046 マイペース少女現る!
「ふわぁ〜……お腹いっぱぁ〜い。ごちそ〜さま〜」
魔人の少女は三月から分け与えられた食べ物を完食し、ポンポンとお腹を叩きながら満足気にそう言った。
「こいつ……俺の昼飯まで食いやがったぞ」
魔人の少女とは裏腹に三月が若干不機嫌そうな顔でそう呟くと、少女はにぱぁ〜と満面の笑みを浮かべて顔をこちらへ向けた。
「いやぁ〜、ありがとねぇ? ほんとに助かったよぉ〜」
「……別に」
「はにゃ? 何で不機嫌なのぉ〜?」
「……何でもない」
三月が少女から顔を背けると、代わりにロムが少女に質問を投げ掛けた。
「ねぇねぇ。それで貴女は何者なの? 何で魔人なのに人間の国に? 人間と魔人って対立してるんでしょ? 何で?」
「そんないっぺんに訊かれても答えられないよぉ〜」
「あ、ごめん」
ロムはペコリと頭を下げて謝るが、少女は全く気にしてないと言いたげににぱっと笑顔を浮かべた。
「えっとぉ、それじゃあ自己紹介するねぇ〜? アタイは日奈。立花日奈。ご覧の通り《魔人族》だよぉ〜。よろしく〜」
「あ、うん。ロム・エル・エストです。よろしくね」
「……夜白三月だ」
「よろしく〜」
自己紹介を済ませ、三月は不機嫌そうな顔を崩さないまま、改めて日奈と名乗る魔人の少女を観察していく。
1番特徴的なのは若干垂れ目気味な目元で、顔は日本人形を連想させるほど整っている。瞳の色は三月と同じで漆黒で、髪の毛も瞳と同じで漆黒だ。前髪は眉毛に掛かる辺りでぱっつんに切り揃えられている。後ろ髪も肩に触れる寸の所で綺麗に揃えられており、所謂おかっぱ頭というやつだろう。身長はロムよりも若干高く、日本美人と言うよりは昔ながらの活発な少女という印象だ。
着衣はこの世界では珍しい和服である。黒い布地に花の刺繍をあしらった、太腿を大胆に露出させている丈の短い着物。生地は薄く非常に身軽そうだ。俗に言うミニ浴衣というものによく似ている。
日本出身であり和服にそれなりの知識を持っている三月からしてみれば、そこはかとなくなんちゃって和服美少女といった雰囲気を漂わせている。
そんな奇妙な格好に拍車を掛けているのが、腰に巻かれた赤い帯の横に佩いている2本の刀である。左右の腰に引っ提げられているその双刀からは、三月の【八式】に負けず劣らない威圧感が発せられている。恐らくは妖刀だろう。
何とも奇妙な風貌をした謎の美少女立花日奈。その極めつけは……
([解析]出来ない……)
つい先ほどから三月は【識】の[解析]能力を使って日奈の情報を覗こうとしていたのだが、視界の端に【30分45秒】と解析を完了するまでの所要時間が表示されてしまっていた。これは三月よりも遥かに実力が上、または【識】の成長度が足りていない時に起こる現象である。しかし、解析時間が延びるとはいえ、流石にこれほどまでの所要時間を要求されたりはしない。ということは……
(……俺の実力がこいつより劣っているからでも、【識】の成長が足りていないというどちらか1つの理由ではなく……その両方とも、こいつの実力には届いていないってことか)
恐らく、目の前の日奈という少女は、三月とロムの2人が全力を出しても押さえきれないほどの実力を秘めている。それはパラメータが見えなくてもひしひしと伝わってくる。
日奈に敵意が無いことだけが、今の三月にとっての唯一の救いと言える。
その後もじっと見つめていると、日奈は緩い笑みを絶やすことなく三月にこう言った。
「見定めは〜、終わったのかなぁ〜?」
「……」
ただ見つめていただけにもかかわらず、日奈は三月の視線の意図をピタリと言い当てた。
(実力も上なら、相手を見定める能力も上ってことか……)
そう思い、三月は仕方ないと負けを認めたように両手を挙げて降参の意を示した。
「はぁ……負けたよ。流石は魔人だな」
「わぁ〜い、勝ったぁ〜。でも、アタイは何に勝ったのぉ〜?」
何ともマイペースな日奈の返答に、三月は心底面倒くさそうに溜め息を吐いた。すると、今度はロムが日奈へと疑問を投げ掛けた。
「えっと……それでヒナは何でこんな所に倒れてたの? ここって人間の国の領内なんだけど、ヒナは魔人でしょ? 何の目的でこんな所に?」
「ん〜……それはこっちのセリフ、って言いたい所〜。貴女だって人間じゃないでしょ〜」
「っ!? ……ま、まあそうなんだけどね」
どうやら日奈は、ロムが人間ではなく吸血鬼であることも見抜いているらしい。
ロムは困ったように口籠もると、日奈はへにゃと安心させるように柔らかく微笑んだ。
