041 いざ出発! そして到着
ルシルの初の依頼達成の同日の晩。三月、ロム、ミスティ、ルシル、スイの5人は同じテーブルに着き、夕食を取りながら話をしていた。その話の内容とは、三月が受けた《アウェ村》にて起こっている行方不明者の捜索依頼に関するものだった。
「と、いう事で明日の朝すぐにロムとルシルの2人を連れて《アウェ村》へ出発する事になった」
一通りの依頼に関する説明を終えると、ミスティがこう訊ねてきた。
「その……どれくらいの期間村に滞在されるのでしょうか?」
「依頼を達成するまでだから、移動する時間も考慮すると……三泊四日くらいだな」
「三泊四日ですか」
何やら考え込むように目を細めるミスティに、今度は三月が質問を投げ掛けた。
「何か不都合があるのか?」
「いえ、別に不都合というほどの事ではないのですが……実は、私も明日《アウェ村》へ診療へ出掛けるのです。その間子供達の面倒をどうしようかと思いまして」
「そうだったのか」
まさかミスティまで《アウェ村》へ用事があるとは思ってもいなかった。正直なところ、行方不明などという不可解な事件が起こっている村へミスティを連れて行きたくはないのだが、仕事であるのならば仕方が無い。
「それに今回はスイも手伝いとして同行させようと思っているのですが、そのような事件が起こっているのならば診療は中止しなくてはいけないかもしれませんね。少々患者の数が多いのでスイの助けは必要ですし、数日で生死に関わるような患者もいませんし」
そう、今回の事件では獣人の子供が多く行方不明となっている。獣人であるスイも事件に巻き込まれる可能性が高いのだ。
残念そうな声音でそう言ったミスティに、ルシルが「大丈夫だぜ」と安心させるかのように言葉を掛けた。
「今回の依頼には三月兄やロム姉だけじゃなくて俺も同行するんだぜ? もしスイが危なくなったら絶対守るから、ミスティは安心して診療をしてくれよ!」
「ですが……」
「それに、ミスティは村人達の相談にも乗ってやってんだろ? ただでさえ行方不明なんて訳の分からない事件で不安定になってるはずなんだ。そういう人達のためにも絶対診療に行くべきなんだって!」
ルシルの言葉にミスティは迷ったように視線を逡巡させ、三月はルシルの言葉を後押しするようにこう付け加えた。
「まあ、別に構わないんじゃないか? もし何かあったらこいつが何とかするって言ってるし、何よりスイは行く気満々だぞ?」
そう言って視線を移すと、そこにはどこかやる気に満ちた瞳で握り拳を作っているスイの姿があった。
「大丈夫だよお姉ちゃん! もし何かあったとしてもルシル達が守ってくれるもの。ルシル達を信じて行ってみようよ! あたしは絶対大丈夫だから!」
スイにしては珍しく溌溂とした口調でそう言うと、ミスティは考え込むように目を瞑り、やがて優しげな微笑みをスイへと向けた。
「みんな……成長しているのですね。分かりました、スイ。あなたのその覚悟のためにも、診療は予定通り行う事とします。子供達の面倒も知り合いの方に頼んでおきましょう」
「ありがとお姉ちゃん!」
そう言ってスイはパッと明るい笑みを浮かべると、ルシルへと視線を向けた。ルシルはその視線に応じるように親指をグッと立てて笑みを浮かべた。
そんな3人のやり取りを見ていた三月に、隣の席に座っていたロムが小声で話し掛けてきた。
「(ねぇねぇ、ミツキ)」
「(何だ?)」
「(スイを連れて行くの、本当に大丈夫なの? もしも何かあったら……)」
「(もしも、じゃなくて確実に何か起こるだろうな。あいつは獣人だ。村に入った瞬間に俺の予想している犯人の標的になるだろう。だが、そんな事くらいスイの奴だって承知しているはずだ。あいつにはあいつの覚悟がある。それの邪魔をする権利は俺には無い)」
「(うん……そうだね)」
「(もし何かあった時には俺達で何とかするぞ。分かったな)」
「(うん、分かった)」
2人はそう密かな決意を固めたのだった。
◆◇◆◇◆
翌日。まだ朝靄も晴れていない薄暗い明朝、三月達5人は《アウェ村》までの道程を配慮してギルドが用意してくれた馬車に乗っていた。御者付きではなかったため、現在は三月が御者台に座り2頭の馬を操っている。
そして他の4人は屋根付きの畳二、三畳ほどの広さの荷台の中でそれぞれ話をしている。
「それにしてもヤシロさんって馬車も操れるなんて、ほんとに多芸な方ですよね。ちょっと尊敬します」
そう言ったのはロムと向かい合うように座っているミスティである。ロムはミスティの言葉を聞き「うーん」と首を傾げると、苦笑を浮かべながらこう言った。
