043 盗賊の罠
突然方向転換して村人に紛れている盗賊へと真っ直ぐ駆け出した三月とルシル。そんな2人に村人に扮した盗賊達はギョッと目を見開いて驚くと、思わず村の近くの森へと駆け出して行った。
「チィッ! 何故バレたんだ! 俺達の変装は完璧だったはずだぞ!?」
「くそったれが! あの黒い奴、最初から俺達の存在に気が付いてやがったんだ! その上で様子を見ていたに違ぇねぇぜ!」
「だとしたら、このまま逃げたのは早計だったんじゃねぇのかぁ!? このままじゃアジトの位置がバレちまう!」
「いや、大丈夫だ! 今までも冒険者は俺達の存在を嗅ぎ付けてアジトの場所を突き止める事は何度かあった! だが、その度に返り討ちにしたじゃねぇか! むしろアジトまで誘い出して一気に仕留めちまうのが得策だ!」
「それにしたってあいつら速過ぎんだろうが! アジトに着く前に追いつかれちまうよ!」
「慌てるな! 確かに奴らの足は速い。だが、逃げ切れないほどじゃない! このまま全力で走れぃ!」
3人の盗賊達はそう言葉を交わし、背後から恐ろしい速度で追って来る2人の冒険者から、死に物狂いで逃げ始めた。
一方、前方を走る盗賊を観察しつつ、三月は自分の少し後方を駆けるルシルへと言葉を投げ掛けた。
「意外にもあっさりと引っ掛かったな。もし話し掛けられてもシラを切れば良かったものを、盗賊である事を認めてアジトへ案内してくれるとは」
「たぶん、一直線に自分達に向かって駆け出してきたから驚いたんじゃねぇかな? まるで盗賊である事を確信しているみてぇに追って来たわけだからな。正体がバレと思って逃げたんだろ。まあ、実際にバレてるんだけどな」
「単純な奴らだな」
「ああ。でも、バカじゃないはずだぜ。この森の中は言っちまえば奴らの庭だ。そこかしこに罠を張り巡らせてると思う」
「……その通りだったようだ」
「うぇ?」
ルシルがきょとんとした顔を浮かべたその時、ギギギと何かが擦れるような音が響いたかと思うと、突如としてロープに括り付けられた大量の丸太が殺到してきた。
重力に任せるままにこちらへと迫ってくるその丸太を視認し、三月は表情一つ変える事無く腰に佩いた妖刀【八式】へと手を添えた。ルシルもワンテンポ遅れて丸太に気が付き、キッと表情を引き締めると、腰の刀へと手を伸ばす。
「「【抜刀・居合】!」」
ヒュヒュヒュヒュンッ! と風を切る音を鳴らしつつ、2人は一瞬にして迫り来る大量の丸太を次々と斬り裂いていった。三月に至っては目にも留まらぬ早業と、華麗なる剣技によって丸太の形を綺麗に整えて薪に変えていた。
そんな三月の絶技を目の当たりにした盗賊達はみるみる内に顔を青ざめさせ、更に森の奥へと一目散に駆け出して行った。どうやら三月の尋常ならざる実力の片鱗に恐れをなしたようだ。
「ほんの少し驚かせてみたが、そこそこ面白い反応を見せてくれたな」
「ミツキ兄……無駄に器用だぜ」
「別に無駄じゃないさ。単なる曲芸だとしても、実力があるように見せかけることは出来たはずだ。これであいつらは一直線に隠れ家へと逃げ帰るだろう」
三月が行ったのはある種の誘導だ。相手の感情を恐怖で塗り変えることによって行動を制限する。恐怖に駆られた人間とは、とにかく安全な場所へと逃げようとするものだ。それを利用して、隠れ家へ一直線に向かわせようと考えたのだ。
「さ、いつまでも無駄話をしていないでとっとと奴らを追いかけるぞ。見失ってから、わざわざスキルを使用していちいち探すのは面倒だからな」
「おうっ! 了解だぜ!」
そう言葉を交わして、2人は逃げる盗賊の後を追うのだった。
◆◇◆◇◆
「ひぃっ! ひぃっ! な、何なんだよあの化け物どもは!? あんなのどうしろってんだよ!?」
「落ち着け! まだ手はあんだろうがっ! アジトに戻れば切り札がある! 今までの冒険者だって何とかなっただろ! おどおどすんじゃねぇ!」
「だ、だがっ! あいつら今までの冒険者とはどう見ても格が違うぜ! 例え切り札を使ったとして、本当に何とかなる相手なのかぁ!?」