「はにゃ〜ん、別に貴女が人間じゃないからって、どうこう言うつもりは無いから安心して? ただ単純に気になっただけだからね〜。魔人は基本的に差別とかあんまりしないし、気にしないで〜」
「あ、うん、りょーかい」
「それで〜、アタイが何でこんな所に倒れていたのかって話だっけぇ〜? えっとぉ、それはぁ〜…………ここに来るまでに路銀も食べ物も底を尽いちゃったからだよ〜。いやぁ〜、あなた達が来なかったらほんとに危なかったよぉ〜」
完全に単なる行き倒れであった。
もしかすると死んでいたかもしれないにもかかわらず、日奈は何でもないことのようにえへへと笑いながらそう言った。
三月は呆れたように肩を落とすと、残念な人を見るような目で日奈にこう言った。
「お前……そんなナリしてても剣士だろうが。動物でも魔物でも狩って食えば良かったじゃないか?」
「えっ……?」
瞬間、ほんわか笑顔がピタッと凍りついた。日奈は三月の言葉を心の中で吟味しながら、目をぱちくりさせながらぽかんとした顔を浮かべると、
「………………あっ」
今気が付いたと言わんばかりに、小さく声を漏らした。
そんな日奈の様子に三月はますます日奈への呆れの色を強めた。日奈は誤魔化すようにえへへと笑うと、照れて紅潮した顔を着物の袖で覆い隠した。
この瞬間、三月の心の中での日奈に対する評価は物凄く強そうな魔人剣士から、【ほんわか残念娘】へと降格した。
「……で? お前は何の目的で人間の国に来たんだ? 侵略か?」
「はにゃ? しんりゃくってどういう事〜? 別に魔人は人間の国を侵略しようとなんて思ってないよぉ〜?」
「だが、一応人間と魔人はいつ戦争になってもおかしくないほどの緊張状態にあるのだろう?」
「ん〜? そもそも魔人には人間と戦う気なんて一切無いよぉ? 人間側が勝手に魔人を一方的に敵視してるだけでぇ〜、魔人からは人間を攻撃しようとかはぁ、一切考えて無いよ〜。これは魔王様が言ってた事だからほんとーの話〜」
三月はロムと顔を見合わせ、どうやら自分と同じ事を考えているのだと悟ると、もう1度日奈へと向き直りもう1度こう訊ねた。
「本当に魔人は人間と戦争する気は無いんだな?」
「うん本当。あ、でもぉ〜、もし人間側から攻撃されたらぁ〜、反撃はするけどねぇ〜。その時は全力で叩き潰すつもりぃ〜……って魔王様は言ってたぁ〜」
「……成る程な。俺の思っている以上に、この世界の人間ってのはバカが多いらしいな。特に上流階級の人間。あいつらホント何も考えてないのな。王都を出て正解だった」
「にゃははぁ〜ん。確かにぃ〜、上の人間はバカかもしれないねぇ〜」
カラカラと笑う日奈に釣られて三月もクツクツと微笑を浮かべる。
そして三月は「話を戻すが」と前置いて、日奈に質問を投げ掛ける。
「お前がこの国に来た目的ってのは一体何なんだ?」
「ん〜……アタイにも色々事情があるから、あまり詳しい事は話せないんだけどぉ〜、君達は一応命の恩人だからねぇ〜。特別にアタイの目的について少しだけ説明してあげる〜。
実はぁ〜、アタイは人捜しに来たんだぁ〜。ここ数ヶ月の間、ずっと連絡が取れなくなっちゃってねぇ〜、連れ戻すように命令を受けたんだ〜」
「それは……魔王の命令か?」
三月がそう訊ねると、日奈は一切表情を崩すことなく「どうしてそう思うのかな?」と訊き返した。
「お前はさっきから、魔王から聞いたと何度も言っていただろう? つまり魔王と直接対話が可能な地位を持っていると俺は予想した。それに国民が1人行方不明になったくらいで、現在の《ステラ》にまで捜索の手を伸ばすとは思えない。つまり、行方不明になったのはあんたら魔人にとってそれなりに重要な人物であると考えられる。違うか?」
「ふふ、中々の慧眼をお持ちでぇ〜。でも肯定はしないよぉ? 一応国家機密だからねぇ〜。形だけは否定しておくけどぉ〜、絶対に言い触らしたりしないでねぇ〜? そうしないとぉ〜……」
日奈そそう言ってにっこりと微笑むと、腰の刀の柄をとんとんと指で叩いた。もし口外したら容赦はしないという意味だろう。
「ふっ、俺にとってはどうでも良い話だからな。特別にこの話の内容は口外しないと約束してやろう。だが、もしお前が俺に刃を向けるようなことがあれば、俺も一切の容赦はしない」
三月も牽制するようにとんとんと【八式】の柄を指で叩くと、ニヤリと口の端を吊り上げて笑みを浮かべた。
凶悪な笑みを交し合いながら、殺伐とした雰囲気を形成する2人。そんな2人のやり取りを見て、すっかり蚊帳の外にされてしまったロムはちょっとだけ居心地が悪そうに顔を引き攣らせつつ、ただただ苦笑を浮かべるのだった。