「多分、ミツキは馬車なんて操った事はないと思うよ。だってさっきから見てたけど、何度も首を傾げて不思議そうな顔を浮かべてるもん。きっと御者なんて初めての経験で戸惑ってるはずだよ。不思議そうな顔を浮かべてるのは自分の思ってた事と違って失敗してるから」
「えっ? それでは何故、ヤシロさんは馬を操れているのですか?」
「それはミツキが持ってるスキルのお陰かな?」
そう、現在三月は御者初体験でありながらも自らが保有しているスキル、【識】を利用する事で何となく馬を操縦している。[解析]と[蒐集]によって集められた情報から、どのように手綱を動かせば良いのか、どのタイミングで鞭を入れるのが良いのかなどを[表示]の能力によって表示しているに過ぎない。
しかし、それでも初めての経験であるからして、ほんの少しの感覚のズレで失敗が生じて試行錯誤を繰り返しているのである。
「へぇ、ヤシロさんのスキルはそんなに便利なのですか」
「まあ、本人は別に万能とは思っていないみたいなんだけどね。いくら凄いスキルとは言っても、直接戦闘に関係してくる能力じゃないもの。ミツキの場合、それを戦闘にも役立てるように工夫してるってだけだよ。まあ、使い方次第じゃ結構えげつない能力ではあるね」
「そうなんだよな〜。そのスキルのお陰なのか、ミツキ兄って不意打ちが全く通用しねぇんだよ。どれだけ背後を取ろうと、不意を突いても全く隙が生じねぇんだ。一度光魔法の【フラッシュ】で目くらましをした事があるんだけど、目を瞑ったままオレの攻撃を防いでたぜ。それなのに相手の弱点は手に取るように分かるときた。ありゃ反則以外の何物でもねぇぜ」
そう、三月の【識】ならば例え視界を潰されようとも、[解析]と[表示]を併用する事で目を閉じたままでも頭の中に眼前の光景を映し出すことは可能なのだ。本人曰く、「失明しても視界が失われない」とのことである。
360度全方位に目を向けている状態と同じである三月に、不意打ちで隙を生じさせるのは至難の業と言っても過言ではない。
「まあ、あのスキルはミツキだからこそ、ううん、ミツキじゃないと使いこなせないと思う。誰でも使いこなせるわけじゃないから、あれはミツキだけの力なんだよ。ルシルはルシルだけの力を身に付けて、強くなるんだよ?」
「もっちろんだぜ! 今のオレは、ミツキ兄に教えてもらった【抜刀】じゃなくて、オレ流の【抜刀】を編み出す事が目標なんだ! ロム姉にだって負けねぇからな! 覚悟しろよな!」
それはロムに挑んで打ち負かしてやるという宣戦布告。そしていつかは三月をも越えてやるという自身の表れでもある。
そんなルシルの言葉を聞き、ロムは珍しく感情の宿っていない無機質な微笑みを浮かべてこう言った。
「それなら安心だね。でもルシル。君じゃあロムには勝てない、絶対にね。これでもロムは吸血鬼の《真祖》なの。例え相手が勇者だろうと人間に後れを取るとは思ってない。ミツキだったら……何をされるのか分からないから、ちょっと想像できないけど。でも、ロムに挑むということは、最強種と相見えるということ。ちょーっと強くなって調子に乗ってるのだとしたら……潰しちゃうよ?」
ルシルの慢心しているような態度、そして調子に乗って放たれた宣戦布告。それが最強種であるというロムのプライドに触れたのか、彼女は背後に修羅が見えるほどの怒りのオーラを無言で発した。
それを見た一同は思わず背筋を伸ばして顔を強張らせ、全身が金縛りにあったかのように硬直して動けなくなった。
確かにロムは《吸血族》の中では若く未熟ではあるのだが、決して弱いわけではない。いつも天真爛漫で明るく振舞い、元気を撒き散らしている彼女だが、本質は邪悪の象徴とも言われる《吸血族》。もし本気で殺意を向けられたのならば普通の人間は正気を保っていられない。
しばらく殺気とも言える薄ら寒い気配を放っていたロムだったが、やがてすぅっとそれを引っ込めると、普段見せている太陽のように明るい笑みを浮かべた。
「あははっ! ごめんごめん。冗談だよ。ちょっとルシルが調子に乗ってるみたいだから、喝を入れてあげようと思ってさ。2人ともごめんね? 怖かった?」
「え、あ、は……はい。少し」
「だ、だだだだ、だいじょーぶれしゅ!」
ミスティはほっとしたような顔を浮かべているが、スイは全身をカタカタと震わせながら目に涙を浮かべながら無理矢理笑みを作っている。ルシルに至っては何も言えないのかぽかんと固まったまま放心状態に陥っていた。
流石にやり過ぎたかと思い気まずそうに苦笑を浮かべていると、突如ロムの頭に小さな魔力の塊がぶつけられた。何事かと思い視線を巡らせると、御者台からこちらを睨んでいる三月と目が合った。
