040 もうお腹一杯です
注意、食べ物の話ではございません。
「ルシルにヤシロさん、お帰りなさい。依頼はどうでした?」
「ちゃんと失敗せずに出来たの、ルシル?」
教会へと帰って最初に2人を出迎えたのはミスティとスイだった。ミスティの首からは半月前に三月がプレゼントした【聖晶石のペンダント】が下がっている。気に入っているのか、ほぼ毎日身に付けているのを目にする。そこまで気に入っているのなら、三月もプレゼントした甲斐があったというものだろう。
ルシルはスイの言葉にニッと笑みを浮かべると、ポケットの中から袋を取り出して2人に見せる。
「おう! 完璧だったぜ! ほら!」
ルシルはそう言って自慢げに報酬の入った袋を掲げ、それを見たスイは「わー、結構入ってるね」と感嘆の声を上げ、ミスティはどこか慈しむような優しげな微笑みを浮かべていた。
「へへっ、ちょ〜っと強敵が出て来てビックリしたけど、このオレにかかればこんなもんだぜ!」
「バーカ。お前、途中で調子に乗って討伐対象の魔物取り逃しそうになってただろうが」
「う゛っ……そ、それは言わないでくれよミツキ兄」
「ふぅ〜ん……そうなんだぁ? やっぱりルシルってばお調子者だよねぇ。そんなんじゃ一人前になるのはまだまだ先なんじゃないのぉ?」
ジトっとした視線をスイに向けられ、ルシルは「う゛っ」と言葉に詰まりながらたじろぐが、すぐに開き直ったように反論する。
「で、でもオレは確実に強くなってるんだぜ! 強敵にも勝てたんだ! た、確かに調子に乗っちまったことは事実だけど、ちゃんと反省してるんだ! その反省を生かしてすぐに一人前になってやらぁ!」
「ま、確かに反省の色は見えるからいずれ一人前の冒険者になれるだろう。というより、俺が訓練しているのだから一人前になれないなどという事は無い」
偉そうなことをそう言い切る三月。ルシルも誇らしげに胸を張ってニッとした笑みを浮かべた。
「そうだぜ! なんたってミツキ兄に特訓してもらってるんだ! 一人前になれないなんてこたぁ無ぇぜ!」
「調子に乗り過ぎだバカ。はぁ……正直不安しか無いが、本人もこう意気込んでいる。より訓練のやる気が出るように、応援の言葉を掛けてやってくれスイ」
「はい、分かりました!」
スイはルシルの方を振り向くと、にっこり笑顔を作ってこう言った。
「ルシル。正直初めはバカでお調子者でおっちょこちょいのルシルが冒険者になるのは反対だったんだよ? 今日だってもしルシルに何かあったらって考えると、不安で仕方が無かったの。でも、必死に頑張って強くなろうとしているルシルの姿を見ていたら、反対なんて出来なくなっちゃった。だから、あたしはルシルのことを応援してるね! そして最後に……無事に帰ってきてくれてありがと」
そんな素直で正直なスイの応援の言葉を受けたルシルは呆気に取られたような顔を浮かべていたが、やがて若干頬を赤くしながら、照れ臭そうに鼻を擦り、満面の笑みを浮かべてこう応じた。
「おうよっ! オレってばマジで強くなるから! スイが心配しなくても大丈夫なくらい最強になるから! メッチャ応援してくれよな!」
「うん!」
そんな2人のやり取りを三月は「もうお腹一杯です」と言いたげに微妙な顔を浮かべながら見ていた。そしてそんな三月の様子に気が付いたミスティはクスッと可笑しそうに微笑を漏らした。
「ふふっ、2人の仲が一層良くなったみたいで嬉しいです。ね? ヤシロさん?」
「少々良過ぎだと俺は思うけどな。おー、暑い暑い」
「もう、ヤシロさんだって人のこと言えませんよ? いっつもロムさんと仲良さそうにしているじゃないですか? 正直ルシル達の方が涼しいと感じるくらいです」
「マジか」