盗賊達は背後から迫り来る若い冒険者2人の威圧感に、戦々恐々とした様子で走り続ける。
「うっるせぇよ! 無理だとしてもやるしかねぇだろうが! アジトにさえ戻れば仲間も大勢居るんだ! 更には切り札だってあるんだからなんとかならぁ! つべこべ言わず走りやがれぇ!」
そんな盗賊達の会話が、離れた所を疾走する三月の耳へと入り込んだ。
「切り札? 一体何のことだ?」
ふと呟いたその疑問に、ルシルは少し息切れした様子でこう答えた。
「分かんねぇけど、その切り札ってのがあったから今までこの依頼を受けた冒険者が返り討ちにされたんだろ? 依頼を受けていた冒険者達はみんなCとかBランクの連中ばっかだったから、そいつらを返り討ちに出来る切り札ってことは、それなりにヤバイもんかもしれないぜ?」
「ふんっ、例えどれだけ凄い切り札を用意していようと、この俺には通用せん。もしもの場合はこっちも切り札を出せば良いだけの話だからな。たかが盗賊の切り札が俺の切り札に勝るとは到底思えん」
胸を張りながらそう自信満々に言い放った三月に、ルシルはどこか呆れたように肩を竦めて苦笑を浮かべながらこう言った。
「確かに言えてる。ほんっと、盗賊ではあるけどミツキ兄に目を付けられたあいつらが哀れで仕方ないぜ」
「俺がやらなくとも、いずれ高位の冒険者が奴らを討伐しただろう。世間から疎まれている盗賊は、いつかは淘汰される運命にある。因果応報というやつだな」
そんな会話をしていると突然視界が開け、小高い崖の下へとやって来た。崖にはぽっかりと1つだけ洞窟が口を開けている。盗賊達は仲間に危険を知らせるための角笛を取り出すと、それを吹きつつその洞窟の中へと飛び込んで行った。三月とルシルもその後を追うように洞窟の中へと飛び込む。
洞窟の中へと入る瞬間、三月は洞窟の内部を【識】の[解析]の能力で一瞬にして調べ上げていた。視界には[表示]によって洞窟内部の情報が映し出されており、何人もの盗賊が中に潜んでいるのかも表示されている。
2人が洞窟内部へと侵入したその瞬間、突如として2人目掛けて数本の弓矢が飛来する。しかし、三月は予め【識】で入り口の見張りが弓矢を放とうとしている事を知っていたため、ルシルに1度だけ視線を送った。ルシルは三月の視線の意図を理解したのか、微かに笑みを浮かべると、同時に【縮地】を発動して左右へと散開した。そして更にもう1度【縮地】を発動して弓を持った盗賊の目の前に肉薄すると、容赦なく腰の【八式】を抜き放った。
「ぐぅぁぁあああああああああああああああああああああッ!?」
下段より振るわれた【八式】の黒い刃が盗賊の腰に直撃したその瞬間、まるで盗賊の体内に吸い込まれるかのように刃がめり込んで行き、やがてばっさりと肩に掛けて振り抜かれた。
胴体と下半身を泣き別れにされた盗賊は、びくんびくんと痙攣しながら、大量の鮮血を撒き散らしつつその命をあっさりと散らした。
(ほぅ、これが殺人の感覚か……)
異世界へと召喚された三月が初めて行った殺人。しかし三月は一切の表情を崩す事無く、どこまでも冷酷に無残な盗賊の死体を見下ろした。
(何も、感じなかったな……)
刀を握る自らの手を見つめながら三月は心の中でそう感想を漏らした。
三月はこの瞬間に対する覚悟はしてきたつもりだった。例えどれほどの後悔や自己嫌悪に苛まれようとも、それを受け入れるつもりだったのだ。それなのに人を殺して、心に残ったのは拍子抜けするほどの呆気なさだけだった。
異世界では人殺しなど日常茶飯事。だから適応しなければならないと思っていた。どれだけ辛くともその苦痛を受け入れようと覚悟していたのに……。
自分はそれほどまでに壊れてしまっているのかと思った三月だったが、そうじゃないと首を振ってその考えを否定する。
(そうか、人殺しってのはこういうものなんだな。殺してしまえば……何も残らない。ただ虚しいだけだ)
だがどれだけ虚無感を味わおうとも、殺さなければならない時は殺すのだろう。