「馬車の中で殺気立つんじゃないこのバカが。気になって馬車の制御に集中できんだろうが」
「や、ははは……ごめんなさい」
「たくっ……次やったら馬車で轢いてやるからな。……だが、ルシルに喝を入れてくれたことには師匠として感謝している。ありがとよ」
そう言って何事も無かったかのように馬車の操縦に意識を移す。三月にもロムの殺気は届いていたはずなのだが、そこは流石三月と言ったところか。冷や汗一つ掻く事なく平然としている。
ロムは三月のツンデレな態度に、ほんのりと頬を朱に染め、どこか嬉しそうにくすりと微笑み浮かべた。
(くふふ、やっぱりミツキってば超クールなのにすっごく可愛い♪ ますます好きになっちゃうよ……)
◆◇◆◇◆
それから数時間。三月一行は昼食のために1時間ほどの休憩を取った
後、再び《アウェ村》へと向けて再出発を開始した。
「えへへ〜、特等席ぃ♪」
午前と同じで御者を務める三月の隣には、何故かロムが満面の笑みを浮かべて座っていた。何でも風当たりが気持ちが良いとか何とか理由を言っていたが、本心は三月の隣に座りたかったのだろう。三月もそれは分かっていたが、別に拒否するほどのことではなかったため、勝手にさせている。
「狭い……」
小さな御者台に2人で座っているため非常に窮屈だった。というよりロムがぴったりとくっ付いてきているので尚の事狭く感じる。
三月は腕を取り密着しているロムを若干鬱陶しそうに睨むが、すぐにニパッと嬉しそうな笑みを返され、毒気を抜かれてしまい何も言わずに溜め息を吐いた。
「ったく……鬱陶しい」
「むぅ〜、男ならそこは抱き締め返す場面だよっ! あんまりにも連れない態度だと、流石のロムも切なくなっちゃう……主に下半身が」
「あー、はいはい。1人で勝手に切なくなってろ。俺は忙しい」
「だ〜か〜らっ! こうして勝手に切なさを紛らわせるために抱き締めてるの。それにミツキだって振り払おうと思えば振り払えるのにそれをしないって事は、実は満更でもないんでしょ〜? ほぉら、むぎゅ〜……」
ロムは顔を押し付けるようにして三月の体を抱き締めると、気持ち良さそうに「ふわぁ〜」と言いながら胸に鼻面を押し付けてきた。
正直のところ引っぺがしてしまいたいと思っている三月なのだが、手綱を握っている手前それはできない。それに先ほどから、ロムの体から漂ってくる花の蜜のような女の子特有の甘酸っぱい匂いが鼻孔をくすぐり、正常な判断が出来ないでいた。
三月は気恥ずかしそうに頬を僅かに赤く染めると、そっぽを向いてふんと鼻を鳴らした。
(チッ。何で女っつうのはこんなに良い匂いがするんだよ。……鬱陶しい)
そう心の中で愚痴る三月だったが、嬉しいやら恥ずかしいやらで若干興奮気味である。心の奥底では本気で鬱陶しいとは思っていないのだろう。
しばらく三月の体に顔を擦り付けていたロムであったが、突如頬の辺りにプニョンと柔らかい感触を感じ、驚いて三月の体を解放した。
「ふひゃあ!? な、なになに? 今の感触? ミツキのおっぱい!?」
「んなわけあるか」
いくら女顔とは言っても流石に体つきまで女という訳ではない。
三月は黒ローブの懐の辺りを開くと、そこから薄桃色の水饅頭、もといミムが姿を現した。
「あっ、ミムちゃんだったの」
「ププ〜……」
「お前に押し潰されて辛かったってよ」
「ありゃりゃ……ごめんね、ミムちゃん? 次からはちゃんと気をつけて抱きつくようにするから」
「プゥッ!」
それなら良いよ、とでも言いたげにそう鳴いたミムは、定位置とも言える三月の頭の上にちょこんと乗っかってすぅすぅと昼寝を始めた。
「ふっ、これでようやく解放されたな。ミムには感謝しないとな」
「むむむ……ミムちゃんめ。後ちょっとでミツキが落ちるところだったのに、何というバッドタイミング。お饅頭みたいなナリをしているくせに中々の策士だねぇ」
「ミムが策士である事とナリは関係無いだろ。それに多分こいつは純粋だ。お前みたいに邪念は無い」
「ぐぬぅ……悔しい! でも感じちゃう!」
自分の体を抱き締めて、恍惚の表情を浮かべているロムに三月は全力で引きつつ、ピクッと何かに気付いたかのように口を開いた。
「いや、どうやらジャストタイミングだったみたいだな」
「えっ?」
三月は片手で操縦をしながら前方を指差した。その指が差す先にはポツポツと小さな建物が立ち並んでいる光景が広がっている。
《アウェ村》へ到着したのである。
ミム「プッ! プププッ! プフーッ!!」最近出番が少ないことに苛立ちを露わにする水饅頭。