確かに半月前の《ロム押し倒し事件》以降は、以前にも増して三月に抱き付いてきたり、ベッドに潜り込んでくる回数が多くなった。その度に三月は軽くあしらっているのだが、ミスティにはそれが2人でイチャついているように見えていたらしい。
正直、ロムは人外の魅力を秘めた超絶的美少女であるため、三月も抱き付かれたりするのは満更でもない。やたらめっちゃか下ネタを連呼するのも個性だと考えればむしろ好感が持てるほどだ。それに彼女は意外なことに初心であるため、むしろ下ネタ発言を連呼している時は、照れているのだと知っている。
まだ出会って日も浅いというのに、随分とお互いに意識し合っているものだなと、しみじみ思う。
「いつの間にか、俺はあいつに惹かれていたってことか。いや……初めて会ったあの瞬間、ある意味では意識していたな。ふっ、色恋ってものはつくづく興味が尽きないものだ」
基本三月は物事を興味の有る無しで認識している。興味が無いものには徹底的に無関心を貫き、興味があるものには尽くのめり込む。特に恋愛というものは突き詰めても突き詰め切れないものであるため、非常に興味を惹かれている。
何故人は愛し合うのか。愛し合った果てにあるのは何なのか。そして自分はどんな恋愛をするのか。知識欲の塊である三月はそれが知りたかった。
しかし知識欲を抜きにしても、三月は恋愛というものに惹かれている。は家族愛や友愛などには多く触れてきたが、恋愛感情というものをはっきりと自覚したことなどほとんど無かったからだ。
三月はロムに惹かれている。これは紛れも無い事実だ。一緒に居ると胸に熱が宿るのを感じる。今までの人生でここまで意識した女性は数えるほどしかいない。
そう考えると、三月がロムとイチャつくのは自然なことなのかもしれない。それはお互いが当然のように好意を向けているからだ。
「全くもって羨ましい限りですね……」
ボソッとミスティが何やら小さく呟きを漏らすのが聞こえた。
「何が羨ましいんだ?」
「ヤシロさん、そこは聞き逃すべきところですよ。聞こえていても流してください」
「俺は鈍感ではないんでな」
クツクツと咽喉の奥で笑う三月に、ミスティは少しだけ不機嫌そうに口を尖らせてこう言った。
「はぁ〜……それはそれは、とても素晴らしいお耳をお持ちなのですね〜」
「お褒めにいただき光栄の極み」
精一杯の皮肉に眉一つ動かす事無く胸を張ってそう言い返した三月に、ミスティは呆れたように溜め息を吐いて肩を落とした。
◆◇◆◇◆
自室へと戻るとベッドには退屈そうに寝転んでいるロムの姿があった。手にはミスティと同様に以前三月がプレゼントした【霊輝晶のブレスレット】が着けられている。今回彼女は依頼に行っても何もすることは無いだろうからと言って留守番していたのだ。
「あっ、おっ帰り〜。ルシルの依頼どうだった〜?」
扉の開閉の音で三月が帰ってきたことに気が付くと、ロムはむくりと体を起こしながらそう訊いてきた。
「まあ、一応達成はした。まだまだ冒険者としては荒削りなところが目立つ上に、最後の最後に調子に乗って詰めが甘くなったから及第点ってところだな」
「つまりは半人前ってわけだね」
「ああ」
「や〜れやれ。半月も特訓したのに最後に調子に乗っちゃうとか、バカだねぇ?」
「ホント、そう思う。だが、戦闘勘だけは人一倍だ。これからまだまだあいつは強くなれる」
そう、三月はルシルの成長を確信している。彼はまだ荒削りながらも自ら【抜刀】の特徴を捉え、自分の技として昇華させていっている。更に自らの魔法属性をよく理解し、予想外の事態であったライトベアとの戦闘で見事勝利を収めた。戦闘面だけを見るのなら、最後のあれは三月も舌を巻くほどだった。
いずれルシルは高みへと登るだろう。【天翼の剣】の担い手である四郎と並び立つほどの圧倒的な強者として。
「確かにその通りだね。あの子すっご〜く才能有るよ。ミツキってば、ルシルに抜かれちゃったりして? ほら、弟子はいずれ師匠を越えるものって感じするじゃない?」