「ミツキ兄、どうしたんだよ? ボーッして?」
他の見張りの盗賊達を倒したルシルが声を掛けてきて、ふと三月は我に返った。
「いや、何でもない。……お前、殺らなかったのか?」
ルシルが倒した見張りの盗賊は、昏倒されてはいたが死んではいなかった。
「わ、悪ぃ、ミツキ兄。躊躇っちまった」
「……まあ良いだろう。だが、次に会った盗賊には容赦するな。敵に情けをかけて返ってくるのは感謝じゃない。殺意だ。その殺意はいずれお前の命を脅かすことになるかもしれない。肝に銘じておけ」
「あ、ああ。了解したぜ」
「さ、こんな所でのんびり話をしている場合じゃない。さっさと奴らを片付けて、依頼を終わらせるぞ」
「おうよ!」
◆◇◆◇◆
目を凝らさなければどこに何があるのか認識できないほど薄暗い洞窟内部。照明用の魔石が辺りを茫々と照らしているが、気を張っていなければ誤って段差に躓いてしまうほどの僅かな光量しか存在しない。
そんな洞窟内部を、三月達は時々現れる盗賊達を殲滅つつ、奥へ奥へと歩みを進めていた。
ふと怪訝そうな顔を浮かべて立ち止まる三月に、ルシルは不思議そうに首を傾げ何事かと訊ねた。
「どうかしたのか、ミツキ兄?」
「ルシル、何か変だとは思わないか?」
「変って、何が?」
「先ほどから盗賊がちょくちょく現れているが、あまりにも少数過ぎる。奴らが唯一誇るアドバンテージは数の多さだ。俺達を殺す気で来るのなら、大勢で囲んで一斉攻撃を仕掛けてくるはず。それなのに少人数でちまちま、ちまちまと」
「あー……言われてみっと、確かにそうかもしんねぇな。でも、どうしてそんな事する必要があるんだろうな?」
「現在奴らの人数の大半が、洞窟の最奥に集まって何かをやっている。流石に何をやっているのかまでは分からないが、恐らく切り札とやらの準備をしているんじゃないかと俺は思っている」
「大人数で何か……もしかして魔法か? ほら、複数の魔導師が同時に詠唱して発動する大魔法ってあるだろ? それが切り札なんじゃないか?」
「確かにそれならば、他の冒険者がやられたのにも説明がつくな。だが、奴らのほとんどが魔法は使えない。魔力を扱うことくらいは可能だろうが、大魔法を構築するのは無理だな」
「むー、そうかぁ。切り札って一体何なんだろうなぁ?」
「分からん。だが、最奥まで進んでみれば自ずと答えに辿り着くはずだ。先に進むぞ」
「了解だぜ!」
そう会話を交わして更に奥へと歩き出す。
とその時、また盗賊が何人かの集団になって奥から接近してきているのを三月の【識】が捉えた。三月はチラとルシルに目配せすると、ルシルはもうすっかり慣れた様子で刀に手を伸ばし、目の前の通路の角から現れるであろう盗賊を迎え撃つ構えに入った。
「「はっ!!」」
盗賊の姿が見えたと思ったその瞬間、2人は同時に刀を抜き放ち奇襲を仕掛ける。三月が放った【居合】は空気の壁を突き抜けると同時に真空の刃を生み出し、盗賊の半数以上の命を一瞬にして散らした。そして二の太刀、三の太刀と続けて【居合】を放つと、20人近くいた盗賊は瞬く間に殲滅された。
同じく3人の盗賊を撃退したルシルだったが、美しさが感じられるほどに洗練された常軌を逸している三月の【居合】に見惚れていた。
「凄ぇな、ミツキ兄……」
三月はひゅっと血糊を振り払ってから【八式】を鞘に戻すと、詰まらなそうにふんと鼻を鳴らした。
「ふんっ、雑魚を斬ったところで凄くも何ともない。無味無臭歯応え無しの食い物と一緒だ。詰まらん」
(無味無臭歯応え無し……それって水じゃね?)
ルシルは心の中でそうツッコミを入れ、さっさと奥へと歩き出した三月の後を小走りに追った。
「ようやく最深部の部屋だ。中には大勢の盗賊が待ち構えているだろう。ルシル、気を抜くなよ?」
「ああ、分かってるぜ」
そう言葉を交わし、最深部の部屋へと足を踏み入れる。
バチンッ!! カッ!!
「「!?」」
瞬間、電流のような青白い閃光が飛び込んできたかと思うと、2人を取り囲むようにして半透明な青白い障壁が出現していた。




