程の違いはない。《クロス・ホープ》も全ての依頼を無償で請け負うわけでもないし、敢えて違いを挙げるならばそれぞれが抱いている信念と、最終的な目的だろうか。
そして、朱音は男にこう言葉を投げ掛けた。
「ところでちょっと提案があるんだけど、結局のところあたし達の目的は同じなわけじゃない? だったらあたし達と協力しない?」
「何だと?」
「連携して探索に当たった方が効率は良いんじゃないかしら? それにあたし達って結構腕が立つの。決して損はさせないわ」
「ふん……元々貴様らと我々冒険者は仕事を取り合う商売敵のようなものだ。そんな相手を信用などできんな。もしかすると手柄を独り占めにする腹積もりかもしれん」
「別にあたし達は手柄なんか求めていない。ただ魔物の正体を明かして事件を解決したいだけ。手柄も報酬も貴方達に全部上げるわ。それでも嫌って言うの?」
「ああ、そうだ」
男はそう即答して鋭い目付きで朱音を睨み付けると、こう言葉を続けた。
「あまり調子に乗らない方が良いぞ、小娘共。俺達には俺達のやり方がある。それを貴様ら《クロス・ホープ》に好き放題掻き回されるのは我慢ならん。はっきり言わせてもらうが仕事の邪魔だ。子供の遊びに付き合っていられるほど、俺達は暇ではない」
その言葉に鈴子、涼子、夏海の3人はムッと不機嫌そうに口元を歪め、朱音だけはその返答を予想していたかのように「そっ」と短く返答した。
「最後に1つだけ忠告しておく。全ての人間が異世界人の召喚を喜んでいるわけではない。よく覚えておけ」
そう言い残し、男は仲間の冒険者を引き連れて森の奥へと消えて行った。そして完全に冒険者の気配が消えた時、まず口を開いたのは納得がいかない様子で眉を顰めた夏海だった。
「……五十嵐ちゃん、何で何も言い返さなかったの? 別に私達は遊びでやってるわけじゃ……」
「……」
朱音はスッと目を細め、夏海の顔を一瞥すると、いつになく静かな口調でこう口を開いた。
「確かにあたし達は遊びで《クロス・ホープ》を作ったわけじゃない。いつも本気で仕事に取り組んでいる。でもね……あたし達は異世界人なの。本来ならこの世界には居ないはずの人間よ。彼ら冒険者にとって、あたし達は所詮この世界の異物に過ぎない。彼らは誰よりも自由で、誰よりも自我が強い。だから異世界人なんて必要としていないし、どうだって良い。あなた達が今まで見てきた人間とは正反対の人間達よ。
彼らの言い分は正しいわ。本来ならあたし達はこの世界に何の義理もない。勝手に召喚されて、勝手に好き勝手やってるよそ者よ。だから、彼らのあの態度は当然の事なの。全ての人間があたし達の味方をしてくれるとは限らない。それが……この世界での常識であり、普通よ。覚えておきなさい」
「う、うん。分かった」
(朱音っち……)
何かを悟っているかのようなその言葉に夏海は驚いたように返事をし、一方鈴子は朱音の纏う穏やかな波のようで、その実刃物のように鋭い雰囲気に『彼』の姿が重なって見えたのか、思いつめるように眉を顰めた。
しばしの沈黙が一同を包み込んだが、その沈黙を破ったのは意外にも涼子だった。
「あ、あの〜……皆さん。そろそろ出発しませんか? このままだと、冒険者の人達に先を越されてしまうと思うんですけど……」
涼子の言葉に朱音はふっと笑みを浮かべ「それもそうね」と言って森の奥を見据えた。
「彼らの言い分はもっともだけど、あたし達にもあたし達の考えがある。そして何より……負けてやるのも何だが癪だわ」
子供っぽく口先を尖らせながらそう言った朱音の様子が面白かったのか、鈴子はクスリと笑みを浮かべた。
「せやな。あんだけの腹立つ事を言われたんや。せめて先越してドヤ顔で『ねぇ、今どないな気持ち?』って言ってやらんと気が済まん」
「煽っていくスタイルか……ふふっ、嫌いじゃないよ。そういうの」
「わ、私もあの人達の事ちょっと怖いですけど……ちょっと腹が立ったので脅かしちゃいます」
「あら? 3人とも乗り気ね。んじゃっ、ぱっと魔物の正体突き止めて、あいつらに一泡吹かせるとしますか! 行くわよみんな!」
「「「了解!」」」
この番外編は後2話ほど続きます。