「ふっ、何を言うかと思えばそんなことか。万が一……いや、億が一にも俺が奴に抜かれるなどという事は絶対に無い。何故なら……俺はルシルの奴の全力を知っているが、ルシルは俺の全力を知らないからだ」
三月は訓練の最中常にルシルの事を観察している。癖などを的確に見抜き、それに合った訓練方法を考えては実施を繰り返し、苦手を克服させ、得意な事を伸ばすように育成している。故にルシルの弱点などは全て把握している。
だが逆に、ルシルは三月の事を把握しているかと言うとそうでもない。三月はルシルとの訓練の最中は全力の4分の1にまで力を落として刀を振るっている。それはひとえに、三月の【抜刀】が早過ぎて訓練なのにルシルが目視できないからというだけではない。情報を武器として重んじる三月の性格が、例え弟子だろうと実力を安易に晒すことを良しとしないのだ。
だからこそ、ルシルは三月の本当の実力を知らない。
「でも、先の事は分からないでしょ? もしかすると未来では抜かれてるかもしれないよ?」
「ではこう例えるとしようか。もし俺とルシルがルールも何も定めずに、戦うとしたら、俺が負けるところが想像できるか?」
「うん、出来ないね」
夜白三月という1人の人間の全ての要素から勝負の結果を想像した結果、確実に三月がルシルに勝利するという図式が浮かび上がった。ルシルにとって、三月という男は最悪なまでに相性が悪いのだ。
「ルシルは良く言えば素直で真っ直ぐだが、悪く言えばバカで愚直だ。つまり1対1という言葉からあいつは真っ向勝負だと考えるだろう。だが、俺は違う」
「どんな手を使っても勝った方が正義、だね?」
「そうだ。俺は勝利をもぎ取るためならどんな策をも弄する。卑怯だろうと汚かろうと躊躇なんて一切せず、な。勝てさえすればどうでも良い。だから俺は絶対にルシルに負けることは無い。それに……」
三月はそこで言葉を一端切ると、口の端をニッと吊り上げてこう言った。
「弟子は師匠を越えるもの。んなクソ面白くもない常識は、完膚なきまでに俺が破壊し尽くしてやるよ。粉々にな」
「負けず嫌いだねぇ。まあ、嫌いじゃないけど」
ロムはくすりと微笑みを浮かべ、「ちょっと話を戻すけど」と言った。
「三月の考え方ってさ、普通の人なら卑怯者って罵られるんだろうね」
「ふん、別に赤の他人がどうこう言おうと俺には知ったことではない。正直勝ちに汚いことの何が悪いんだって言いたくなる。そういうことを言う奴だって、大概は生き汚い奴ばっかりだ」
「そうだね。でも、ロムはそんなミツキを肯定するよ。あの夜、ミツキもロムのことを受け入れてくれたから」
あの夜というのはフェンリルとの戦いの後にロムが吸血衝動に襲われて、無意識に三月に吸血行為を行った時の事だろう。
あの夜、三月はロム・エル・エストという少女の存在をその身と心で感じ、あらゆる感情が渦巻く中、その全てを受け入れた。だからこそ、ロムも夜白三月という存在を肯定してくれるのだろう。
そう考え、三月はふぅと短い溜め息を吐くと、ほんの少しだけ優しげに表情を緩めロムのルビーのように赤い瞳をじっと見つめる。
「物好きな奴だな」
「それはこっちのセリフだよ〜っだ」
そう言ってロムはにっこりとした笑みを浮かべ、2人はお互いに視線を絡ませながらしばらくの間じっと見詰め合っていた。
そして三月はふと思った。確かにこんな甘い雰囲気を醸していては、ミスティが呆れるのも無理はないな、と。
ミスティ「もう、お腹一杯です(チッ、イチャイチャしやがって! このリア充共が!)」
と、この話を書きながら、副音声が毒舌なミスティとかバカなこと考えてました。上記の副音声は忘れてください。本編のミスティはこんなこと考えてないので。




